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お子様たち4
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「……そりゃそうだよなあ。遊ばせながら面倒見るしかないか」
大人用の弁当なので多かったのだろう、食べるスピードが落ちて少し持て余し気味にフライを突いている。
それを眺めながら、ごく普通に会話していることに今さら気づいて、灯里はちょっとほっとするような困惑するような気分になる。
きのうまでは様子を見に来てくれても、ぎくしゃくとしていて会話も途切れがちだったのに。いや灯里のほうに会話をしようという気がなかったのが主な原因なのだが。
「仕事は大丈夫なんですか?」
「まだ納期まで時間あるから。子供が寝てる夜のうちにやらないとな」
「あまり無理しないでくださいね。あとうちの実家でも面倒見ると言ってくれてますから、昼間遊ばせに来てください。夏休みで兄の子供たちも家にいるから、遊び相手が来ると喜びます」
「いや、…そんなの悪いし」
松岡の実家と聞いて腰が引けたが、でも布団を借りてこんなにたくさん料理までもらった手前、一度くらい挨拶には行くべきだろうと思い直す。
「あ、やっぱ、あした、昼のうちにちょっと顔出しに行くよ」
「わかりました。そう言っておきます」
「とーりくん、ねむたいー」
「るみも。もうねていい?」
お弁当をつついていた玲雄が目をこすりながら言い、隣の流美も大あくびをした。
「あ、じゃあ布団敷くからちょっと待ってろ」
あわてて灯里が立ち上がり、松岡は二人に向かって「歯ブラシは持ってきた?」と尋ねた。
「もってるー」
「じゃあ歯磨きしたら寝ようか」
「ええー、もうねむいー」
「ハミガキいややー」
「でもムシバイキンが夜のうちに玲雄くんと流美ちゃんの歯を食べちゃうかも! ほら、あーんしてごらん、ああっ、ここにムシバイキンがいる!」
松岡の意外な演技力に、和室で布団を敷いていた灯里は笑い出しそうになる。ああして甥っ子姪っ子にも歯磨きを促しているんだろうか。
「ほんまに? ほんまにおるん?」
「れおにもおるん?」
「いるよ、ほら歯磨きしゅかしゅかしよう。そしたら、いなくなるから大丈夫だよ」
怯えた声になった二人にさっさと歯ブラシを持たせ、最後に仕上げしようねと一緒に磨いてやっている。
子供ってあんなふうに磨いてやらなきゃいけないのか? 自分で磨くんじゃないのか? 灯里が驚いているうちに松岡は手早く二人の小さな歯を磨いた。
「はい終わり、うがいしておいで」
「とーりくん、とどかへんー」
「ちょっと待ってろ」
洗面台に背が届かないと訴えるので、引越しで片づけていない段ボールを置いてやる。中は本や雑誌だから乗っても大丈夫だ。
うがいを終えた二人は松岡の前にやってきて、大きくあーんと口を開けた。
「ムシバイキン、まだおる?」
「もうおらん?」
「いないよ、もう大丈夫。じゃあ寝ていいよ」
流美はリュックをごそごそしてイルカとペンギンのぬいぐるみを引っ張り出した。玲雄はふわもことしたタオルのような人形を持っている。
へえ、子供ってやっぱり寝るときにぬいぐるみとかいるんだな。
「おやすみなさい、とーりくん、あー……だれ?」
今さらながらの問いに灯里が爆笑した。
「松岡だよ」
「ほな、まつおかくん、おやすみなさい」
「うん、おやすみなさい、流美ちゃん、玲雄くん」
二人がふらふらと和室に消え、灯里は苦笑を堪えながら「いいのか?」と訊いた。
「何が?」
「松岡くんて」
「うちのチビ達はかずくん呼びですから、そっちにしましょうか。ていうか、灯里さんこそ、とーりくんなんですか?」
さりげなく名前を呼ばれて、心臓がドキッと跳ねた。それを悟られないように不機嫌そうな声を出す。
