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第1章 アークドラゴン編 前編
第3話 ビビりな後輩
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学校の玄関で飛鷹と合流して帰路につく。彼とは同じ学生寮で生活していて、今はそこを目指して歩いていた。
住宅街を挟んだ先にあるため少し歩く。道の両側には疎らな一般住宅。家族のいない僕たちの世代には、夢の建物だった。
隣を歩く飛鷹は手を握ったり開いたり。纏う電流は心の揺れを感じさせるくらい不安定に感じる。
人間不信の彼だけど、僕には何故か心を開いてくれる。そんな彼が隣にいると、周囲からの視線が痛い。
飛鷹は手のひらに電流を纏わせて、握ったり開いたり。薄曇りの顔はまだ現実を把握しきれていないように見えた。
「飛鷹君。どうしたの?」
「そ、それが……。ぼくが……最上位クラス……」
「あはは……。それ僕も同感。僕の場合なんてもっとすごいよ。昔孤児院で測った時、計測器壊しちゃったみたいで。僕もよく知らないんだけどね」
「計測器を……壊し……た?」
飛鷹は、ちょっと引き気味の顔で立ち止まった。そこへ冷たい風が通過する。靡く彼の髪は、とてもサラサラしていた。
自分の過去を語るのは簡単だけど、それを本当のことか嘘なのかを判断するのは相手。僕はこれを梨央に話したことがある。
だけど、信じて貰えなかった。『計測器を壊すなんてありえない』それが彼女の答え。同じ孤児院にいたんだから、知ってるはずなのに悲しかった。
「優人君……。君……すごいね」
「え?」
「ぼく……じゃ……。そこまで、できないよ。ぼくって実力を隠しがちっていうか……。人を好きになれないっていうか……。優人君。友達多そうだし」
「そうかな? と言っても、僕の友達は梨央と怜音先生くらいだけど……」
「れ、怜音先生……友達……」
一瞬飛鷹の手が青白く光る。僕の友人リストに驚いて、魔力操作を誤ってしまったらしい。年下というのも相まって、とても可愛い。
「そんなに驚かなくていいよ……。怜音はバイト先の後輩なんだ……」
「す、すごいね……。怜音……先生……は……。お空の上の存在……だよ?」
「お空の上の存在?」
「う、うん。日本魔生物討伐協会が運営指揮している部隊……。第一部隊の……隊員……」
〝日本魔生物討伐協会〟は、有名な特殊部隊で、そこに入れるのは選ばれた少数だけ……。
しかし、怜音がそこに所属していることは初めて知った。飛鷹はスマホを取り出して、討伐協会の所属メンバー一覧を出す。
「ほら……。ここに……怜音先生」
「ほんとだ……。思ったんだけど……。最上位クラスって、ここと関係あるのかな? 僕なんてきっと部外者だと思うのに……」
「部外……者……。それは、ぼくも……。上手くコミュニケーションできるかな?」
「大丈夫だって。最上位クラスの担当は怜音って言うし。きっと優しくフォローしてくれると思うよ」
「だと……いいんだけど……」
彼の顔がより一層暗くなる。僕だってこんな話はしたくない。みんなとは何かが違う僕が本当に最上位クラスで合ってるのかすらわからない。
それでも、飛鷹は前を向こうとする。夕日を見詰める瞳は、とても輝いていた。不安はない。そう捉えているように。
「実は……今年の春に。おじいちゃんが死んじゃったんだ……」
「飛鷹君のおじいちゃんが?」
「うん……。ぼくにとって、一番の話し相手だった。亡くなる1週間前から意識がない状態で、なんとか心臓が動いていたって感じ」
「もしかして……。それと、飛鷹君がコミュ障っていうの、関係ある?」
その問いに飛鷹は頷いた。彼の祖父が亡くなったのは、飛鷹が高校に入学する1週間前。
祖父にしか心を開けなかった彼は、どう学校の友達を作ればいいのかを聞き忘れたらしい。
「だから、境遇が近い僕を選んだんだね」
「うん。優人君は、他の人と違って話しやすいから」
そう言うと、飛鷹は僕の目の前に立ち、夕日の前で優しく微笑んだ。どうやら緊張と失望から逃れることができたようだ。
しばらくして寮に着くと、寮生証をスタッフに見せて中へと入る。この寮舎は一昨年完成したばかりの新築だった。
