美形×平凡 短編BL小説集2

鯛田オロロ

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おとうと(オメガバース・現代)※

おとうと※

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六つ年の離れた弟の健留は、本当にかわいかった。

俺とは似ても似つかない、天使のような素直でかわいい弟。

ハイハイができるようになると、俺の後をついて来るようになった。

離乳食を食べさせてやると、口の周りをべちゃべちゃにしながら目を輝かせてもっともっとと催促した。

一緒に遊んで、勉強を教えて、一緒に寝た。

本当に、可愛かった。



俺が二三歳、弟が十七歳のころ。

直帰のため早く家に帰れたのだが、玄関には乱雑に脱ぎ捨てられた弟のスニーカーと、女子高生のローファーが少し乱れて並んでいた。

家の中に入っていくと、弟と彼女がセックスしてる音がした。彼女の声を抑えている嬌声の合間に、弟の行為中の声が聞こえた。

「すげえいい……かわいい、もっと声聞かせて? だめ? 誰もいないって」

ドアを開け放して行為に及んでいるのか、よく聞こえた。

「うっ……もう、イきそ……」

俺は、たまらず家から飛び出した。変な汗を掻いて、息が上がっている。

腹の奥がなんだか熱い気がしたが、俺はそれを無視した。走るのなんて得意じゃないのに、走りに走った。

いつまでも、弟の声が頭の中でこだましていた。



弟は、反抗期だった。

特に俺に辛く当たった。挨拶は無視。俺が帰ると夕飯を切り上げてこれみよがしにドアを強く締めて自室にこもる。俺が何か言えば、睨みつけてくるか、くせえとか、うぜーとか失せろとか、すごんでくる。

俺も、なにか仕返しをしたい気持ちがあったのだろう。その日、事後に彼女を送って家に帰ってきた弟にぼそりと忠告をしてやった。

「避妊はしなよ」

瞬間、凄まじい怒りの形相の弟が、俺を思いっきり突き飛ばした。

俺はタンスの角で頭を切って、母さんに救急車を呼んでもらった。頭を十針縫った。

出血がド派手で、くらくらして死ぬかと思った。

医者には、ただの兄弟喧嘩だから通報しないで大丈夫、とは言ったものの、弟とはもう暮らせないのだと悟った。

怒りと、苦しみ。それと、悲しみ。

俺は、弟が大好きだった。

目の中に入れても痛くないほど。かわいがってきたつもりだった。それなのに、こんな仕打ちを受けるとは。

父さんも母さんも、俺以上に怒ってくれるが、効果は皆無だった。

弟が俺を邪険に扱い出したことに、きっかけもなかったように思う。なにか決定的に言い争ったでもない。俺が悪いならそう言えばいいのに。

成長期のホルモンバランスの急変化のせいだとか、そんなことではもう片付けられない。俺は打ちどころが悪ければ、死んでいた。

俺は、都内の職場のそばのアパートに引っ越し、一人暮らしを始めた。



それから、俺は弟のいないときを見計らって実家に帰省するようにしていた。両親は俺と弟とを無理矢理仲直りさせるようなことはなかった。

二十九になり、俺は結婚を考えていた。職場の同僚からの紹介で出会った女性で、俺にはもったいないほど可愛くておっとりした女性だった。ふわふわひらひらした服がよく似合う。

彼女を実家に連れて行くと、そこに弟がいた。俺が彼女に悟られないようにわずかに眉をひそめて両親に視線を送ると、両親は済まなそうな顔をして、でも少し期待しているようでもあった。

二三になった弟は、就職して社会人になり、完璧な容姿に大人の立ち居振る舞いを身に着け、魅力的な男性へと変貌を遂げていた。

もはや反抗期を脱していて、俺にも彼女にも友好的に振る舞った。二人きりになった廊下で、弟は当時のことを俺に詫びてくれた。

「兄さん、本当にごめんなさい。俺、ずっと怖くて、謝れなくて……」

俺は、弟を許した。嬉しかったのだ、かわいい弟が戻ってきたことが。不安ではあったが、時間はかかってもまた仲の良い兄弟に、いつかは戻れるかもしれないと心が躍った。

両親と、弟と、俺と彼女は、会話も弾んで和やかで楽しいひとときを過ごした。



俺と彼女は、韓国か台湾か東南アジアに旅行する計画を立てていた。

パスポート取得のため、戸籍謄本を初めて取得した。

そこではじめて、俺が特別養子縁組によって両親の子になったこと、弟とは血がつながっていないことを知った。

俺一人、親族の誰にも似ていない理由がわかった。

俺と弟が似ても似つかない理由も。



それから三ヶ月ほどして、俺は彼女に振られた。

人生の計画がくずれ去った。どん底の俺のもとに、弟は満ち足りた顔をして現れた。

弟は言った。兄さんの彼女と寝たよ、と。

「あんな女、やめときな。すぐ股開いてきたし、兄さんのこと、インポだって笑ってたよ」

何を言っているんだ?

