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灯里の迷い1
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ふわふわ浮かぶシャボン玉を眺めながら昼ご飯はどうしようかと考えていたら、わナンバーの車が路地に入って来た。ブレーキ音がして車が停まり、ドアが開くとそこに風香が立っていた。
「ママッ」
「ママだーっ」
玲雄と流美が目をまんまるに見開いて持っていたシャボン玉を放りだし、次の瞬間、風香に体当たりする。しゃがんで二人を抱きとめた風香は「玲雄、流美、ごめんね」と力いっぱいハグした。
シャボン玉を作る大きな輪を置いて、ハンドタオルで手を拭いた灯里が立ち上がる。日玄関に上がる外階段でシャボン玉をして遊んでいたのだ。
「びっくりするな。来るなら連絡しろよ」
「したわよ、あんた電話出ないんだもの」
仕事が一段落したので、あまりチェックをしていなかったのだ。階段においたままだったスマホを見れば、確かに一時間前に風香からの着信が入っていた。
一時間前かよと突っこみたいのを我慢して、ちょっとやつれた感じの風香を眺めた。
「もう大丈夫なのか?」
「うん、あのあとすぐに目を覚まして今は一般病棟に移ったし、契約のほうもOK出たから、一番早い成田行きに乗ったの」
そう言いながら二人をぐいぐい抱きしめて頬にも髪にもキスをする。きょうでちょうど一週間だ。覚悟していたより早かった。
この一週間、ほとんど泣かなかった二人がわあーんと大きな声を上げて泣き出して、灯里はおろおろするが、風香は平然と「ごめんねー、頑張ってたんだよね」とぐりぐり頭を撫でではぎゅうぎゅうと二人を抱きしめる。
母親ってすごいな。あんなに安心して泣ける存在なのか。
わあわあと泣く二人を抱きとめて、風香も涙ぐんでいる。
「ママも寂しかったよー。流美と玲雄がいなくて、ベッドで夜泣いてたよー」
「ホンマに?」
「れおはなかんかった」
「うそやん、れおないてたで」
「るみもないとったやろ」
「だってママがおらへんから」
泣きながらケンカになりそうだったが、風香の一言で治まった。
「二人ともケンカしないで。ママと一緒に帰るよ、荷物用意できる?」
「今から帰るのか?」
相変わらず勝手だなとも思うが、風香らしくてまあいいか。
「うん。今夜は都内の友達のとこ泊めてもらう約束してるの。実家は貸しっぱなしでしょ?」
「ああ」
灯里が社会人三年目まで一人で住んでいた実家のマンションは灯里の通勤には不便なことから、母親とも相談した上で賃貸に出したのだ。
「今から出れば夕方には都内に着けるし、あ、なんかまずかった?」
「いや、いいよ。でも……」
ふっと今まで世話になった人々のことを思って、さよならぐらい言いにいったほうがいいだろうか、いやこんな小さい子供だからそんなのは必要ないか?と迷っていたら、玲雄と流美から言いだした。
「もうかえるん?」
「それやったら、かずくんとかずくんのおばあちゃんにバイバイいいにいかな」
真っ先に松岡と祖母の名を上げた。
「こうたくんとみほちゃんにも」
「かいとくんとかいとママにも」
「ゆなちゃんにも」
「しょうへいとりょうくんにも」
次々出てくる名前に、風香が目を丸くした。
「お友達、そんなにたくさんできたの?」
「みんな、急におれが子供を預かるって聞いて、心配して色々手伝ってくれてたんだ」
「うわあ、ここでホントによかったね。東京のあのワンルームだったら苦情言われて終わりだったよね」
灯里は風香の言いように苦笑するが、たぶんその通りだっただろう。
「今言った全員は無理だけど、特に世話になった松岡家と宮路さんのところは挨拶させたいんだけど、時間はある?」
「大丈夫よ、急がないわ。よかったね、楽しかったんだね」
二人は自分のリュックに荷物を詰める間にも、この一週間の出来事を風香に話しつづけている。
「ほんで、これがそのカブトムシとクワガタやねん」
「すごい、かっこいいねえ。玲雄が取ったの、すごいねえ」
「これもってかえれる?」
「いいよ。あ、そうそう、帰りは新幹線で大阪に帰るよ」