「そういえば、優人君ってこの寮2年目だよね? ぼくは春から入っているけど、朝ごはんの時と夕ご飯の時。休日のお昼の時も部屋から出ないから……」
「それは……」
「食事……ちゃんと……食べてる?」
飛鷹の問いに僕は首を横に振った。『寮食を頼んでいない』そう答えると彼の瞳はより真剣になる。
しかし、数秒見詰めただけで引き下がった点から見て、どうやら僕の金銭問題を理解したようだった。
「そうなんだ……。君のこと、よく学校で噂になってて……」
ここで、飛鷹は話すのをやめた。寮の下駄箱に着くと、靴を履き替える。しかし、僕にはスリッパもない。寮と学校にいるだけで精一杯の状態だった。
「なんかごめんね……。ぼくと優人君で話してると、どうしても暗い話になる……」
「そんな……。それは……あるかも……。飛鷹君。何か明るい話とか……ある?」
「あ、明るい話……。え、えーと……。そうだね……。ぼくには従姉妹がいるんだけど……。今度その従姉妹に子供ができる……。ことかな?」
「それって、男の子? 女の子?」
「えーと、女の子。名前は決まっていて、確かサヤカだったはず……。漢字は教わってないからわからないけど……」
「となると。その子供が生まれれば……。飛鷹君は……」
「おじさんになるね。まだ15歳だけど……」
「15歳のおじさんかー。めでたいのかめでたくないのか微妙かもしれないね……。とりあえず、早く会えるといいね」
「う、うん……! 頑張る!」
きっと彼もスマホでやり取りして情報を入手している。僕は持ってないけど、いつかは持ってみたい。そんな気持ちになっていた。
部屋に到着すると、僕は荷物を片付けた。ベッドは二段で、飛鷹が上。高所恐怖症の僕は下で寝ている。本当は僕が下を譲るべきなのだろうけど。
「優人君。ぼくの夕食前に、魔力水作って貰えますか……? 話つかれてしまって……」
「いいよー。ジョッキは……。あった」
部屋に備え付けられている戸棚から、大ジョッキを二つ出す。机に並べると、水多めのを先に作る。
飛鷹に渡すと、小声で『ありがとう』と御礼を言ってくれた。続いて僕の分を用意するため、魔力多めの魔力水を生成する。
「では、飛鷹君。乾杯!」
「乾杯!」
仲良く魔力水を飲むのは、毎日の恒例行事と言っていい。僕自身、この時の明るい飛鷹の顔が好きだった。
ふと窓を見ると、夕日の赤は夜の藍色に包まれている。僕より早く飲みきった飛鷹は、バッグからお菓子をいくつか取り出した。
「夕食食べないなら、これ食べていいから」
「ありがとう。頂くよ。帰ったら、夕食のメニューを教えて」
「わかった。じゃあ行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
飛鷹が部屋を出たあと、僕はバイトのシフト表を取り出し眺めた。今日の日付には丸が付いている。つまり、出勤日ということだ。
ルームメイトから貰ったお菓子は、どれも駄菓子だった。サラダ棒と未開封のハードグミ。僕は前者を二本開けて食べた。
味は、たしかにサラダだったけど、どこか油っぽくて味気ない。喉が渇いたので、二杯目の魔力水をそそぐ。
飲み干したタイミングで、僕の目覚まし時計が鳴った。部屋の両サイドに置かれたクローゼット。右が飛鷹で左が僕。
自分のタンスから、バイト先の制服を出して着替えると寮を出る。週3で入れているレストラン兼居酒屋の夜勤は、小銭稼ぎ程度。
バイト先に向かう道は昼間のように明るく、バイトは非常に大変で、不特定多数と会話することが多いけど、なんとなく楽しい。
薄暗い住宅街を抜けると、商店街へ入っていった。建物の光が目を刺激して、慣れるまで時間がかかる。
家電量販店。スーパー兼デパート。僕が入れないような店ばかり。そんな中で異質にこじんまりとした店は、僕がバイトをしてい場所だった。
「お! 優人くん!」
「怜音。こんばんは。今日もバイト時間が被ってしまいましたね……」
「そんな、ボクは君が一生懸命働く姿を見に来ただけだよ」
「って言っておいて、怜音の方がオーナーに褒められてばかりじゃないですか!」
冗談交じりに言ったのが悪かったのか、彼は瞳のハイライトを消して冷笑を浮かべた。心が傷つくのは気のせいだろうか。