弟と彼女が寝た、なんていうのは信じがたかった。信じたくなかった。

近々義姉になるのだから、と二人は俺の目の前で堂々と連絡先を交換していた。

俺たちは、価値観が合うし、一緒にいて気が楽だとお互い感じていると思っていたのに。

たしかに、俺はかっこよくもないし、オメガだし、彼女とは既にセックスレス気味ではあった。

それでも、だ。

この男は、昔聞いてしまったみたいに、かわいいよと言いながら彼女を抱いたのか。

俺の体は震えだした。

「避妊はしたよ?」

弟が、笑う。

いや、弟じゃない。血の繋がりも、心のつながりも存在しない。

人でなし。こんなやつ、人間じゃない。

「……良かったよ、お前と赤の他人でさ」

俺のつぶやきに、弟の笑みが崩れた。頭がおかしいのかと言うように、眉をひそめて俺を見た。

「知らなかった? 俺とお前はさ、血のつながりなんてないんだよ」

「は? 何、言って……」

「こんなに嬉しいことはないよな、最高の気分だよ、こんなクソ野郎と兄弟じゃなくて」

そうか、こいつも知らなかったのか。

俺は笑い出した。おかしくて仕方がなかった。

「ほら、出てけよ、クソ野郎!! 二度とそのつら見せんな!」

追い出そうと、突き飛ばそうとした手をつかまれた。すごい力でぎりぎりと手首を締め上げられた。

「い゛っ……!!」

痛みに細めた目が、元弟の顔を捉えた。

何を考えているのかまったくわからない。

わずかに口角があがり、微笑んでいるようでもあった。

その光のない瞳に、俺はぞっとして、震えが走った。

「ねえ、ほんと? 俺たちが兄弟じゃないって」

怖い。じっとりと冷や汗がにじむ。俺は無理矢理、己を奮い立たせた。

「い、ってえな! はなせよっ!」

「本当なの?」

「そう言ってんだろ……!」

いっこうに振りほどけない手首への締めつけが一層強まる。

「……早く教えてよ……俺さ、死ぬほど悩んでたんだよ?」

弟でなくなった男が言う。

「もう、離さないよ。兄さん」



床にうつ伏せに組み敷かれて、犯された。

下着ごと部屋着のスウェットをずり下ろされて、つばをつけた指が尻の穴を穿ち、何度か抜き差しされた。

「濡れてきたね、兄さん」

「うっ……! ふっざけんな、冗談よせ!」

たしかに、認めがたいことにわぬちぬちと濡れた音がしていた。

怒張したペニスをねじ込まれた。

あまりの痛みに、声も出なかった。



散々痛めつけられ、一度は中に出された。抵抗する気力も体力もねじ伏せられ奪われた。抱えられて、ベッドに寝かされた。

さきほどの蹂躙が嘘だったかのように、今度は丁寧な愛撫に泣かされた。

「俺ね、ずっと兄さんとこうしたかったんだ。でも、俺たち兄弟だから、駄目でしょ?」

精液と腸液がまざってどろどろの穴を健留の指がかき混ぜる。

「ひうっ! 抜けって! あ゛っ、ああっ! やだっ、やだって……!! ん゛あ゛ああ~ッッ!!」

「近親相姦ってやつ。親も泣くじゃん?」

「たけ、る! やめ、そこ、おかしくなるっ……!! はぐううっっ!!」

健留の指が、優しく前立腺の表面をしつこくしつこくなで回す。

「父さんも母さんも、言ってくれれば良かったのに。人が悪いよな」

空いた手がきゅっと乳首を摘んだ。それから、乳輪をやわやわと揉みほぐし、先端をくりくりといじくった。

「や、やだ、やだっ! あうっ! ふっ、あ、やっ……ん゛っ!」

「俺さ、実の兄に欲情するなんてありえないって、おかしいって、すげえ苦しかったのにさ、違ったんだね」

健留が俺の足を開かせ、再びペニスをねじ込もうとしてくる。

「もう、やだ、やめて、いやだ、やだって!」

圧力を掛けられて、ぐぷと侵入が果たされた。

弟だと長年思っていた男に、犯されている。

熱い杭が奥へ奥へと進んでいく。

苦しい。苦しいのに、別の感覚がすでに目覚めつつある。

俺はレイプされて、感じている。

「ぬけっ、て! ぬけよ、抜いて、抜いてって、あっ、はうっ……!」

「兄さんとこうしたいのをさ、俺は兄さんのことなんて嫌いなんだって、俺を誘惑する兄さんが悪いって、そうやって言い聞かせてさ」

亀頭が先程指で撫で回した前立腺をとんとんと延々と小突く。

「すげえ遠回りしちゃったね、俺たち」

「ひっ! い゛っ……! あっ、あ゛っ、あ゛あ゛~~ッッ!」

射精した気がしたのに、射精していなかった。どくどくと直腸が締まる。

おかしい。こんなの。壊される。

「結婚しよう、兄さん。せっかく他人なんだから」

俺は首を横に振る。結婚も、この認めがたい快楽も否定するように。

女性しか知らない体に、男の味を覚え込まされる。まったく比べ物にならない激烈な快楽を。

「俺の子、たくさん産んでよ」

そう言って、かつて弟だった男はその口で、俺の口を塞いだ。



おわり



初出:2024/05/31
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