恋人と別れるために田舎に移住体験に行ったら元二股相手と再会しました

ゆまは なお

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苦くてあまい思い出3

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「灯里さんに恋人がいるのは知ってます。でもその人が大らかな人で気にしないっていうなら、これからも一緒に遊びに行ってくれますか? 俺、あなたが好きです」
 あまりにもまっすぐに好きだとぶつけられて、その潔さに驚いた。
 酔ってもいないのにこんなふうに真っ直ぐに気持ちを伝えてくる人にとても久しぶりに会った気がする。まだ高校生のころにはこんな目をして告白されたことがあったかもしれない。
 大人になるにつれて臆病になってしまうのか、明るい日が差す昼間の公園やカフェではなく、人工的なオレンジライトのレストランやほの暗いバーなどで口説かれるのが当たり前になっていた。
 本気なのか戯れなのかわからない口説き文句や、遊びやゲームで交わす口づけに慣れた灯里には、松岡の真っ直ぐさはまぶしいくらいだった。

 冬に出会った二人が何度も会ううちに季節は変わり、松岡は大学三年になった。
 初めは月に二回ほど会っていたが、このころにはもう週一回くらいのペースで食事をしたり映画に行ったりするつき合いになっていた。
 このころ部署が変わって出張が多くなった大友とは会えない週もあり、松岡と会うほうが多いこともあった。
 相手はまだ学生だと言い聞かせながら自分に歯止めを掛けようとしていることに気がついて、灯里はうろたえた。いつの間にそんなに惹かれていたんだろう?
 灯里に対する松岡の態度はいつも変わらず誠実で正直で、駆け引きめいたことなどすることもなくて、何度も会ううちに灯里はそんな松岡のそばで安心して本心を言えるようになっていた。
 好きだと言いながら浮気を繰り返す大友の側にいて、気持ちがすり減っていたせいかもしれない。
 松岡のほうは最初から一目ぼれだったとはっきり言っていて、灯里が好きだと告げている。でも彼氏がいるのはわかっているから、こうして昼間に会ってもらえるだけでいいですと、きっちり線引きをしていた。
 そう言いながらもすでに何度もキスはしていて、松岡に惹かれていることを灯里は認めないわけにはいかなかった。

 初夏のある日、ガラス作品の展示会に行って、「富和灯里」と作者の名前がケースに入っているのを見て、松岡はびっくりした顔で灯里を見下ろした。
「これ灯里さんが作ったの?」
「そう。おれ、高校ではアートクラフト勉強してたんだよ。で、今でもガラス工房に出入りしてて」
「アートクラフト? ってなんですか?」
 手工芸品を作る技術を学ぶ学校だというと、松岡は東京には色んな学校があるんですねと驚いていた。
「今も気分転換に工房に行って、こうして作品作ったりしてるんだ」
 灯里が出した作品は二つで、いくつもの果物が浮かんでいるように閉じ込められた楕円形のペーパーウェイトと、モザイクガラスが美しい模様を描くランプシェードだった。
「ああ、前にガラスで表現したいって言ってたの、こういうことだったんですね」

「これ、おれの作ったやつ」
「へえ、あ、すごいきれいだ」
 マクラメにトンボ玉をいくつか通したミサンガを見せると、松岡は手に取ってしげしげと眺めて器用ですねと笑った。
「やるよ」
「いいんですか?」
「あんま使い道ないだろうけど、一颯のイメージで作ったから」
「え、これ俺のために作ってくれたんですか?」
「ん、まあ……」
 恥ずかしくなって言葉を濁すと、松岡はびっくりするくらいうれしそうに、子供が誉められたときみたいに笑って礼を言った。   

 よく晴れた夏の夕方だった。
 おいしいかき氷が食べたいと灯里がねだって都内の専門店に行った帰り、噴水の見えるベンチで話をした。 
「灯里さんの彼ってどんな人?」
 最初に出会ったゲイナイトで彼氏の有無を尋ねて以来、一度も灯里の恋人について訊いたことのなかった松岡がそう口にした。
「十歳上の広告代理店勤務で、遊び人で仕事できてカッコいい人」
「ふうん。遊び人なんですか?」
 松岡には恋人は年上の大らかな人だから普通に遊ぶのは構わないとだけ話していたから、詳しい話をするのは初めてだった。
「うん、価値観が違うって言うか……。おれがこうして誰かと遊んでも気にしないっていうか。はっきり言えば、一晩寝たくらいは浮気に入らないって人なんだ」
「灯里さんとつき合ってるのにそういう相手がいるんですか?」
 松岡は驚いたようで、目を丸くしている。

「出会いも誘惑も多い業界だし、その場の流れで断れなくてそうなっちゃうみたいで、そんなの何人もいるよ」
「嫌じゃないんですか、それ」
「嫌だけど、それでさんざんケンカもしたけど……」
 信じられないと憤慨する松岡に、灯里はやっぱりそうだよなと一般の感覚を思い出す。
 社会人としての大友と一緒にいるのは刺激的で、物の考え方や仕事のやり方や人間関係の処し方について学ぶことは多かった。
 大友は頭の回転が速く、口がうまくて大らかで、うさんくさいと思われながらも相手に受け入れてもらえる愛嬌と度胸を持った世渡り上手な男だった。つき合ったばかりのまだ二十歳の灯里から見たらものすごく大人で頼りがいがあったのだ。
 恋愛関係にはだらしない部分も多かったが、そういう魅力があったから別れられずにいた。そして別れ話をしてもなあなあで終わってしまうことに灯里はいつの間にか慣れてしまっていたのだ。

 ケンカになるたび言いくるめられてきたが、やはり大友の感覚は少しおかしいのだろう。でも交際相手がしょっちゅう替わるゲイ友達も多いなか、それはめずらしい事じゃないと慰められることも多くて感覚が麻痺していたのだ。
 けれども大友だけを責められないことも自覚していた。灯里だってその大友のいい加減さに甘えて、松岡と二股状態を続けてきたのだ。
 大友を嫌いになったわけではないが、もう気持ちは松岡に傾いているとわかっていた
「これ言うのずるいって分かってるんですけど」
 灯里を抱きしめながら松岡はため息とともに小さく言葉を吐き出した。
「彼が一晩だけのつき合いは浮気にならないって言うんだったら」
 そこで、一瞬ためらって言葉を切って。それでも続けた。
「今夜、抱かせて」
 苦しそうな声で懇願されて、灯里はうなずいた。
 松岡にそこまで言わせたのは自分だと自覚していたから断る気はなかった。
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