「……おじちゃんよりマシかと」
「ああ、朝はそう呼んでましたね」
思い出したらしく、くすくすと松岡が笑う。その笑顔が懐かしく、胸をふさがれるような気がして、灯里は何も言えなくなる。
ふと沈黙が落ちた。
子供たちがいなくなると、リビングは途端に静けさに包まれて何だか身の置き所に困る。急に二人でいることを意識して、灯里は内心の動揺を隠すように目をそらした。
「灯里さん」
以前のように名前を呼ばれて、ただそれだけのことに、またドキッとする。
「……なに」
表情を硬くした灯里に、松岡はやさしく笑いかけた。
「子供の世話は慣れてないと本当に大変だと思うんで、遠慮せずに声かけてください。まだここにだって来たばかりだし、仕事もあっていろいろ勝手がわからないでしょうから」
穏やかな笑みを添えてそんなことを言い、コーヒーごちそうさまでしたと松岡はあっさり帰って行った。
松岡が帰った後、シャワーを浴びて冷蔵庫からビールを出した。ついでに夕食を食べてしまうかと、もらったタッパーのおかずをいくつか皿に盛った。
キッチンカウンターで飲みながらレンコンとごぼうのきんぴら、なすの揚げ出し、里芋としいたけの煮物などをつまみに食べ、二本目のビールを出す。
以前、松岡が作ってくれたのと同じ味付けに懐かしさを誘われた。そんなに何度も食べたわけではないのに、いかにも田舎の家庭料理という甘辛いしょう油味を覚えていた。
それにしても、子供なんて身近にいないからどうしていいか、本気でわからない。とりあえず食事と寝床をきちんとしてやればいいんだろう。
真樹も「遊んでるだけ」と言っていたし、昼間は遊ばせておけばいいんだろうか。家の裏の空き地とか、公園の場所も調べないとな。
それから松岡のことを考える。
……どうしたもんかな。
これ以上距離を縮めたくない。
あの時、松岡を突き放したのはこんなところで馴れ合うためじゃないのだ。ビールを飲みながら、灯里は記憶の底に沈めたはずの四年前のことを思い出した。
大人用の弁当なので多かったのだろう、食べるスピードが落ちて少し持て余し気味にフライを突いている。
それを眺めながら、ごく普通に会話していることに今さら気づいて、灯里はちょっとほっとするような困惑するような気分になる。
きのうまでは様子を見に来てくれても、ぎくしゃくとしていて会話も途切れがちだったのに。いや灯里のほうに会話をしようという気がなかったのが主な原因なのだが。
「仕事は大丈夫なんですか?」
「まだ納期まで時間あるから。子供が寝てる夜のうちにやらないとな」
「あまり無理しないでくださいね。あとうちの実家でも面倒見ると言ってくれてますから、昼間遊ばせに来てください。夏休みで兄の子供たちも家にいるから、遊び相手が来ると喜びます」
「いや、…そんなの悪いし」
松岡の実家と聞いて腰が引けたが、でも布団を借りてこんなにたくさん料理までもらった手前、一度くらい挨拶には行くべきだろうと思い直す。
「あ、やっぱ、あした、昼のうちにちょっと顔出しに行くよ」
「わかりました。そう言っておきます」
「とーりくん、ねむたいー」
「るみも。もうねていい?」
お弁当をつついていた玲雄が目をこすりながら言い、隣の流美も大あくびをした。
「あ、じゃあ布団敷くからちょっと待ってろ」
あわてて灯里が立ち上がり、松岡は二人に向かって「歯ブラシは持ってきた?」と尋ねた。
「もってるー」
「じゃあ歯磨きしたら寝ようか」
「ええー、もうねむいー」
「ハミガキいややー」
「でもムシバイキンが夜のうちに玲雄くんと流美ちゃんの歯を食べちゃうかも! ほら、あーんしてごらん、ああっ、ここにムシバイキンがいる!」
松岡の意外な演技力に、和室で布団を敷いていた灯里は笑い出しそうになる。ああして甥っ子姪っ子にも歯磨きを促しているんだろうか。
