家出令嬢が海賊王の嫁!?〜新大陸でパン屋さんになるはずが巻き込まれました〜

香月みまり

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隠していた事【ライル視点】

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次の航海までの間、何かを勘づいて怪しんでいるリリーをなんとかかわしながら過ごした。
若干の罪悪感を感じつつも、それでもリリーを不安にさせたくない思いと、自分自身もそれについて現実的に考えたくない気持ちがあった。


次の航海で、また情報屋からの報告を受けることになる。
捜索が打ち切られた。リリーの捜索は隠れ蓑で国軍にはもっと違う目的があった。

そんな報告が聞けるのではないだろうか。情けなくもそんな淡い期待を持って島を出た。

戻ってきた時には、もう済んだ話としてきちんとリリーに説明をしよう。そう思ったのに、情報屋から聞いた事実は随分と甘くはなかった。


「どうやら、捜索をかけているお大臣は随分と本気らしいな。婚姻まで2年も待ったのだから、どうあっても逃げた娘を手中に収めなければ気が済まないらしい」

そう言った情報屋は「気の毒になぁ」と肩をすくめた。

「随分と悪評のある男らしい。何人もの若い妻を殺してるそうじゃないか。その中でも、どうやら最初の妻に今回逃げた令嬢はよく似ているらしいな。」

「最初の妻?」

アドレナード卿の悪評は元々知っていたので驚きもしなかったが、その後の話に引っ掛かりを覚えて問い返せば、情報屋は「気持ち悪い話だぞ!」と前置いて話を続ける。


「お大臣がまだ若い頃、他に婚約者のいる令嬢を権力で無理やり恋慕して娶ったらしい。まぁ当然、令嬢は抵抗した上、彼を受け付けず、結婚から1年も経たずに自殺したらしい。どうやらそこから色々と女に対して歪んだらしい」


「よく、そんな事まで調べたな」

ずっと横で黙って聞いていたディーンが口を挟んだ。あまりにも詳しすぎて、逆に不審に思ったのだろう。
貴族ならばいざ知らず、平民の情報屋が易々と高位貴族の醜聞を手に入れるのはなかなか骨が折れるだろう。

しかし、情報屋の方は特に苦労した様子もなく

「簡単だよ!そのお大臣の屋敷に勤めていたやつを見つければいい。下働きでも主人のそうした異様な動きは分かるからな。少し金を握らせればすぐさ」

事もなげに言ってのけた。

「それで、その最初の妻に似ているから、あの手配書の娘を娶ろうとした・・・と言う事か」

そんな気持ちの悪い執着で、アドレナード卿がリリーを欲しがっていたのだと考えると、自分で言葉にしていても吐き気がしてきた。


「そのようだな。ただどうやら奴が目をつけた時、まだそのお嬢さんは16歳になったばかりとかで・・・流石に若すぎると主人である国王にいい顔はされなかったらしい。ならばと言うわけで、18になるまで待つことにしたらしい。2年お預けを食らって指咥えて待っていたところを、直前で逃げられたわけだ。まぁ、執着する気持ちも分からんでもないが、いい歳のおっさんがそれにしても気持ち悪い話さ」

話を終えた情報屋は、俺たちの目の前に手を差し出す。

情報料をよこせと言うのだ。


「ディーン」
短く後方に控えているディーンに声をかければ、すぐにディーンが前に出てきてその懐から小袋を出すと男に渡した。

「国軍の船の動向にはそれ以外の意図は無いと言う事だな?」

確認するように問えば、情報屋は乾いた笑いを溢した。

「その素振りは一切ないな。全くの職権乱用さ、税の無駄遣いばっかりしやがって呑気なもんだぜ」

「そうか・・・ご苦労だった」

深いため息と共にそう告げると、情報屋は「毎度あり!」と上機嫌で去って行った。




「っ、それで・・・アドレナード卿は急に私を名指しで指名してきたわけね」

リリーの言葉に小さく頷くと共に、重ね合っていた手を一層強く握りしめる。

話を聞き終えた彼女の顔色は悪い。
当然だろう。
こんな気持ちの悪い話を聞かされて、当事者である彼女が気分を害さないはずがない。
気持ち悪くて、そして怖い。
そんな表情を見て、やはり彼女には知って欲しくなかったと心の底から思う。


なんとか、自分達が隠し通せる範囲で出来たらよかったものを、自分が逸ってしまったせいで・・・。

ギリリと奥歯を噛み締めると、リリーが宥めるようにトントンと腕を叩く。


「その話を聞いて3日後、比較的俺たちの領域に近い場所で国軍の船に遭遇したんだ。これ以上こちらに近づく気にならないように、少しばかり脅してやるつもりだった・・・。なのに、その船には国軍の旗以外にアドレナード侯爵家のエンブレムが描かれた旗があった。あの男が自ら探しに出てきていたんだ。ならばここで息の根を止めてしまうのが手っ取り早いと・・・つい焦った」


先頭はいつも部下達に切らせるのに、あの日ばかりは後ろでただ見ていることなど出来なかった。

止めるディーンを振り切って、甲板に乗り移って戦った。

甲板に乗り移った時、僅かだが従者に守られるようにしながら船舶の奥に下がっていくアドレナード卿の姿を見た気がした。
奥に逃げられる前に、どうにか引きずり出さなければと気持ちは急いた。

しかし、相手側は国軍に加えてアドレナード家の騎士も帯同していた。最初は押していてもしばらくすれば劣勢になってきた。

いつもであればある程度相手にダメージを与えて撤退するものを、この日ばかりは諦めがつかなかった。

どうにかアドレナード卿を捕まえて、奴だけは・・・そう焦った段階で、すでに引き際を見誤っていたのだ。

止めようとする部下達を無視した俺は、そのまま単身彼等の中に切り込んだ。


死んでもいい、とにかくリリーを怯えさせて彼女の自由を奪うあの元凶だけは断たなければならない。

もう頭の中はそれだけでいっぱいで、自分の正体が誰でどれだけの人間の人生を抱えているのかなんて一切頭に無かった。

どこを切られた、殴られて骨が折れたのかすらも、あの時の自分には分からなかった。


結果、部下達にも多大な怪我を負わせながら、自分自身も瀕死の状況で、ディーンによって船に引きずり戻された。


今思えば、あの中で逃げ延びたのは奇跡に近い。

もしかしたらあのまま、国軍の手で自分は死んでいたかもしれたい。
そうなればきっと、奴らがこの島まで捜索に来るのは時間の問題だっただろう。

出血と熱に浮かされながら何度も何度もリリーの名前を呼んだ。
絶対にあの男になど渡さない。守ってみせると。


でもその前に

「お前を泣かせる事になってしまったな。すまない」

違う意味で彼女を不安にさせて泣かせてしまうべきでは無かったのだ。

もっともっと、きちんと彼女を守れるようにならなければいけないのだ。
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