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第1章 アークドラゴン編 前編
第1話 この世界の歴史
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僕は平凡な高校生活を送っているだけだと思っていた。高校2年になって、もう少しで17歳の秋初頭。
自分を知らなすぎる分、苦労することが多かった。みんなが普通の食事をしているのに、お金がない僕は学食でさえ高級品。
無料のスープ。バイト先の賄い。加えて、魔力水。たったそれだけで生活をしていた。
僕はこんな生活に不自由など感じていない。それくらい馴染んでいる。僕は他の人とは違うのかもしれない。根本的な何かが……。
バイトをしたって、学費と寮費に消えていく。寮食なんて頼んだことがない。そんなお金を使わない暮らしが当たり前だった。
僕はこのままでいいと思っていた。普通に陰に隠れて生活していた方が、僕に合っていると思ったから。
でも、それはもう過去の話。
「優人くん。朝だよ」
「――。おはようございます……。今日も朝練ですか?」
今の僕はただの一般人じゃない。それが、周囲との大きな、本物の違いだった。
期待されて来なかった僕は、人生一番期待されている。
いずれやってくる第二次魔生物暴走事件という名の大厄災。それに備えて実力を向上させようともがいている。
こんな暮らしは一通のメールから始まった。
〝見世瀬優人様〟
〝日本魔生物討伐協会・第一部隊副隊長の推薦により、討伐部隊への加入が許可されました。詳細は後日担当者が参りますので、ご理解・対応のほどよろしくお願いします〟
――――――――――――――――
バイト疲れの眠気に耐えながら、僕は午前中の授業を受けている。今日の教科は日本史だった。
だけど、きっとみんなが知っているような日本史ではないと思う。この世界は魔法社会だ。全てが魔法で成り立っている。
こんな世界になったきっかけは100年前に異界から降り立った三人の魔法使い。彼らは古龍と契約していて、世間では三龍傑と呼ばれている。
片翼。冷酷。黒白。その肩書きだけが独り歩きしている現代で、僕が通っている高校が成り立っていた。
「見世瀬優人さん。授業に集中してください」
クラスの担任に声をかけられ我に返る。隣では幼馴染の春日井梨央がクスクスと笑っていた。
バイト明けの日中は非常に眠い。だけど、働かないとこの高校にも通えない。孤児院卒業後、僕は週3で夜勤を入れていた。
「優人。目に隈ができてるよ?」
梨央が心配の声をかける。僕は窓を見て自分の顔を確認した。たしかに目がトロンとしていて、眠そうだ。無理しているかもしれない。
「き、気のせいだよ……。多分」
「誤魔化さないでよ」
「誤魔化してないって……」
授業も終盤に入り、16年前に起こった〝魔生物襲撃事件〟の話題になる。僕たちはこの事件が起きた年に生まれた。
三龍傑とは別の世界から数多の魔生物が召喚され、日本中を襲撃した事件。しかし、実際のところ詳しい情報がないらしい。
検証もしているようだが、難航していると食堂のテレビで連日報道。スマホを持っていない僕の耳にもしっかり届いている。
総人口450万人弱。その多くが襲撃事件で被災した人たちだった。主に各地区の中心部が復興を支援しているが人手が足りてないらしい。
「では、続いて第一次魔生物暴走事件の方へ移ります」
担任の進行にクラスのメンバーは青ざめた。魔生物暴走事件。
それは襲撃事件後、野生生物に魔生物の瘴気を感染させたことで発生した事件だった。この世界には三大奇竜という危険区域がある。
魔生物の瘴気が充満していて、一般人が立ち入れない場所。魔生物はそこで生まれ繁殖し、街中に襲いかかってくる。
襲撃事件と暴走事件の違いは、外部からの干渉か、内部での爆発か。前者は襲撃事件。後者は暴走事件として浸透している。