そんな出勤直後の会話を切り裂いたのは、オーナーが店の引き戸を開ける音だった。今日のオーナーも元気そうだ。
今日ももうすぐ終わる。僕は、少しでも稼ごうと動き出した。
住宅街を挟んだ先にあるため少し歩く。道の両側には疎らな一般住宅。家族のいない僕たちの世代には、夢の建物だった。
隣を歩く飛鷹は手を握ったり開いたり。纏う電流は心の揺れを感じさせるくらい不安定に感じる。
人間不信の彼だけど、僕には何故か心を開いてくれる。そんな彼が隣にいると、周囲からの視線が痛い。
飛鷹は手のひらに電流を纏わせて、握ったり開いたり。薄曇りの顔はまだ現実を把握しきれていないように見えた。
「飛鷹君。どうしたの?」
「そ、それが……。ぼくが……最上位クラス……」
「あはは……。それ僕も同感。僕の場合なんてもっとすごいよ。昔孤児院で測った時、計測器壊しちゃったみたいで。僕もよく知らないんだけどね」
「計測器を……壊し……た?」
飛鷹は、ちょっと引き気味の顔で立ち止まった。そこへ冷たい風が通過する。靡く彼の髪は、とてもサラサラしていた。
自分の過去を語るのは簡単だけど、それを本当のことか嘘なのかを判断するのは相手。僕はこれを梨央に話したことがある。
だけど、信じて貰えなかった。『計測器を壊すなんてありえない』それが彼女の答え。同じ孤児院にいたんだから、知ってるはずなのに悲しかった。
「優人君……。君……すごいね」
「え?」
「ぼく……じゃ……。そこまで、できないよ。ぼくって実力を隠しがちっていうか……。人を好きになれないっていうか……。優人君。友達多そうだし」
「そうかな? と言っても、僕の友達は梨央と怜音先生くらいだけど……」
「れ、怜音先生……友達……」
一瞬飛鷹の手が青白く光る。僕の友人リストに驚いて、魔力操作を誤ってしまったらしい。年下というのも相まって、とても可愛い。
「そんなに驚かなくていいよ……。怜音はバイト先の後輩なんだ……」
「す、すごいね……。怜音……先生……は……。お空の上の存在……だよ?」
「お空の上の存在?」
「う、うん。日本魔生物討伐協会が運営指揮している部隊……。第一部隊の……隊員……」
〝日本魔生物討伐協会〟は、有名な特殊部隊で、そこに入れるのは選ばれた少数だけ……。
しかし、怜音がそこに所属していることは初めて知った。飛鷹はスマホを取り出して、討伐協会の所属メンバー一覧を出す。
「ほら……。ここに……怜音先生」
「ほんとだ……。思ったんだけど……。最上位クラスって、ここと関係あるのかな? 僕なんてきっと部外者だと思うのに……」
「部外……者……。それは、ぼくも……。上手くコミュニケーションできるかな?」
「大丈夫だって。最上位クラスの担当は怜音って言うし。きっと優しくフォローしてくれると思うよ」
「だと……いいんだけど……」
彼の顔がより一層暗くなる。僕だってこんな話はしたくない。みんなとは何かが違う僕が本当に最上位クラスで合ってるのかすらわからない。
それでも、飛鷹は前を向こうとする。夕日を見詰める瞳は、とても輝いていた。不安はない。そう捉えているように。
「実は……今年の春に。おじいちゃんが死んじゃったんだ……」
「飛鷹君のおじいちゃんが?」
「うん……。ぼくにとって、一番の話し相手だった。亡くなる1週間前から意識がない状態で、なんとか心臓が動いていたって感じ」
「もしかして……。それと、飛鷹君がコミュ障っていうの、関係ある?」
その問いに飛鷹は頷いた。彼の祖父が亡くなったのは、飛鷹が高校に入学する1週間前。
祖父にしか心を開けなかった彼は、どう学校の友達を作ればいいのかを聞き忘れたらしい。
「だから、境遇が近い僕を選んだんだね」
「うん。優人君は、他の人と違って話しやすいから」
そう言うと、飛鷹は僕の目の前に立ち、夕日の前で優しく微笑んだ。どうやら緊張と失望から逃れることができたようだ。
しばらくして寮に着くと、寮生証をスタッフに見せて中へと入る。この寮舎は一昨年完成したばかりの新築だった。
「そういえば、優人君ってこの寮2年目だよね? ぼくは春から入っているけど、朝ごはんの時と夕ご飯の時。休日のお昼の時も部屋から出ないから……」