「しんかんせん!」
「ほんまに?」
新幹線に乗ったことがないと言う二人は大喜びだ。
その間に灯里は松岡家に電話をかけ、今から挨拶に行くことを告げた。
ベーカリー小麦は途中に寄るとして仕事中の松岡はどうしようか。あれだけ世話になったのだし、かずくんと呼んで懐いているし、やっぱり顔を見て別れを言いたいだろうとメールを送った。
手ぶらもまずいと灯里が和菓子店で手土産を買ってくる間に風香が荷物をまとめ、最初に松岡家に行き、お別れの挨拶をする。
風香が「うちの子が本当にお世話になりました」と頭を下げると、松岡家の人々は「ほんとに灯里さんと似てますね」「また遊びに来てね」と口ぐちに声を掛けていた。
「るみちゃん、れお、またこいよ」
「うん、またあそぼうな」
「おーさかきてや」
すっかり仲良くなったみんなで記念写真を撮って、手を振って別れた。海斗は幼稚園なので会えなかったが宮路家でも似たようなやり取りをして、役所に向かう。
昼休みだったのでロビーの奥で松岡が待っていて、二人が「かずくん」と駆け寄った。
「風香さんですか、初めまして。いつも灯里さんにはお世話になってます」
松岡が常識的に挨拶を述べ、風香もここ数日の礼を言う。
「子供たちが本当にお世話になったみたいで、ありがとうございました」
「いえ、とても楽しかったです。灯里さんも子供といると普段と違う感じがして」
「灯里は子供に不慣れだから、松岡さんたちが助けて下さって本当に助かりました。ご迷惑をかけて申し訳なかったけれど」
「いえ、灯里さんの助けになったなら俺も嬉しいです。それにお姉さんにもご挨拶ができてよかったです。遠方にお住まいだし、なかなかお会いする機会はないだろうと思っていたので。こちらにいらしたと聞いてぜひお会いたくて」
なにやら含みを感じさせ言い詞回しに、風香がじっと松岡を見あげる。なんだ、この感じは。灯里があわてて割って入ろうとしたところで風香がさくっと問いかけた。
「松岡さんは灯里の恋人?」
「残念ながらまだ認めてもらってないんですが、告白はしてます。東京で以前、おつき合いしていた時期がありますが、ちょっとした行き違いで別れてしまって後悔してるんです」
平然とした顔でとんでもない爆弾を落としてくれた。
「ママッ」
「ママだーっ」
玲雄と流美が目をまんまるに見開いて持っていたシャボン玉を放りだし、次の瞬間、風香に体当たりする。しゃがんで二人を抱きとめた風香は「玲雄、流美、ごめんね」と力いっぱいハグした。
シャボン玉を作る大きな輪を置いて、ハンドタオルで手を拭いた灯里が立ち上がる。日玄関に上がる外階段でシャボン玉をして遊んでいたのだ。
「びっくりするな。来るなら連絡しろよ」
「したわよ、あんた電話出ないんだもの」
仕事が一段落したので、あまりチェックをしていなかったのだ。階段においたままだったスマホを見れば、確かに一時間前に風香からの着信が入っていた。
一時間前かよと突っこみたいのを我慢して、ちょっとやつれた感じの風香を眺めた。
「もう大丈夫なのか?」
「うん、あのあとすぐに目を覚まして今は一般病棟に移ったし、契約のほうもOK出たから、一番早い成田行きに乗ったの」
そう言いながら二人をぐいぐい抱きしめて頬にも髪にもキスをする。きょうでちょうど一週間だ。覚悟していたより早かった。
この一週間、ほとんど泣かなかった二人がわあーんと大きな声を上げて泣き出して、灯里はおろおろするが、風香は平然と「ごめんねー、頑張ってたんだよね」とぐりぐり頭を撫でではぎゅうぎゅうと二人を抱きしめる。
母親ってすごいな。あんなに安心して泣ける存在なのか。
わあわあと泣く二人を抱きとめて、風香も涙ぐんでいる。
「ママも寂しかったよー。流美と玲雄がいなくて、ベッドで夜泣いてたよー」
「ホンマに?」
「れおはなかんかった」
「うそやん、れおないてたで」
「るみもないとったやろ」
「だってママがおらへんから」
泣きながらケンカになりそうだったが、風香の一言で治まった。
「二人ともケンカしないで。ママと一緒に帰るよ、荷物用意できる?」
「今から帰るのか?」
相変わらず勝手だなとも思うが、風香らしくてまあいいか。
