家出令嬢が海賊王の嫁!?〜新大陸でパン屋さんになるはずが巻き込まれました〜

香月みまり

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【数年後】とある小さなパン屋の出来事①

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カーサブランクという街は、大陸の中心部に位置する四季が顕著な街だ。古くから鉱山のふともにあり、坑夫や切り出された原石を加工する職人が多く集まり賑やかだが、それ以外に大した特徴もない目立たない土地だ。


そんな街に数年前に出来たひと組の夫婦が営む小さなパン屋など、街の人間以外誰も気にも留めなかった。


はじめは街道沿いの路面で細々と売り始めたそのパンは。隣町との街道を行き来する街人や、鉱物を運ぶ運搬業の者達の舌をつかみ、街の中心部に小さな店を持つほどまでに成長した。


店は盛況で、午後の早い時間にはその日のパンが終わってしまい閉店する日もあるくらいなのに、夫婦はとても謙虚で目立つ事を嫌い、店を大きくしたり、隣町への姉妹店の出店の打診にも乗る事はなかった。

ただ自分達の手の届く範囲でパンを作って売る。それが出来るだけでいいのだと。








「リリー、今日の分は完売したから店を閉めるよ?」

「あら、今日は早かったのね!お願い」

店舗から厨房に続く扉からひょこりと顔を出したロブに私は仕込みの手を止めて笑いかける。

そんな私の返答を聞いたロブは軽く頷いて、店舗の方へ姿を消した。


「さて、そうしたら明日はもう少し多めに焼こうかしら」

頭の中で仕込みの段取りを考えながら息を吐く。
窓辺に飾られた、一輪の水色の花が目に入る。


この街に来て、パン屋を営むようになって、ちょうど4年の月日が経過した。


あの日、商業船が到着した島の港に私の案内として現れたのは、ロブだった。

新大陸に向かうと島を出たロブだったけれど、何故かディーンとは連絡を取り続けていたらしい。

ディーンからの要請を受けた彼は、新大陸に居所を整えて、国軍の包囲網に掛からない航路を渡りながら私を迎える準備を整えてくれていたのだ。


ロブと合流した私は、彼と無事に新大陸に渡る事に成功し、内陸部まで移動した。

そうして行きついた先が、このカーサブランクという街だった。
そこで私達は細々とパン屋を開いた。
お店は盛況で、毎日忙しくて充実している。


こうして月日が流れると、4年前のあの島での生活は夢だったのではないかとさえ思えてくるのが不思議だ。


あの金色に輝く髪と、アイスブルーの美しい瞳の大好きだった人。最初の頃は彼が恋しくて、夜になる度に涙を流していた。

泣く事もなくなって過去のものとなったのはいつからだろうか。
それはきっと、彼と同じくらいに大切なものが出来てからだと思う。



そんな事をしみじみと考えていると、不意に木の軋む音が響いて、厨房の扉が開く。


「ママ~!」

飛び込んできたのは、4歳になる小さな私の娘ラピスだ。
彼女は、大きなアイスブルーの瞳を輝かせ、一目散に私の元まで走って来ると、ガシリと私の足元にしがみついた。その手には、子供の手には余るほどに豪華な色とりどりの薔薇の花束が握られていて・・・。

「っ、これ!どうしたの?」

こんな立派なもの、この無骨なカーサブランクの街に売られていただろうか?否、仮に売られていたとしても4歳の子供が手にすることなどあるはずもない。

誰かの落とし物を拾ったのだろうか?もしかしたら花屋の軒先からつい美しさに目を奪われて持ち帰ってきてしまったのではないだろうか?
そうであるなら困った事になる。
一瞬にして嫌な汗が背中を伝う。

「お外でね!知らないおじさんにもらったの!これはラピスの分だって!」


「お、おじさん!?」

顔を上げて一生懸命説明しようとするラピスの口から出てきた差出人にまた私は目を丸くするしかない。


赤や黄色、オレンジに白、そしてブルーの水々しい薔薇の花達。

待って、青?
青い薔薇なんてめずらしい・・・どころか、とても高価で希少なものだ。


そんなものがこんな田舎の街にある事自体があり得ない。


「っー!ロブ!?」

いったい何が起こっているのか分からない、それにしてもラピスは店側の入り口から入って来たのだから、ここに来るまでに店舗にいるはずのロブと顔を合わせている筈だ。ロブがこんな花束を持ったラピスを呼び止めて事情を聞かないわけはない。
昔の名残で私やラピスの安全に一際用心深い彼が、その「おじさん」とやらを警戒するに決まっているのだが・・・。

扉のガラス越しに店舗の中を確認してみるも、彼の姿は見当たらない。

不思議に思って、私は足にまとわりついたままのラピスと共に店舗の方へと、扉を開く。


私が店舗への扉を開いたのと、カランと軽やかな音を立てて、来客用の扉が開いたのは同時で・・・。

「っーー!っうそ・・・」

一瞬にして、私の瞳はロブに誘われて入ってきた、その来訪者に釘付けになった。

輝く金色の髪に、アイスブルーの瞳。
どこか少年のような悪戯めいた笑みは、記憶の中の彼そのもので。

目の前の状況が掴めない私は彼と、その横に立ち、ここまで案内して来たであろうロブに説明を求めるような視線を向ける。

そんな私に、彼・・・ライルとロブが顔を見合わせて、まるで悪戯が成功した子供のように微笑み合う。


「リリー!遅くなって済まない。迎えに来た」

私の元まで歩いて来た彼は、言葉の出ない私の前に膝をついて、私の手を取るとその甲に口付けた。

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