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鳥微村⑧
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白白は視線を落として言葉を紡ぐ。
「ここへ来てくれなかったのは寂しいが、私のことを忘れるくらい宮廷で幸せに暮らしているのなら何も言うまい」
力強く、けれど柔らかい言葉だった。沙煌は鼻を啜って「でも、不思議だな」と呟いた。
「不思議?」
「杜洵が来なかった理由は宮廷へ行ったからだとして、村人はどうしてこの洞窟に来なかったんだろう」
石碑があるのに、と沙煌は首を傾げた。
「それは、私も不思議に思っていた。この石碑には百年前から一年も途切れることなくその年の出来事が刻まれているのに、なぜ、突然……」
「あなたがここにいる姿を見かけた村人が怖がって近寄らなくなったとか……?」
「それも考えたが、見かけたのなら捉まえて帝に差し出すんじゃなかろうか」
「じゃあ、そもそも、この洞窟は見つかってないってことですか?村の石碑があるのに?」
考えすぎた沙煌が眉間に皺を寄せていると、長らく黙っていた漣熙が「瑞獣の力だろう」と言った。
「瑞獣の力?」
沙煌だけでなく、白白もきょとんとした表情で瞬きをする。
「瑞獣には願いを叶える力がある」
「……そうなのか?」
「試しに『雨を降らせたい』と願ってみろ」
「……ああ」
白白が固く目を瞑った。
すると、それまで地面に落ちていた木の影が少しずつ薄くなり、冷たい風が葉を揺らし始めた。沙煌が洞窟から顔を出すと、空には暗雲が立ち込め、遠くで雷の音もしている。手を洞窟から出してみると、びちゃんと、冷たい水が手のひらに当たった。
「雨だ……」
沙煌の声に白白は瞼を持ち上げた。
「本当に、雨が……」
驚きの滲んだ表情で漣熙に視線を向ける。
「瑞獣が、なぜ尊ばれているか。それは願いを叶えることができるからだ」
「願いを叶える……」
「瑞獣が祈ることで天に願いが届くそうだ。だから、古く、人間たちは瑞獣に自身の願いを祈ってもらおうと躍起にな
り、それに嫌気がさした瑞獣たちは人間から離れて暮らすようになった」
「そう、だったのか」
白白の視線が虚ろに揺らぐ。
「杜洵はどこかでその話を知ったんだろう。一か八かの賭けで古い神話を信じ、あんたに祈らせた」
「だから、この洞窟に村人がやってこなかったのか」
「ああ。恐らく見つけることができなかったんだろう」
「だが、私に本当にそんな力があるなら、教えてくれてもよかったのではないか」
悲痛な声の内側に「教えてもらっていれば」という仮定が渦巻く。村人たちに襲われることも、五十年間一人で過ごすことも無かった。白白は食いしばった葉の隙間から低い唸りを漏らした。
沙煌は白白に寄り添い、手触りのいい白銀をそっと撫でた。
「杜洵が、あなたが優しいことを知っていたから力のことを言わなかったんだと思います」
白白が、微かに息を詰めた。
「あなたは、自分に願いを叶える力があると知ったら村人のために惜しみなく使うでしょう?」
「……ああ」
「村人はそれで喜ぶかもしれないけれど、あなたはきっと疲弊してしまう。杜洵は、それを恐れていたんですよ。きっと」
「そうか。そうか……」
「最後、分かれるときに言わなかったのは単純に急いでいて忘れていたとか」
軽い調子で言うと、白白は呆れたように笑って「たしかに、杜洵は抜けているところがあったから」と言った。
雨が上がり、雫を纏った草木が眩しく輝く。
「ここへ来てくれなかったのは寂しいが、私のことを忘れるくらい宮廷で幸せに暮らしているのなら何も言うまい」
力強く、けれど柔らかい言葉だった。沙煌は鼻を啜って「でも、不思議だな」と呟いた。
「不思議?」
「杜洵が来なかった理由は宮廷へ行ったからだとして、村人はどうしてこの洞窟に来なかったんだろう」
石碑があるのに、と沙煌は首を傾げた。
「それは、私も不思議に思っていた。この石碑には百年前から一年も途切れることなくその年の出来事が刻まれているのに、なぜ、突然……」
「あなたがここにいる姿を見かけた村人が怖がって近寄らなくなったとか……?」
「それも考えたが、見かけたのなら捉まえて帝に差し出すんじゃなかろうか」
「じゃあ、そもそも、この洞窟は見つかってないってことですか?村の石碑があるのに?」
考えすぎた沙煌が眉間に皺を寄せていると、長らく黙っていた漣熙が「瑞獣の力だろう」と言った。
「瑞獣の力?」
沙煌だけでなく、白白もきょとんとした表情で瞬きをする。
「瑞獣には願いを叶える力がある」
「……そうなのか?」
「試しに『雨を降らせたい』と願ってみろ」
「……ああ」
白白が固く目を瞑った。
すると、それまで地面に落ちていた木の影が少しずつ薄くなり、冷たい風が葉を揺らし始めた。沙煌が洞窟から顔を出すと、空には暗雲が立ち込め、遠くで雷の音もしている。手を洞窟から出してみると、びちゃんと、冷たい水が手のひらに当たった。
「雨だ……」
沙煌の声に白白は瞼を持ち上げた。
「本当に、雨が……」
驚きの滲んだ表情で漣熙に視線を向ける。
「瑞獣が、なぜ尊ばれているか。それは願いを叶えることができるからだ」
「願いを叶える……」
「瑞獣が祈ることで天に願いが届くそうだ。だから、古く、人間たちは瑞獣に自身の願いを祈ってもらおうと躍起にな
り、それに嫌気がさした瑞獣たちは人間から離れて暮らすようになった」
「そう、だったのか」
白白の視線が虚ろに揺らぐ。
「杜洵はどこかでその話を知ったんだろう。一か八かの賭けで古い神話を信じ、あんたに祈らせた」
「だから、この洞窟に村人がやってこなかったのか」
「ああ。恐らく見つけることができなかったんだろう」
「だが、私に本当にそんな力があるなら、教えてくれてもよかったのではないか」
悲痛な声の内側に「教えてもらっていれば」という仮定が渦巻く。村人たちに襲われることも、五十年間一人で過ごすことも無かった。白白は食いしばった葉の隙間から低い唸りを漏らした。
沙煌は白白に寄り添い、手触りのいい白銀をそっと撫でた。
「杜洵が、あなたが優しいことを知っていたから力のことを言わなかったんだと思います」
白白が、微かに息を詰めた。
「あなたは、自分に願いを叶える力があると知ったら村人のために惜しみなく使うでしょう?」
「……ああ」
「村人はそれで喜ぶかもしれないけれど、あなたはきっと疲弊してしまう。杜洵は、それを恐れていたんですよ。きっと」
「そうか。そうか……」
「最後、分かれるときに言わなかったのは単純に急いでいて忘れていたとか」
軽い調子で言うと、白白は呆れたように笑って「たしかに、杜洵は抜けているところがあったから」と言った。
雨が上がり、雫を纏った草木が眩しく輝く。
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