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第1章 アークドラゴン編 前編
第5話 食事or指導
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図書室での一件が片付き、僕と神代は学食に来ていた。彼女と別れると、僕はコップと無料のスープを取りに向かう。
最上位クラスが一番乗りだったようで、人はいなかった。こんなにスムーズなのは、今まで無かったかもしれない。
席に移動すると、神代が僕を見つけて戻ってきた。トレーには大量の蕎麦。商品名を聞いたところ、『富士そば』というらしい。
「神代さん」
「……瑠華でいいわ」
「じゃ、じゃあ瑠華さんはその量食べ切れるんですか?」
僕の質問に瑠華さんは数秒考え込み、ようやく盛られている量を理解したようだった。
「そうね……。気になって買ってみたけど、多い気がするわ。ではこうしましょ」
そう言って瑠華さんはコップと皿を取りに向かった。戻ってくるとコップに麺つゆを半分入れ、皿に蕎麦を分ける。
「これあなたにあげるわ。身長からして165センチ。肉付きからして40キロ超えてないわよね?」
「は、はい」
僕は瑠華さんが取り分けてくれた蕎麦を眺めた。これは受け取った方がいいのだろうか。
自分はあまり空腹状態ではない。そこまで入る余地もない。だけど、勿体なく感じてしまう。
周囲を見ると、大勢の生徒がワイワイ楽しんでいた。僕としてはすぐに切り上げたいけど、仕方ないので食べることにする。
「ようやくその気になったのね……。本当はお腹空いてたんじゃない?」
「いえ……。残す訳にはいかないので、ちょっと食べてみようかと、思っただけです」
「あらそう? じゃ、隣失礼するわ」
「はい……」
瑠華さんは、少し山が崩れた蕎麦を箸で持ち上げると、麺つゆにつける。すする時の可憐さはとても絵になっていた。
一種の和食女子というものだろうか。トレーの上にも外にもつゆを飛ばさず。一気にすすりきる。
「瑠華さん。蕎麦食べるの上手ですね……」
「そうかしら? これくらい普通だと思うわよ?」
「そう……なんですか? 僕は今日初めて蕎麦を……」
目の前に置かれたものを見たのも、今回が初めてだった。これがどんな味なのか、どうしても想像できない。
「蕎麦を食べたことがないなんて、あなた本当に無料スープだけで生きてきたわけ?」
「そうですけど……」
僕の返答に瑠華さんは頭を抱える。『これは本格的な食育が必要だわ』と、瑠華さんがボソリと呟いた。
「お! 優人くんに神代さん。君たちここで食べてたんだね」
「れ、怜音!?」
突然の登場に僕は麺つゆをこぼす。怜音の反射神経の高さで助かったが、蕎麦を食べるつゆが消えてしまう。
「ちょっと急すぎたかな?」
「そうですよ! 心臓に悪いじゃないですか!」
「あはは。ごめんごめん」
怜音は何も無かったような笑顔を浮かべる。昨日の怜音とは明らかに違い、どこか無理をしているような表情だった。
すると、怜音の両腕が急に途切れる。引き戻したタイミングで、大きなトレーが現れた。
「怜音さっき何を?」
「これ? とんこつラーメン。替え玉三個付きセットだけど?」
「そうじゃなくて、さっき腕が途切れて……」
怜音は『ああ、それか』と言うと、空間魔法だと教えてくれた。『第一部隊にはもっと凄い空間魔法使いがいる』と自慢される。
瑠華さんはそんな彼を他所に、蕎麦を食べ切ってしまっていた。手拭きで口元を拭く姿はとても上品に見える。
「それで中谷先生。永井の方はどうかしら?」
「彼女なら問題ないよ。さっき目を覚まして、今お粥を食べてるところだね」
「そう」
永井が目を覚ましたのは安心した。まさか、僕が作った高濃度魔力水を飲むとは思わなかった。
今度からはみんなに合わせた魔力水だけにしよう。そう心に決め。いつの間にかやってきた飛鷹も、瑠華さんと同じ富士そばを頼んでいた。
「その……、飛鷹君。麺つゆ少し貰ってもいいかな?」
「い、いいよ……。ぼくのでいいなら……」
「ありがとう」
コップに注がれていく新しい麺つゆ。おかげで僕は蕎麦を食べ切った。無料スープはおかわり自由なので、もう一杯持ってくる。
「見世瀬。あなたは知らないだろうけど、麺つゆもおかわり自由なのよ? 私に頼めば持ってきたのに、使われた飛鷹は損したわね」
