平凡サラリーマンは魔道具店店長に恋をする

鯛田オロロ

文字の大きさ
9 / 19
本編

9

しおりを挟む
9

ナオさんは、うーんと少し悩んだあと、飛んでみたい、と言った。好奇心には抗えなかったらしい。

桜の道の終端から、ナオさんを抱えて上空に飛び上がり、ぐんぐん高度を上げていく。

「こわいこわいこわいこわい!!!」

今や地上がジオラマのように眼下に広がると、ナオさんが叫んだ。怖いといいながら、声はどこか嬉々としている。

ビル群の向こうに海が見える。所々に、桜の塊が見える。大都市でも案外桜が植わっているものだ。

ナオさんを抱きかかえて、風を切って鳥のように空を飛ぶ。

「けど、高すぎて逆によくわかんないかも……!」

「じゃ、高度下げますか!」

ぐんと高度を下げると、ナオさんが絶叫した。

「うわあ!!! 待って待って待って、こわいこわいこわい!!」

「あはははは!」

ナオさんは好奇心は強いが怖がりだ。

高度を落とし、今度は飛行速度を落としてゆったりと飛ぶ。今度は、町並みも歩く人もよく見えた。

「これ、落ちたら死にますよね?」

「大丈夫ですよ、落としたりしませんよ」

「わかってますよ、信じてますから」

「僕、悪魔ですよ? 信じてしまって大丈夫ですか?」

思わず苦笑する。ナオさんはとんでもなく騙されれやすいのではないかと心配になってくる。

「悪魔じゃなくてセイルさんのことを、俺が勝手に信じたくて信じてるだけですから。だから、どうなろうと俺の責任です」

「……もし、僕が落としたらどうします?」

「そうですね……俺、今、人生で一番楽しいから、今死んでもいいな」

僕のなんでそんなことを聞いてしまったのかという問いに、ナオさんは風に消えてしまいそうな小さな声でそう言った。

それを聞いて僕の喉は閉じたように苦しくなって、僕の頭は真っ白になった。 

数瞬の沈黙の後、ようやく、言葉が出る。

「……何、言ってるんですか! ナオさん! ほら行きますよ!」

「う、うわあ、はやいはやい! こわい!」

腕の中のナオさんを抱く力を少し強めた。

ナオさんが死んでもいいなと言ったとき、少し怖くなった。

三千年も無為に生きてきた。

今、ナオさんと一緒に落ちて死にたい、と一瞬思ってしまったのだ。

いや駄目だ。ナオさんは死んではいけない。それに、一緒に落ちたところで、僕は不死身で悪魔で、ナオさんだけが死んでしまうだけだ。

晴れ渡る空はどこまでも続いていて、風は心地よい。今は、二人の時間を楽しめばいい。



昨日、ナオさんと空を飛んでからなんとなく落ち着かない。

無断欠勤の悪魔が出たため、ドロドロのショッキングピンクの鍋を僕がかき混ぜる。上の空だからかき混ぜるときに勢いあまって高温のどろどろが飛び散る。

それで肌を焼く熱さに引き戻されるが、しばらくするとまた上の空に戻る。それの繰り返し。

ナオさんは僕より先に死んでしまう。どうしたって死んでしまう。

考えるだけで胸が苦しい。ナオさんといるほど楽しい時間をあと四十年ほどで失うのかもしれない。それにナオさんは人間で、弱くて脆い。あっけなく死んでしまうかもしれない。

その時に、僕も一緒に死ねたらいいのに。

また、ナオさんのいないもとの生活に戻ったら、前よりずっとつまらなく思うだろうから。

ナオさんは、僕の何千年かぶりにできた友人なのだ。友人、そう、セックスもする友人。

物思いにふけっているところ、ナフラが僕の耳元で鉄の鍋をすりこぎでガンガンと打ち鳴らした。

「な、なんだよ! うるさいよ!」

「なあなあ! セイル!! いつヤらしてくれんだよお、お前のオ、ン、ナ!!」

作業に飽きたナフラが、今日もしつこく聞いてくる。

「あのな、君、自分で相手を探しなよ! 人間に化けてさ」

「やだね! お前のが欲しいんだもん!」

けたけた笑ってるナフラにかっと頭に血が上る。

絶対に絶対に駄目だ。

「僕のものに、もし、手を出したら最高位の天使の結界に君をぶつけてでもすり潰すからね。僕も無事では済まないだろうけど」

「わー! なんだよ! ケチー! 鬼畜! 悪魔!」

僕が無視を決め込み、ナフラが癇癪を起こして暴れまわる。工房が壊されかねない段になって、様子を見にやってきたシェズさんがナフラの首根っこを捕まえた。

「工房が……!!」

ナフラの頭を、がんと力任せに床に叩きつける。

「壊れるだろうが!」

シェズさんが、叩きつけたことによって床の石の板が割れて陥没した。それに留まらず、ビシビシと音を立て、全面に大きな亀裂が入った。

壊しているのは誰だよ、と思わなくはないが、いい気味だ。いいぞ、もっとがつんとやってくれ。

しかし、さすがの石頭のナフラは飛び起きると、仕返しの頭突きをシェズさんの腹に食らわせ、シェズさんの胃液が宙を舞った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

鬼ごっこ

ハタセ
BL
年下からのイジメにより精神が摩耗していく年上平凡受けと そんな平凡を歪んだ愛情で追いかける年下攻めのお話です。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? 騎士×妖精

優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」 卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。 一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。 選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。 本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。 愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。 ※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。 ※本作は織理受けのハーレム形式です。 ※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください

処理中です...