「うん。今夜は都内の友達のとこ泊めてもらう約束してるの。実家は貸しっぱなしでしょ?」
「ああ」
灯里が社会人三年目まで一人で住んでいた実家のマンションは灯里の通勤には不便なことから、母親とも相談した上で賃貸に出したのだ。
「今から出れば夕方には都内に着けるし、あ、なんかまずかった?」
「いや、いいよ。でも……」
ふっと今まで世話になった人々のことを思って、さよならぐらい言いにいったほうがいいだろうか、いやこんな小さい子供だからそんなのは必要ないか?と迷っていたら、玲雄と流美から言いだした。
「もうかえるん?」
「それやったら、かずくんとかずくんのおばあちゃんにバイバイいいにいかな」
真っ先に松岡と祖母の名を上げた。
「こうたくんとみほちゃんにも」
「かいとくんとかいとママにも」
「ゆなちゃんにも」
「しょうへいとりょうくんにも」
次々出てくる名前に、風香が目を丸くした。
「お友達、そんなにたくさんできたの?」
「みんな、急におれが子供を預かるって聞いて、心配して色々手伝ってくれてたんだ」
「うわあ、ここでホントによかったね。東京のあのワンルームだったら苦情言われて終わりだったよね」
灯里は風香の言いように苦笑するが、たぶんその通りだっただろう。
「今言った全員は無理だけど、特に世話になった松岡家と宮路さんのところは挨拶させたいんだけど、時間はある?」
「大丈夫よ、急がないわ。よかったね、楽しかったんだね」
二人は自分のリュックに荷物を詰める間にも、この一週間の出来事を風香に話しつづけている。
「ほんで、これがそのカブトムシとクワガタやねん」
「すごい、かっこいいねえ。玲雄が取ったの、すごいねえ」
「これもってかえれる?」
「いいよ。あ、そうそう、帰りは新幹線で大阪に帰るよ」
「しんかんせん!」
「ほんまに?」
新幹線に乗ったことがないと言う二人は大喜びだ。
その間に灯里は松岡家に電話をかけ、今から挨拶に行くことを告げた。
ベーカリー小麦は途中に寄るとして仕事中の松岡はどうしようか。あれだけ世話になったのだし、かずくんと呼んで懐いているし、やっぱり顔を見て別れを言いたいだろうとメールを送った。
手ぶらもまずいと灯里が和菓子店で手土産を買ってくる間に風香が荷物をまとめ、最初に松岡家に行き、お別れの挨拶をする。
風香が「うちの子が本当にお世話になりました」と頭を下げると、松岡家の人々は「ほんとに灯里さんと似てますね」「また遊びに来てね」と口ぐちに声を掛けていた。
「るみちゃん、れお、またこいよ」
「うん、またあそぼうな」
「おーさかきてや」
すっかり仲良くなったみんなで記念写真を撮って、手を振って別れた。海斗は幼稚園なので会えなかったが宮路家でも似たようなやり取りをして、役所に向かう。
昼休みだったのでロビーの奥で松岡が待っていて、二人が「かずくん」と駆け寄った。
「風香さんですか、初めまして。いつも灯里さんにはお世話になってます」
松岡が常識的に挨拶を述べ、風香もここ数日の礼を言う。
「子供たちが本当にお世話になったみたいで、ありがとうございました」
「いえ、とても楽しかったです。灯里さんも子供といると普段と違う感じがして」
「灯里は子供に不慣れだから、松岡さんたちが助けて下さって本当に助かりました。ご迷惑をかけて申し訳なかったけれど」
「いえ、灯里さんの助けになったなら俺も嬉しいです。それにお姉さんにもご挨拶ができてよかったです。遠方にお住まいだし、なかなかお会いする機会はないだろうと思っていたので。こちらにいらしたと聞いてぜひお会いたくて」
なにやら含みを感じさせ言い詞回しに、風香がじっと松岡を見あげる。なんだ、この感じは。灯里があわてて割って入ろうとしたところで風香がさくっと問いかけた。
「松岡さんは灯里の恋人?」
「残念ながらまだ認めてもらってないんですが、告白はしてます。東京で以前、おつき合いしていた時期がありますが、ちょっとした行き違いで別れてしまって後悔してるんです」
平然とした顔でとんでもない爆弾を落としてくれた。
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