「ちょっと!」
「だ、だい……だい……だ……」
「飛鷹。そのあがり症をさっさと治しなさい。人前で詠唱できなかったら元も子もないわよ」
その会話に怜音が苦笑した。知らないうちにスープまで空っぽになったとんこつラーメンの器。
食べるのが早すぎる。怜音の食欲に僕は押し負けてしまった。とこれで終わりかと思いきや……怜音はトレーを持っていくと……。
「おかわりおかわり~♪ スープなくなっちゃったから新しいの購入してきた~♪」
ルンルンで2杯目を食べ始めていた。
「でー。午後の訓練なんだけどー! ん~とんこつラーメン美味い!」
「中谷先生。食べるのか指導するのかどちらかにして貰えないかしら?」
「ん。めんどくさい。麺だけに」
「全然面白くないわね゙……」
瑠華さんはなぜか僕の方を見る。僕はその表情に見覚えがあった。昔孤児院で弱い者いじめをしていた少女にとても良く似ている。
「それで、午後の訓練ってなによ?」
「ん~。あれ? もうなくなっちゃった……」
「聞いてる?」
「ごめんごめん。午後の訓練は僕が作った動く氷の魔物と戦って貰うよ」
つまりは実戦形式のバトルをする。僕はそう判断した。氷のコップに氷の棒。これで何体の魔物と対峙するのかを決めるらしい。
「ちょっと待って。ここにいるのは三人。だけど棒は二つしかないじゃない」
「あ、ほんとだ。だけどね。優人くんには特別メニューを用意してるから」
「は? 特別メニューって……」
怜音の回答に不満を募らせたのか、瑠華さんは両目を細くしてジッと彼を見る。
「そんなの嘘よ……。じゃあ、なんで見世瀬は2年も最下位になれたのよ! 不正? 不正でも働かせたの?」
「それは……」
「すみません……。不正……です……」
「やはりね」
僕は今までのことを話した。小学生の時計測器を壊してしまったこと。中学高校と自分の保有魔力量に悩まされてきたこと。
魔力水を飲んでも魔力中毒にならない身体であること。時々脳内で知らない誰かが話しかけてくること。
「見世瀬って不思議ね……。どれも嘘のように聞こえて、本当のことにも感じる」
「それってどういう意味ですか?」
瑠華さんは、顎に手を当てて考える素振りを見せる。どうやら無意識に出た言葉のようで、口を開いたのは5秒後。
「……わからない。でも、今後あなたには決めないといけない日がきそうね……。私たちでも手の届かない場所まで飛んで行ってしまいそうだわ……」
「んーー。話し中ごめん。ボク追い胡椒してくる」
会話とは無関係な怜音の発言に、皆が苦笑した。空間魔法を利用して胡椒を取り出すと、バサッとひとかけ。
勢いよく食べる姿は、清楚で上品な神代と真逆だ。先生としてのプライドを持つべき立場で明らかに悪い例を披露する。
「怜音。そんなに急がないで……」
「べふにいほいえあいえお?」
「悪いけど……私たちからしたら急いでいるようにしか見えないのよ」
「ほお?」
怜音は口から麺をはみ出したまま、聞き返す。そんな彼に、瑠華さんは不快感を抱いたのか、あらぬ方向を向いて大きなため息を吐いた。
怜音の空気を読まない性格は、少しわかる。だけど、彼にはまだ裏があるように感じた。ただ明るく振舞っているわけではないと……。
「怜音。ちょっとスープ貰ってもいい?」
「いいけど……。どうして?」
怜音は僕の言葉を疑問に思ったのか、食べる手を止めた。2杯目を食べ始めたばかりだというのに、スープも残りわずかだ。
彼の食べるスピードは異次元だった。比較対象として飛鷹を見ると、まだ1割ほど残っている。
「その……なんとなく。怜音の気持ちが知りたくなったから……かな? 時々飛鷹君が調べてるんだ。僕が好きに食事ができる方法」
「なるほどね……。君の意見聞かせて貰える?」
僕は、飛鷹に一番気になったサイトを出すように伝えた。お気に入りに保存していたらしいページには〝精神的要因で選びがちな食事〟と書かれている。
自分で検索すればいいものを……。神代からの鋭い視線に耐えながら、飛鷹は震える手で突き出した。
僕がスマホを持ってないから、仕方ないこと。それだけは本当に許して欲しい。手段がないのだから。
飛鷹のスマホを受け取った怜音は、とある欄に目をつけた。そこには、〝油分の多い料理を食べる人の精神状態〟という文面が。
