家出令嬢が海賊王の嫁!?〜新大陸でパン屋さんになるはずが巻き込まれました〜

香月みまり

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元凶の男【ライル視点】

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勢いよく吹き出す血と、まるでゴム毬のように転がって部屋の隅に飛んだ首。

さほど力は必要でなかったはずなのに、上がる息と身体中の毛穴から吹き出す汗。

その瞬間、人1人の命だけでなく、もっと多く、大きなものがこの手にのし掛かってきた感覚をリアルに感じた。

最後の叔父の言葉は、この感触と共に生涯自分の胸に刻まれるものだ。


「お疲れ様でございました」

そう言って、労うディーンから布を受け取り、剣についた血を払う。


「まだだ」

首を振ってつぶやけば、ディーンも理解していると言うように頷く。


「城内で目撃されておりますので、そろそろかと。」

「あの男だけは逃すな。見つけ次第俺を待たずに片付けていい」


「承知しました。」


低く是の意を示したディーンが他の者たちに声をかけて走らせる。

目的は叔父ともう1人、アドレナード卿を葬ること。
この2つが成せなければ、真にリリーを取り戻すことはできないのだ。

「殿下。エリオットの隊がアドレナード侯爵を捕獲したようで、こちらに」

ディーンの指示と入れ違うように、臣下の1人がやってきて膝をついて報告をしてきた。

「早いな。連れてこい」

そう告げれば直ぐに廊下の方から野太い中年男の怒号が響いて来る。


「離せ!逆賊が!?誰に断ってこんな事を!無礼者!」

臣下の若い男達3人がかりでズルズルと引きずられてやってきた男は、以前見た時よりも2回りほど大きくなっていた。

自身の周りを固める者達に唾を撒き散らかさんばかりに喚いている。どうやら彼は城を襲撃した者達が誰なのかをまだ理解できていないらしい。


その姿を冷ややかに見下ろしていると、足元まで連れて来られた彼は俺の後方に転がる自らの主人の亡骸を目にして「ひぃっ!」と声を上げてようやく事の次第を理解したようだ。


「へ、陛下・・・まさか!そんな!なんて恐れ多いことを!」

額に脂汗を浮かべて、怯えた目でこちらを見上げた彼は、俺の顔を見てはたりと止まった。

「お、お前はあの時の、海賊の!」

目元以外を布で覆っているせいで、どうやら彼の頭には1年半ほど前に相対した無鉄砲な海賊の青年が浮かんできたらしい。

無理もない。叔父はともかく、彼にとっては王子ランドロフはすでに亡い者で、生きていたとしても羽根をもがれて牙を剥く事など考えがつかないようなものなのだ。

自分だってそのつもりだった。

しかしそれを目覚めさせたのは、他の誰でもない自分である事を彼は知らない。

顔を覆った布に手をかけて、ゆっくりとそれを引き下ろす。


「そうか、お前にはあの時の海賊にしかみえないか」


「っ!お、お前・・・いや、貴方様は!」

こぼれ落ちた髪と顔を認識した、アドレナード卿の目が大きく見開かれる。
信じられない、まるで亡霊でもみたというような表情に皮肉な笑みが漏れる。

「なんて恐れ多い事を、とお前は言ったな?それを先にしたのは誰だ?いや、それを我が叔父に唆した不届き者の臣下は誰だと聞くべきか?」


目の前の巨体の中年男の顔色がどんどん悪くなっていく。

ひとつ間違っていたら、こんな男にリリーはいいようにされて、彼女の人生を汚され、最悪この男に命を奪われていたかもしれない。


そう考えたら、一層胸の奥が冷えていく。


この男の息の根だけは止めねばならない。


先程まで彼の主人の血を纏っていた剣を、ゆっくり持ち上げて彼の鼻先に向ける。

「安心しろ、今主人の元に送ってやる」


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