そしてこの学校にいる生徒は、事件の被害者だ。僕も梨央もその中に含まれている。加えてここの生徒は全員学生寮に入っている。
担任の授業終了の合図と同時にチャイムが鳴る。やっと昼休みか。だけど、そこまでお腹は空いていない。
教室のざわめきの中、僕は教科書を片づける。昼休みなった今、我先にと学食へ向かう人や、寮の調理室で作った弁当を広げる人。
人間観察をしていると、突然背中を叩かれ、背筋が伸びる。『学食に行かない?』という梨央の提案に乗り、退室する。
「また魔力水だけで済ませようとしてない?」
「う、うん……。お金ないし……」
「仕方ないよ、元はと言えば、優人のお金の使い方が悪いんじゃない?」
そこまでお金を乱雑にはしてないんだけど……。そう言っても信じて貰えないだろう。
梨央は薄ピンクのロングヘアを揺らしながら、歩幅を合わせてくれている。それだけで目立ってしまい、ほかの生徒が視線を送っていた。
「梨央は何を食べるの?」
「うーん。醤油ラーメンとか? この学校有名な店舗と提携しているから、目移りしちゃうんだよね」
「そ、そうなんだ……。僕はそういうの興味ないかな? 用意されている物を食べるだけで十分だし……」
「食べた方が絶対いいよ! また痩せてるみたいだし!」
梨央は立ち止まると僕の方を向いた。全身を確認するように、視線を上下に動かしている。僕には痩せた自覚がないんだけど……。
その時、一瞬空気が凍りついた気がした。梨央の後ろを誰かが通りすぎる。長身で水色の髪。前髪にチラリを顔出す白メッシュ。
どこかで見覚えのあるシルエットに僕は固まる。そんな僕を梨央が不思議そうな目で見詰めた。
「優人。どうかした?」
「う、ううん。大丈夫。学食行こうか……」
「うん」
梨央の後ろを通った人物が気になったが、僕たちは学食に向かって昼食を終わらせる。
学食から出ると、廊下は静まり返っていて、隣を歩く梨央は薄い端末を操作していた。
「そういえば、午後の授業が変更になったみたいだよ?」
「梨央。それほんと?」
「うん。さっきスマホの学校メールに通知がきて――」
梨央はピンクの背面を持つスマホを操作して、学校の授業ページを開く。僕は紙の予定表を使っているので、こういうのに気づくのは遅い方だった。
「〝午後の授業は体育館で行います。全校生徒参加の集会を開催しますので、時間通り集合してください〟だって」
それなら廊下に生徒がいないことと辻褄が合う。
「なら急がないと!」
僕たちは廊下を走らない程度の速度で歩き出す。体育館へ繋がる廊下を進むと、三方向からの合流地点が混みあっていた。
残念ながら僕の身長は梨央よりも低いので、先頭の様子はわからない。だけど、みんな急いでいるのは明らかだった。
なんとか滑り込みで到着。疎らに並んでいた列は人が揃うと同時に後ろへ後ろへと整っていく。
担任の先生も、人数確認で忙しそうだった。対して僕は謎の緊張感を持っている。この後何が起こるか気になっていたからだ。
「そういえば、優人。さっき廊下で何か見てたけど……」
「き、気のせいだって……」
「絶対何か隠してるでしょ!」
なにも隠してないです。そう言ってもわかってくれない。梨央は人を見抜く力がずば抜けて高いから。
少しして全校生徒が揃うと、校長が壇上に上がった。少し太り気味なんじゃないかというくらい大きな身体。
そんな校長の話は長ったらしくて、余計眠くなる。ようやく本題に入るようなので、僕は両頬を強く叩き脳を覚醒させる。
早く寮で寝たい。それが今の僕の本音だった。
「魔法大学1年の中谷怜音くん。彼は本校の卒業生で今日は大事な話があるそうだ」
「中谷怜音です。皆さん今日はよろしくお願いします」
怜音は深く一礼をして、校長と話し込む。怜音と僕は同じバイトをしていて仲もいい。そんな彼が、なぜ僕の学校に?