「残念だけど……。ボクは好きで食べてるんだ。だから心配しなくていいよ」
「そうですか……」
「じゃ、昼食も終わったことだし、午後の訓練を開始するよ!」
「『はい!』」
最上位クラスが一番乗りだったようで、人はいなかった。こんなにスムーズなのは、今まで無かったかもしれない。
席に移動すると、神代が僕を見つけて戻ってきた。トレーには大量の蕎麦。商品名を聞いたところ、『富士そば』というらしい。
「神代さん」
「……瑠華でいいわ」
「じゃ、じゃあ瑠華さんはその量食べ切れるんですか?」
僕の質問に瑠華さんは数秒考え込み、ようやく盛られている量を理解したようだった。
「そうね……。気になって買ってみたけど、多い気がするわ。ではこうしましょ」
そう言って瑠華さんはコップと皿を取りに向かった。戻ってくるとコップに麺つゆを半分入れ、皿に蕎麦を分ける。
「これあなたにあげるわ。身長からして165センチ。肉付きからして40キロ超えてないわよね?」
「は、はい」
僕は瑠華さんが取り分けてくれた蕎麦を眺めた。これは受け取った方がいいのだろうか。
自分はあまり空腹状態ではない。そこまで入る余地もない。だけど、勿体なく感じてしまう。
周囲を見ると、大勢の生徒がワイワイ楽しんでいた。僕としてはすぐに切り上げたいけど、仕方ないので食べることにする。
「ようやくその気になったのね……。本当はお腹空いてたんじゃない?」
「いえ……。残す訳にはいかないので、ちょっと食べてみようかと、思っただけです」
「あらそう? じゃ、隣失礼するわ」
「はい……」
瑠華さんは、少し山が崩れた蕎麦を箸で持ち上げると、麺つゆにつける。すする時の可憐さはとても絵になっていた。
一種の和食女子というものだろうか。トレーの上にも外にもつゆを飛ばさず。一気にすすりきる。
「瑠華さん。蕎麦食べるの上手ですね……」
「そうかしら? これくらい普通だと思うわよ?」
「そう……なんですか? 僕は今日初めて蕎麦を……」
目の前に置かれたものを見たのも、今回が初めてだった。これがどんな味なのか、どうしても想像できない。
「蕎麦を食べたことがないなんて、あなた本当に無料スープだけで生きてきたわけ?」
「そうですけど……」
僕の返答に瑠華さんは頭を抱える。『これは本格的な食育が必要だわ』と、瑠華さんがボソリと呟いた。
「お! 優人くんに神代さん。君たちここで食べてたんだね」
「れ、怜音!?」
突然の登場に僕は麺つゆをこぼす。怜音の反射神経の高さで助かったが、蕎麦を食べるつゆが消えてしまう。
「ちょっと急すぎたかな?」
「そうですよ! 心臓に悪いじゃないですか!」
「あはは。ごめんごめん」
怜音は何も無かったような笑顔を浮かべる。昨日の怜音とは明らかに違い、どこか無理をしているような表情だった。
すると、怜音の両腕が急に途切れる。引き戻したタイミングで、大きなトレーが現れた。
「怜音さっき何を?」
「これ? とんこつラーメン。替え玉三個付きセットだけど?」
「そうじゃなくて、さっき腕が途切れて……」
怜音は『ああ、それか』と言うと、空間魔法だと教えてくれた。『第一部隊にはもっと凄い空間魔法使いがいる』と自慢される。
瑠華さんはそんな彼を他所に、蕎麦を食べ切ってしまっていた。手拭きで口元を拭く姿はとても上品に見える。
「それで中谷先生。永井の方はどうかしら?」
「彼女なら問題ないよ。さっき目を覚まして、今お粥を食べてるところだね」
「そう」
永井が目を覚ましたのは安心した。まさか、僕が作った高濃度魔力水を飲むとは思わなかった。
今度からはみんなに合わせた魔力水だけにしよう。そう心に決め。いつの間にかやってきた飛鷹も、瑠華さんと同じ富士そばを頼んでいた。
「その……、飛鷹君。麺つゆ少し貰ってもいいかな?」
「い、いいよ……。ぼくのでいいなら……」
「ありがとう」
コップに注がれていく新しい麺つゆ。おかげで僕は蕎麦を食べ切った。無料スープはおかわり自由なので、もう一杯持ってくる。
「見世瀬。あなたは知らないだろうけど、麺つゆもおかわり自由なのよ? 私に頼めば持ってきたのに、使われた飛鷹は損したわね」
「ちょっと!」
「だ、だい……だい……だ……」
「飛鷹。そのあがり症をさっさと治しなさい。人前で詠唱できなかったら元も子もないわよ」
その会話に怜音が苦笑した。知らないうちにスープまで空っぽになったとんこつラーメンの器。