「ほんまに? ほんまにおるん?」
「れおにもおるん?」
「いるよ、ほら歯磨きしゅかしゅかしよう。そしたら、いなくなるから大丈夫だよ」
怯えた声になった二人にさっさと歯ブラシを持たせ、最後に仕上げしようねと一緒に磨いてやっている。
子供ってあんなふうに磨いてやらなきゃいけないのか? 自分で磨くんじゃないのか? 灯里が驚いているうちに松岡は手早く二人の小さな歯を磨いた。
「はい終わり、うがいしておいで」
「とーりくん、とどかへんー」
「ちょっと待ってろ」
洗面台に背が届かないと訴えるので、引越しで片づけていない段ボールを置いてやる。中は本や雑誌だから乗っても大丈夫だ。
うがいを終えた二人は松岡の前にやってきて、大きくあーんと口を開けた。
「ムシバイキン、まだおる?」
「もうおらん?」
「いないよ、もう大丈夫。じゃあ寝ていいよ」
流美はリュックをごそごそしてイルカとペンギンのぬいぐるみを引っ張り出した。玲雄はふわもことしたタオルのような人形を持っている。
へえ、子供ってやっぱり寝るときにぬいぐるみとかいるんだな。
「おやすみなさい、とーりくん、あー……だれ?」
今さらながらの問いに灯里が爆笑した。
「松岡だよ」
「ほな、まつおかくん、おやすみなさい」
「うん、おやすみなさい、流美ちゃん、玲雄くん」
二人がふらふらと和室に消え、灯里は苦笑を堪えながら「いいのか?」と訊いた。
「何が?」
「松岡くんて」
「うちのチビ達はかずくん呼びですから、そっちにしましょうか。ていうか、灯里さんこそ、とーりくんなんですか?」
さりげなく名前を呼ばれて、心臓がドキッと跳ねた。それを悟られないように不機嫌そうな声を出す。
「……おじちゃんよりマシかと」
「ああ、朝はそう呼んでましたね」
思い出したらしく、くすくすと松岡が笑う。その笑顔が懐かしく、胸をふさがれるような気がして、灯里は何も言えなくなる。
ふと沈黙が落ちた。
子供たちがいなくなると、リビングは途端に静けさに包まれて何だか身の置き所に困る。急に二人でいることを意識して、灯里は内心の動揺を隠すように目をそらした。
「灯里さん」
以前のように名前を呼ばれて、ただそれだけのことに、またドキッとする。
「……なに」
表情を硬くした灯里に、松岡はやさしく笑いかけた。
「子供の世話は慣れてないと本当に大変だと思うんで、遠慮せずに声かけてください。まだここにだって来たばかりだし、仕事もあっていろいろ勝手がわからないでしょうから」
穏やかな笑みを添えてそんなことを言い、コーヒーごちそうさまでしたと松岡はあっさり帰って行った。
松岡が帰った後、シャワーを浴びて冷蔵庫からビールを出した。ついでに夕食を食べてしまうかと、もらったタッパーのおかずをいくつか皿に盛った。
キッチンカウンターで飲みながらレンコンとごぼうのきんぴら、なすの揚げ出し、里芋としいたけの煮物などをつまみに食べ、二本目のビールを出す。
以前、松岡が作ってくれたのと同じ味付けに懐かしさを誘われた。そんなに何度も食べたわけではないのに、いかにも田舎の家庭料理という甘辛いしょう油味を覚えていた。
それにしても、子供なんて身近にいないからどうしていいか、本気でわからない。とりあえず食事と寝床をきちんとしてやればいいんだろう。
真樹も「遊んでるだけ」と言っていたし、昼間は遊ばせておけばいいんだろうか。家の裏の空き地とか、公園の場所も調べないとな。
それから松岡のことを考える。
……どうしたもんかな。
これ以上距離を縮めたくない。
あの時、松岡を突き放したのはこんなところで馴れ合うためじゃないのだ。ビールを飲みながら、灯里は記憶の底に沈めたはずの四年前のことを思い出した。
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