答えはすぐに判明する。
「今日みんなに集まってもらった理由は、この世界の危機を救う人材育成のため――」
ここで僕は悟った。二度目の暴走事件が、近い未来やってくることを……。
自分を知らなすぎる分、苦労することが多かった。みんなが普通の食事をしているのに、お金がない僕は学食でさえ高級品。
無料のスープ。バイト先の賄い。加えて、魔力水。たったそれだけで生活をしていた。
僕はこんな生活に不自由など感じていない。それくらい馴染んでいる。僕は他の人とは違うのかもしれない。根本的な何かが……。
バイトをしたって、学費と寮費に消えていく。寮食なんて頼んだことがない。そんなお金を使わない暮らしが当たり前だった。
僕はこのままでいいと思っていた。普通に陰に隠れて生活していた方が、僕に合っていると思ったから。
でも、それはもう過去の話。
「優人くん。朝だよ」
「――。おはようございます……。今日も朝練ですか?」
今の僕はただの一般人じゃない。それが、周囲との大きな、本物の違いだった。
期待されて来なかった僕は、人生一番期待されている。
いずれやってくる第二次魔生物暴走事件という名の大厄災。それに備えて実力を向上させようともがいている。
こんな暮らしは一通のメールから始まった。
〝見世瀬優人様〟
〝日本魔生物討伐協会・第一部隊副隊長の推薦により、討伐部隊への加入が許可されました。詳細は後日担当者が参りますので、ご理解・対応のほどよろしくお願いします〟
――――――――――――――――
バイト疲れの眠気に耐えながら、僕は午前中の授業を受けている。今日の教科は日本史だった。
だけど、きっとみんなが知っているような日本史ではないと思う。この世界は魔法社会だ。全てが魔法で成り立っている。
こんな世界になったきっかけは100年前に異界から降り立った三人の魔法使い。彼らは古龍と契約していて、世間では三龍傑と呼ばれている。
片翼。冷酷。黒白。その肩書きだけが独り歩きしている現代で、僕が通っている高校が成り立っていた。
「見世瀬優人さん。授業に集中してください」
クラスの担任に声をかけられ我に返る。隣では幼馴染の春日井梨央がクスクスと笑っていた。
バイト明けの日中は非常に眠い。だけど、働かないとこの高校にも通えない。孤児院卒業後、僕は週3で夜勤を入れていた。
「優人。目に隈ができてるよ?」
梨央が心配の声をかける。僕は窓を見て自分の顔を確認した。たしかに目がトロンとしていて、眠そうだ。無理しているかもしれない。
「き、気のせいだよ……。多分」
「誤魔化さないでよ」
「誤魔化してないって……」
授業も終盤に入り、16年前に起こった〝魔生物襲撃事件〟の話題になる。僕たちはこの事件が起きた年に生まれた。
三龍傑とは別の世界から数多の魔生物が召喚され、日本中を襲撃した事件。しかし、実際のところ詳しい情報がないらしい。
検証もしているようだが、難航していると食堂のテレビで連日報道。スマホを持っていない僕の耳にもしっかり届いている。
総人口450万人弱。その多くが襲撃事件で被災した人たちだった。主に各地区の中心部が復興を支援しているが人手が足りてないらしい。
「では、続いて第一次魔生物暴走事件の方へ移ります」
担任の進行にクラスのメンバーは青ざめた。魔生物暴走事件。
それは襲撃事件後、野生生物に魔生物の瘴気を感染させたことで発生した事件だった。この世界には三大奇竜という危険区域がある。
魔生物の瘴気が充満していて、一般人が立ち入れない場所。魔生物はそこで生まれ繁殖し、街中に襲いかかってくる。
襲撃事件と暴走事件の違いは、外部からの干渉か、内部での爆発か。前者は襲撃事件。後者は暴走事件として浸透している。
そしてこの学校にいる生徒は、事件の被害者だ。僕も梨央もその中に含まれている。加えてここの生徒は全員学生寮に入っている。
