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消毒
しおりを挟む私が何とか落ち着いたのを見届けたライルは、「少し寝ておけ」と私の頭を撫でると、自身はまだ片付けることがあると甲板に戻って行ってしまった。
確かに極度の緊張から解放された私は疲れていたし、まだ戦闘後のごった返す甲板に出ていく気にはなれなかったから、お言葉に甘えてベッドに横になっていると、そのままうとうとと眠りについてしまっていた。
そうして、その夢の中で、なんだか私は懐かしい彼の姿に出会った。
その日私は、お気に入りのグリーンのドレスに身を包み、母に手を引かれて王宮の庭園に居た。
王妃様が大々的に開かれたお茶会に参加するため…だっただろうか。
沢山の貴族夫人や、その子女なんかが集められて…今思えばあれはきっと王太子であったライルの妃候補を掘り出すための催しだったのではないだろうかと思う。
とにかく、そのお茶会の場で、私は初めて自国の王子殿下だという、彼の姿を見た。
王妃様譲りの金色の髪に、アイスブルーの瞳。あの頃から整った顔立ちはそのままに、しかし子供ゆえに今よりも少し丸いフォルム。それでも将来は絶対に美男になるであろう顔立ちは、子供心にも「カッコいい王子様なのね」と私の記憶にはインプットされている。
恐らくすでにこのお茶会の趣旨を分かっていた、私より幾年か年上のお姉さま達なんかは、もっとあからさまな視線を飛ばしていたけれど、彼等より少し年下のお子様な私は、とにかくそんな程度の事しか思わず、彼の存在をスルーした。
それよりも王宮のシェフたちが腕によりをかけて作った鮮やかな色のスイーツの方が魅力的だったのだ。
そうして、なんとなく頭の片隅に王太子ランドロフの存在を認識しながらも、完全に住む世界が違う人と認識していた私は、それから何度かあった彼も参加するお茶会や王宮の催しにも顔を出したものの、実際に主役である彼には一切かかわる事はなかった。
関わる事なんて生涯ないとすら思っていたのだ。
不思議な縁だわ…。
どこか客観的にそんな事を想いながら、ゆるゆると気持ちの良いまどろみの中から目を覚ます。
恐怖と緊張で冷え切っていた指先どころか、体中がポカポカと温かい何かに包まれているようなそんな気持ちよさで、うっすらと目を開ければ。
「っ――――!」
目の間には、夢の中の美少年が…数段大人になった姿で眠っていた。
いつもいつも!本当に心臓に悪いのよ!!
何とか叫び声を飲み込む事には成功できた。けれど、バクバクと胸が早鐘を打つようにうるさく騒いでいる。
いつの間に部屋に戻ってきたのだろう。
深呼吸して自身を落ち着けると、もう一度改めて隣に眠る男の顔を見上げる。
もう何回もこうして隣り合って眠ることはあるのに、いまだ、私は寝起き一番に目の前に入ってくる美形の破壊力に慣れることができない。
しかもその美形が、私を抱きしめて居たり、時には甘えるように首元に顔をうずめているのだから、たまらない。
今日はどうやら抱きしめパターンらしく、いつの間にか、私の首の下には彼の腕が差し入れられていて、背中の当たりに彼のたくましく太い腕が回されている。
別名…脱出困難パターンともいう…。
しっかりと彼に巻き付かれてしまっているため、彼を起こさずにベッドから抜け出るのは至難の業だ。
頭の片隅には先ほどの、少し寂しそうに問いかけてきた彼の顔が過る。
まさかね…。
いくら何でも自惚れすぎだ。
ただきっと私で暖を取りたかっただけなのだ。
そう思いなおして、ふうっと小さく息を吐くと、なんとその気配を察したらしいライルがモゾリと動き出す。
動き出したその流れで、彼の手が、ゆっくり私の背を撫でてそのまま南下すると太ももまで下りていく。
「っ!!」
思わずびくりと身体を揺らすけれど、彼の手は止まることなくするすると愛でるように私の太ももを撫でて、そして臀部に到達すると、ゆったりとその丸みを楽しむように撫でる。
「っ・・・起きてるでしょ!?」
そこでようやく私は、尻を撫でる彼の手をパシッと掴むと、下から睨みあげる。
「ん、まだ寝てる」
寝ぼけたような掠れた声でそう言う彼の、口元は笑てっいて…。
完全に確信犯ではないか!!
「んん、いい尻だ…」
「ちょっと!勝手に触らないで!!」
なおもゆったりを尻を撫で続ける彼に抗議の声を上げるけれど、彼は悪びれもせず
「消毒だよ」
と言ってのけるのだ。
「おしりなんて触られてないわよ!!」
そう言い返せば、ようやくそこで彼はパチリと目を開けた。
「当然だ。そんなことまでされていたなら、触っていた奴をこの手で八つ裂きにして海に放り込んでるところだ」
冗談ともとれるような言い方だけれど…その目は笑っていない。
ゆったりと彼の手が尻から離れて、背中を撫でていく。
なんとなくくすぐったい部分を撫でられて、私の腰がピクリと反応してしまう。これも最近の彼の私をからかうポイントの一つなのだ。
「っ…ひゃぁ!やめてっ!」
「ん?何が?尻はだめだから背中にしたのだがな?」
「っ…くすぐったい!!んんっ!ぁ」
腰のあたり…私の弱い部分を、彼の不埒な手がいたずらに行ったり来たりする。そのたびに私は身をくねらせて、彼の胸に手を置いて引き離そうと試みるけれど、体格差と力の差は歴然で、びくともしない。
何度かそんな不毛な抵抗を続けて、結局私の息が上がって彼が私をからかいつくして満足したところでこの攻防はいつも終わる。
ただこの日は、終わり掛けに一度だけ、彼の手から逃れた私の髪をさらりと撫でて、彼が困ったように眉を下げた。
「ったく!いい声で鳴くなよなぁ。俺もそろそろ限界だからな?」
「鳴くって?限界って何よ!?くすぐったくて腹筋の限界に来てるのはこっちだわ!!」
そう抗議すると、なぜかとてもとても大きなため息を吐かれた。
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