食べるのが早すぎる。怜音の食欲に僕は押し負けてしまった。とこれで終わりかと思いきや……怜音はトレーを持っていくと……。
「おかわりおかわり~♪ スープなくなっちゃったから新しいの購入してきた~♪」
ルンルンで2杯目を食べ始めていた。
「でー。午後の訓練なんだけどー! ん~とんこつラーメン美味い!」
「中谷先生。食べるのか指導するのかどちらかにして貰えないかしら?」
「ん。めんどくさい。麺だけに」
「全然面白くないわね゙……」
瑠華さんはなぜか僕の方を見る。僕はその表情に見覚えがあった。昔孤児院で弱い者いじめをしていた少女にとても良く似ている。
「それで、午後の訓練ってなによ?」
「ん~。あれ? もうなくなっちゃった……」
「聞いてる?」
「ごめんごめん。午後の訓練は僕が作った動く氷の魔物と戦って貰うよ」
つまりは実戦形式のバトルをする。僕はそう判断した。氷のコップに氷の棒。これで何体の魔物と対峙するのかを決めるらしい。
「ちょっと待って。ここにいるのは三人。だけど棒は二つしかないじゃない」
「あ、ほんとだ。だけどね。優人くんには特別メニューを用意してるから」
「は? 特別メニューって……」
怜音の回答に不満を募らせたのか、瑠華さんは両目を細くしてジッと彼を見る。
「そんなの嘘よ……。じゃあ、なんで見世瀬は2年も最下位になれたのよ! 不正? 不正でも働かせたの?」
「それは……」
「すみません……。不正……です……」
「やはりね」
僕は今までのことを話した。小学生の時計測器を壊してしまったこと。中学高校と自分の保有魔力量に悩まされてきたこと。
魔力水を飲んでも魔力中毒にならない身体であること。時々脳内で知らない誰かが話しかけてくること。
「見世瀬って不思議ね……。どれも嘘のように聞こえて、本当のことにも感じる」
「それってどういう意味ですか?」
瑠華さんは、顎に手を当てて考える素振りを見せる。どうやら無意識に出た言葉のようで、口を開いたのは5秒後。
「……わからない。でも、今後あなたには決めないといけない日がきそうね……。私たちでも手の届かない場所まで飛んで行ってしまいそうだわ……」
「んーー。話し中ごめん。ボク追い胡椒してくる」
会話とは無関係な怜音の発言に、皆が苦笑した。空間魔法を利用して胡椒を取り出すと、バサッとひとかけ。
勢いよく食べる姿は、清楚で上品な神代と真逆だ。先生としてのプライドを持つべき立場で明らかに悪い例を披露する。
「怜音。そんなに急がないで……」
「べふにいほいえあいえお?」
「悪いけど……私たちからしたら急いでいるようにしか見えないのよ」
「ほお?」
怜音は口から麺をはみ出したまま、聞き返す。そんな彼に、瑠華さんは不快感を抱いたのか、あらぬ方向を向いて大きなため息を吐いた。
怜音の空気を読まない性格は、少しわかる。だけど、彼にはまだ裏があるように感じた。ただ明るく振舞っているわけではないと……。
「怜音。ちょっとスープ貰ってもいい?」
「いいけど……。どうして?」
怜音は僕の言葉を疑問に思ったのか、食べる手を止めた。2杯目を食べ始めたばかりだというのに、スープも残りわずかだ。
彼の食べるスピードは異次元だった。比較対象として飛鷹を見ると、まだ1割ほど残っている。
「その……なんとなく。怜音の気持ちが知りたくなったから……かな? 時々飛鷹君が調べてるんだ。僕が好きに食事ができる方法」
「なるほどね……。君の意見聞かせて貰える?」
僕は、飛鷹に一番気になったサイトを出すように伝えた。お気に入りに保存していたらしいページには〝精神的要因で選びがちな食事〟と書かれている。
自分で検索すればいいものを……。神代からの鋭い視線に耐えながら、飛鷹は震える手で突き出した。
僕がスマホを持ってないから、仕方ないこと。それだけは本当に許して欲しい。手段がないのだから。
飛鷹のスマホを受け取った怜音は、とある欄に目をつけた。そこには、〝油分の多い料理を食べる人の精神状態〟という文面が。
「残念だけど……。ボクは好きで食べてるんだ。だから心配しなくていいよ」
「そうですか……」
「じゃ、昼食も終わったことだし、午後の訓練を開始するよ!」
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