担任の授業終了の合図と同時にチャイムが鳴る。やっと昼休みか。だけど、そこまでお腹は空いていない。
教室のざわめきの中、僕は教科書を片づける。昼休みなった今、我先にと学食へ向かう人や、寮の調理室で作った弁当を広げる人。
人間観察をしていると、突然背中を叩かれ、背筋が伸びる。『学食に行かない?』という梨央の提案に乗り、退室する。
「また魔力水だけで済ませようとしてない?」
「う、うん……。お金ないし……」
「仕方ないよ、元はと言えば、優人のお金の使い方が悪いんじゃない?」
そこまでお金を乱雑にはしてないんだけど……。そう言っても信じて貰えないだろう。
梨央は薄ピンクのロングヘアを揺らしながら、歩幅を合わせてくれている。それだけで目立ってしまい、ほかの生徒が視線を送っていた。
「梨央は何を食べるの?」
「うーん。醤油ラーメンとか? この学校有名な店舗と提携しているから、目移りしちゃうんだよね」
「そ、そうなんだ……。僕はそういうの興味ないかな? 用意されている物を食べるだけで十分だし……」
「食べた方が絶対いいよ! また痩せてるみたいだし!」
梨央は立ち止まると僕の方を向いた。全身を確認するように、視線を上下に動かしている。僕には痩せた自覚がないんだけど……。
その時、一瞬空気が凍りついた気がした。梨央の後ろを誰かが通りすぎる。長身で水色の髪。前髪にチラリを顔出す白メッシュ。
どこかで見覚えのあるシルエットに僕は固まる。そんな僕を梨央が不思議そうな目で見詰めた。
「優人。どうかした?」
「う、ううん。大丈夫。学食行こうか……」
「うん」
梨央の後ろを通った人物が気になったが、僕たちは学食に向かって昼食を終わらせる。
学食から出ると、廊下は静まり返っていて、隣を歩く梨央は薄い端末を操作していた。
「そういえば、午後の授業が変更になったみたいだよ?」
「梨央。それほんと?」
「うん。さっきスマホの学校メールに通知がきて――」
梨央はピンクの背面を持つスマホを操作して、学校の授業ページを開く。僕は紙の予定表を使っているので、こういうのに気づくのは遅い方だった。
「〝午後の授業は体育館で行います。全校生徒参加の集会を開催しますので、時間通り集合してください〟だって」
それなら廊下に生徒がいないことと辻褄が合う。
「なら急がないと!」
僕たちは廊下を走らない程度の速度で歩き出す。体育館へ繋がる廊下を進むと、三方向からの合流地点が混みあっていた。
残念ながら僕の身長は梨央よりも低いので、先頭の様子はわからない。だけど、みんな急いでいるのは明らかだった。
なんとか滑り込みで到着。疎らに並んでいた列は人が揃うと同時に後ろへ後ろへと整っていく。
担任の先生も、人数確認で忙しそうだった。対して僕は謎の緊張感を持っている。この後何が起こるか気になっていたからだ。
「そういえば、優人。さっき廊下で何か見てたけど……」
「き、気のせいだって……」
「絶対何か隠してるでしょ!」
なにも隠してないです。そう言ってもわかってくれない。梨央は人を見抜く力がずば抜けて高いから。
少しして全校生徒が揃うと、校長が壇上に上がった。少し太り気味なんじゃないかというくらい大きな身体。
そんな校長の話は長ったらしくて、余計眠くなる。ようやく本題に入るようなので、僕は両頬を強く叩き脳を覚醒させる。
早く寮で寝たい。それが今の僕の本音だった。
「魔法大学1年の中谷怜音くん。彼は本校の卒業生で今日は大事な話があるそうだ」
「中谷怜音です。皆さん今日はよろしくお願いします」
怜音は深く一礼をして、校長と話し込む。怜音と僕は同じバイトをしていて仲もいい。そんな彼が、なぜ僕の学校に?
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