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ナオさんは、うーんと少し悩んだあと、飛んでみたい、と言った。好奇心には抗えなかったらしい。
桜の道の終端から、ナオさんを抱えて上空に飛び上がり、ぐんぐん高度を上げていく。
「こわいこわいこわいこわい!!!」
今や地上がジオラマのように眼下に広がると、ナオさんが叫んだ。怖いといいながら、声はどこか嬉々としている。
ビル群の向こうに海が見える。所々に、桜の塊が見える。大都市でも案外桜が植わっているものだ。
ナオさんを抱きかかえて、風を切って鳥のように空を飛ぶ。
「けど、高すぎて逆によくわかんないかも……!」
「じゃ、高度下げますか!」
ぐんと高度を下げると、ナオさんが絶叫した。
「うわあ!!! 待って待って待って、こわいこわいこわい!!」
「あはははは!」
ナオさんは好奇心は強いが怖がりだ。
高度を落とし、今度は飛行速度を落としてゆったりと飛ぶ。今度は、町並みも歩く人もよく見えた。
「これ、落ちたら死にますよね?」
「大丈夫ですよ、落としたりしませんよ」
「わかってますよ、信じてますから」
「僕、悪魔ですよ? 信じてしまって大丈夫ですか?」
思わず苦笑する。ナオさんはとんでもなく騙されれやすいのではないかと心配になってくる。
「悪魔じゃなくてセイルさんのことを、俺が勝手に信じたくて信じてるだけですから。だから、どうなろうと俺の責任です」
「……もし、僕が落としたらどうします?」
「そうですね……俺、今、人生で一番楽しいから、今死んでもいいな」
僕のなんでそんなことを聞いてしまったのかという問いに、ナオさんは風に消えてしまいそうな小さな声でそう言った。
それを聞いて僕の喉は閉じたように苦しくなって、僕の頭は真っ白になった。
数瞬の沈黙の後、ようやく、言葉が出る。
「……何、言ってるんですか! ナオさん! ほら行きますよ!」
「う、うわあ、はやいはやい! こわい!」
腕の中のナオさんを抱く力を少し強めた。
ナオさんが死んでもいいなと言ったとき、少し怖くなった。
三千年も無為に生きてきた。
今、ナオさんと一緒に落ちて死にたい、と一瞬思ってしまったのだ。
いや駄目だ。ナオさんは死んではいけない。それに、一緒に落ちたところで、僕は不死身で悪魔で、ナオさんだけが死んでしまうだけだ。
晴れ渡る空はどこまでも続いていて、風は心地よい。今は、二人の時間を楽しめばいい。
昨日、ナオさんと空を飛んでからなんとなく落ち着かない。
無断欠勤の悪魔が出たため、ドロドロのショッキングピンクの鍋を僕がかき混ぜる。上の空だからかき混ぜるときに勢いあまって高温のどろどろが飛び散る。
それで肌を焼く熱さに引き戻されるが、しばらくするとまた上の空に戻る。それの繰り返し。
ナオさんは僕より先に死んでしまう。どうしたって死んでしまう。
考えるだけで胸が苦しい。ナオさんといるほど楽しい時間をあと四十年ほどで失うのかもしれない。それにナオさんは人間で、弱くて脆い。あっけなく死んでしまうかもしれない。
その時に、僕も一緒に死ねたらいいのに。
また、ナオさんのいないもとの生活に戻ったら、前よりずっとつまらなく思うだろうから。
ナオさんは、僕の何千年かぶりにできた友人なのだ。友人、そう、セックスもする友人。
物思いにふけっているところ、ナフラが僕の耳元で鉄の鍋をすりこぎでガンガンと打ち鳴らした。
「な、なんだよ! うるさいよ!」
「なあなあ! セイル!! いつヤらしてくれんだよお、お前のオ、ン、ナ!!」
作業に飽きたナフラが、今日もしつこく聞いてくる。
「あのな、君、自分で相手を探しなよ! 人間に化けてさ」
「やだね! お前のが欲しいんだもん!」
けたけた笑ってるナフラにかっと頭に血が上る。
絶対に絶対に駄目だ。
「僕のものに、もし、手を出したら最高位の天使の結界に君をぶつけてでもすり潰すからね。僕も無事では済まないだろうけど」
「わー! なんだよ! ケチー! 鬼畜! 悪魔!」
僕が無視を決め込み、ナフラが癇癪を起こして暴れまわる。工房が壊されかねない段になって、様子を見にやってきたシェズさんがナフラの首根っこを捕まえた。
「工房が……!!」
ナフラの頭を、がんと力任せに床に叩きつける。
「壊れるだろうが!」
シェズさんが、叩きつけたことによって床の石の板が割れて陥没した。それに留まらず、ビシビシと音を立て、全面に大きな亀裂が入った。
壊しているのは誰だよ、と思わなくはないが、いい気味だ。いいぞ、もっとがつんとやってくれ。
しかし、さすがの石頭のナフラは飛び起きると、仕返しの頭突きをシェズさんの腹に食らわせ、シェズさんの胃液が宙を舞った。