「それは……」
「食事……ちゃんと……食べてる?」
飛鷹の問いに僕は首を横に振った。『寮食を頼んでいない』そう答えると彼の瞳はより真剣になる。
しかし、数秒見詰めただけで引き下がった点から見て、どうやら僕の金銭問題を理解したようだった。
「そうなんだ……。君のこと、よく学校で噂になってて……」
ここで、飛鷹は話すのをやめた。寮の下駄箱に着くと、靴を履き替える。しかし、僕にはスリッパもない。寮と学校にいるだけで精一杯の状態だった。
「なんかごめんね……。ぼくと優人君で話してると、どうしても暗い話になる……」
「そんな……。それは……あるかも……。飛鷹君。何か明るい話とか……ある?」
「あ、明るい話……。え、えーと……。そうだね……。ぼくには従姉妹がいるんだけど……。今度その従姉妹に子供ができる……。ことかな?」
「それって、男の子? 女の子?」
「えーと、女の子。名前は決まっていて、確かサヤカだったはず……。漢字は教わってないからわからないけど……」
「となると。その子供が生まれれば……。飛鷹君は……」
「おじさんになるね。まだ15歳だけど……」
「15歳のおじさんかー。めでたいのかめでたくないのか微妙かもしれないね……。とりあえず、早く会えるといいね」
「う、うん……! 頑張る!」
きっと彼もスマホでやり取りして情報を入手している。僕は持ってないけど、いつかは持ってみたい。そんな気持ちになっていた。
部屋に到着すると、僕は荷物を片付けた。ベッドは二段で、飛鷹が上。高所恐怖症の僕は下で寝ている。本当は僕が下を譲るべきなのだろうけど。
「優人君。ぼくの夕食前に、魔力水作って貰えますか……? 話つかれてしまって……」
「いいよー。ジョッキは……。あった」
部屋に備え付けられている戸棚から、大ジョッキを二つ出す。机に並べると、水多めのを先に作る。
飛鷹に渡すと、小声で『ありがとう』と御礼を言ってくれた。続いて僕の分を用意するため、魔力多めの魔力水を生成する。
「では、飛鷹君。乾杯!」
「乾杯!」
仲良く魔力水を飲むのは、毎日の恒例行事と言っていい。僕自身、この時の明るい飛鷹の顔が好きだった。
ふと窓を見ると、夕日の赤は夜の藍色に包まれている。僕より早く飲みきった飛鷹は、バッグからお菓子をいくつか取り出した。
「夕食食べないなら、これ食べていいから」
「ありがとう。頂くよ。帰ったら、夕食のメニューを教えて」
「わかった。じゃあ行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
飛鷹が部屋を出たあと、僕はバイトのシフト表を取り出し眺めた。今日の日付には丸が付いている。つまり、出勤日ということだ。
ルームメイトから貰ったお菓子は、どれも駄菓子だった。サラダ棒と未開封のハードグミ。僕は前者を二本開けて食べた。
味は、たしかにサラダだったけど、どこか油っぽくて味気ない。喉が渇いたので、二杯目の魔力水をそそぐ。
飲み干したタイミングで、僕の目覚まし時計が鳴った。部屋の両サイドに置かれたクローゼット。右が飛鷹で左が僕。
自分のタンスから、バイト先の制服を出して着替えると寮を出る。週3で入れているレストラン兼居酒屋の夜勤は、小銭稼ぎ程度。
バイト先に向かう道は昼間のように明るく、バイトは非常に大変で、不特定多数と会話することが多いけど、なんとなく楽しい。
薄暗い住宅街を抜けると、商店街へ入っていった。建物の光が目を刺激して、慣れるまで時間がかかる。
家電量販店。スーパー兼デパート。僕が入れないような店ばかり。そんな中で異質にこじんまりとした店は、僕がバイトをしてい場所だった。
「お! 優人くん!」
「怜音。こんばんは。今日もバイト時間が被ってしまいましたね……」
「そんな、ボクは君が一生懸命働く姿を見に来ただけだよ」
「って言っておいて、怜音の方がオーナーに褒められてばかりじゃないですか!」
冗談交じりに言ったのが悪かったのか、彼は瞳のハイライトを消して冷笑を浮かべた。心が傷つくのは気のせいだろうか。
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