家出令嬢が海賊王の嫁!?〜新大陸でパン屋さんになるはずが巻き込まれました〜

香月みまり

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呪い【ライル視点】

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【クーデターの夜】

敷き詰められたシミひとつない真っ赤な絨毯に、所々に置かれた磨き上げられた彫刻の並ぶ回廊。

幼い頃はそのひとつひとつを指した教師に、その人物が何代の国王で、何を成し遂げたのか説明させられた。

いつか自分が王になった暁には、あんな像など全て倉庫に仕舞わせてやろう。そう強く思ったものだが

「うん、やはり、全て撤去だな」

その意思は十数年経ったいまでも、どうやら変わらないらしい。

「なにがですか?」

隣を走っていたギルバートが俺の独り言を拾って、至極真面目に問いかけてくるのを

「そういうどうでもいい事は、全て終わってからにして下さい!」

反対側を走っていたディーンに一蹴される。

なぜ、こいつには俺の考えている事が手に取る様に分かるのか、時々解せない時がある。


「分かっているよ」

そう肩を竦めれば、丁度進行方向の角から新たな衛兵の集団が現れる。

「まだ湧いて出るか」

苦笑しながら手にしたままの剣を構え直して、腰を落とす。

もう、王の居室まではいくばかりもない。
彼等は夜の闇に乗じて突然上陸した海賊の船団が、突然王宮を襲撃して来たのだと思っているだろう。

口々に賊を貶めるような言葉を投げつけて向かって来る衛兵の品性はどうやらここ数年で随分と落ちたらしい。


1人2人と、その胴を薙ぎ払い沈黙させると、立ち止まる事なく走り続ける。
奇襲攻撃はスピードが大切だ。
彼らが体制を立て直す前に、決定打を与えなければならない。

早急に、叔父とその腹心の首を取るのだ。

そうすれば、もう逃げなくていい。
俺も、彼女も。一緒に居られる日がやって来るはずだから。


+++

「お久しぶりです」

「!!お前はランドロフ!」


回廊を抜けて迷う事なく王の寝所に入れば、すでに部下達に囲まれて逃げ道をなくした叔父がいた。

流石は叔父である。目以外を布で覆っていたとしても、甥の顔は瞬時に分かるらしい。

それが、わずかばかりの身内への情であったのならば、今こうして相対することは無かっただろうに。


「逃げられなくて残念でしたね。ただの賊なら隠し通路を使って簡単に逃げられたでしょうに、逆に隠し通路を利用されて侵入されるなんて思ってもみなかったでしょうね」

ゆっくりと叔父に近づいて、その身を部屋の隅へと追い詰めていく。最後に顔を見た数年前より随分と老け、王という重責の心労からか、目は落ち窪み、全体的にくたびれた様子だった。

幼い頃から神童と呼ばれ、兄である王太子と比べられて、長男でなかった事を惜しむ声を聞かされて育った彼は、どこかの段階で自身こそが王に相応しいと思い上がってしまったのだ。

そしていざ兄を蹴落とし王座についてみたものの、兄を超えられるような政策も実績もとる事はできないまま、ここまで来ている。


エリート意識が強く、プライドの高い彼がそれを良しとしているわけが無いと思っていたが、なるほどすでに健康を害すほどに参っているようだ。



「やはり生きていたのか」

「お陰様で」

こちらを忌々しげに睨みつける叔父に、短く答えて肩をすくめる。

「貴方が俺の生死に頓着されなかったので、身を隠すのは簡単でしたよ」

「ふん、お前は昔から執着のないやつだったからな。王太子という枷がなくなったら、それはそれと割り切って自由に生きると思ったのだが、俺の思い違いだったようだ」


それとも、親の仇はやはり憎いか?

そう問われて、自然と笑みが漏れる。

叔父の性質故にさほど交流する事は少なかったように思うが、それでも彼は甥の性格をしっかりと理解していたらしい。

彼の唯一の誤算は、甥が1人の女のためだけにここまでするような男だったところまでを考えなかったことだ。

それも自身の腹心と呼ぶ男が若い娘に執着した事が発端となったなどと知ったならば、自身の巡り合わせを恨みたい気持ちになるだろう。

知らない方がいい事もある。


「そうですね。父と母をあのように葬っておいて、数年経っても大した成果も成せないのですから、仕方ありませんよね?」

手にしていた剣を向ければ、その言葉を聞いた叔父は、がくりとその場に膝をついた。


「そうか、お前はそうしてずっと私を試していたわけか?この所、我が国の領海で海賊が幅を利かせはじめていたが、瑣末な事と思っていた私の考えが甘かったということだな。」

「最初から試していたつもりはありませんよ。ただ、俺にもこうする事が必要な事情ができただけです。」


「なるほど、海賊の王になって欲が出たか?」

「海賊は成り行きです。ですが、俺が王になれば領海の秩序は保たれる。貿易的な意味では我が国は発展をみるでしょうね」


決してこんな事を成すために海賊になったわけではなかったが、王になるのならば最大限利用はするつもりだ。

「それだけでも、私のこの数年間の実績に比べたら大きな成果だな。皮肉にも、王に相応しくないと思っていた兄上の子のお前が、我等の中で一番王の器だったのかもしれないな」


そう皮肉気に笑った叔父は、そのまま俯いた。

「早く首を取れ!兄上を蹴落とした時にいずれはその運命が自分に返ってくる可能性がある事は覚悟していたつもりだ。ここでジタバタするほど落ちぶれちゃいない。」

叔父がチラリと視線を上げて見上げて来る。

「だが忘れるな、おまえも下手を踏めば次に首が飛ぶのはお前だ、王とは実に孤独で危うい立場だ」


それはまるで、俺のはたから見たらしょうもない動機に対して忠告のような、呪いの言葉だった。
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