ナオさんは、うーんと少し悩んだあと、飛んでみたい、と言った。好奇心には抗えなかったらしい。
桜の道の終端から、ナオさんを抱えて上空に飛び上がり、ぐんぐん高度を上げていく。
「こわいこわいこわいこわい!!!」
今や地上がジオラマのように眼下に広がると、ナオさんが叫んだ。怖いといいながら、声はどこか嬉々としている。
ビル群の向こうに海が見える。所々に、桜の塊が見える。大都市でも案外桜が植わっているものだ。
ナオさんを抱きかかえて、風を切って鳥のように空を飛ぶ。
「けど、高すぎて逆によくわかんないかも……!」
「じゃ、高度下げますか!」
ぐんと高度を下げると、ナオさんが絶叫した。
「うわあ!!! 待って待って待って、こわいこわいこわい!!」
「あはははは!」
ナオさんは好奇心は強いが怖がりだ。
高度を落とし、今度は飛行速度を落としてゆったりと飛ぶ。今度は、町並みも歩く人もよく見えた。
「これ、落ちたら死にますよね?」
「大丈夫ですよ、落としたりしませんよ」
「わかってますよ、信じてますから」
「僕、悪魔ですよ? 信じてしまって大丈夫ですか?」
思わず苦笑する。ナオさんはとんでもなく騙されれやすいのではないかと心配になってくる。
「悪魔じゃなくてセイルさんのことを、俺が勝手に信じたくて信じてるだけですから。だから、どうなろうと俺の責任です」
「……もし、僕が落としたらどうします?」
「そうですね……俺、今、人生で一番楽しいから、今死んでもいいな」
僕のなんでそんなことを聞いてしまったのかという問いに、ナオさんは風に消えてしまいそうな小さな声でそう言った。
それを聞いて僕の喉は閉じたように苦しくなって、僕の頭は真っ白になった。
数瞬の沈黙の後、ようやく、言葉が出る。
「……何、言ってるんですか! ナオさん! ほら行きますよ!」
「う、うわあ、はやいはやい! こわい!」
腕の中のナオさんを抱く力を少し強めた。
ナオさんが死んでもいいなと言ったとき、少し怖くなった。
三千年も無為に生きてきた。
今、ナオさんと一緒に落ちて死にたい、と一瞬思ってしまったのだ。
いや駄目だ。ナオさんは死んではいけない。それに、一緒に落ちたところで、僕は不死身で悪魔で、ナオさんだけが死んでしまうだけだ。
晴れ渡る空はどこまでも続いていて、風は心地よい。今は、二人の時間を楽しめばいい。
昨日、ナオさんと空を飛んでからなんとなく落ち着かない。
無断欠勤の悪魔が出たため、ドロドロのショッキングピンクの鍋を僕がかき混ぜる。上の空だからかき混ぜるときに勢いあまって高温のどろどろが飛び散る。
それで肌を焼く熱さに引き戻されるが、しばらくするとまた上の空に戻る。それの繰り返し。
ナオさんは僕より先に死んでしまう。どうしたって死んでしまう。
考えるだけで胸が苦しい。ナオさんといるほど楽しい時間をあと四十年ほどで失うのかもしれない。それにナオさんは人間で、弱くて脆い。あっけなく死んでしまうかもしれない。
その時に、僕も一緒に死ねたらいいのに。
また、ナオさんのいないもとの生活に戻ったら、前よりずっとつまらなく思うだろうから。
ナオさんは、僕の何千年かぶりにできた友人なのだ。友人、そう、セックスもする友人。
物思いにふけっているところ、ナフラが僕の耳元で鉄の鍋をすりこぎでガンガンと打ち鳴らした。
「な、なんだよ! うるさいよ!」
「なあなあ! セイル!! いつヤらしてくれんだよお、お前のオ、ン、ナ!!」
作業に飽きたナフラが、今日もしつこく聞いてくる。
「あのな、君、自分で相手を探しなよ! 人間に化けてさ」
「やだね! お前のが欲しいんだもん!」
けたけた笑ってるナフラにかっと頭に血が上る。
絶対に絶対に駄目だ。
「僕のものに、もし、手を出したら最高位の天使の結界に君をぶつけてでもすり潰すからね。僕も無事では済まないだろうけど」
「わー! なんだよ! ケチー! 鬼畜! 悪魔!」
僕が無視を決め込み、ナフラが癇癪を起こして暴れまわる。工房が壊されかねない段になって、様子を見にやってきたシェズさんがナフラの首根っこを捕まえた。
「工房が……!!」
ナフラの頭を、がんと力任せに床に叩きつける。
「壊れるだろうが!」
シェズさんが、叩きつけたことによって床の石の板が割れて陥没した。それに留まらず、ビシビシと音を立て、全面に大きな亀裂が入った。
壊しているのは誰だよ、と思わなくはないが、いい気味だ。いいぞ、もっとがつんとやってくれ。
しかし、さすがの石頭のナフラは飛び起きると、仕返しの頭突きをシェズさんの腹に食らわせ、シェズさんの胃液が宙を舞った。
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