かつてこの国を統べていたのは一冊の書物だった

どん底人生‼️

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雪郷⑤

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庭に生えている樅ノ木の下に立つ人影を見つけて、更に大きく足を動かす。

桑奚さんしー
「わ、早いね」

目を瞠る桑奚さんしーに、凌花りんほわは、ふふんと鼻を鳴らした。冷たい風が鼻を突き、思い切りくしゃみが出る。

「大丈夫?これで鼻かみなよ」

差し出されたちり紙を受け取った凌花りんほわは、桑奚さんしーから少し離れた場所に移動して鼻をかんだ。
近所に住む同い年の桑奚さんしーとは、物心ついた時からの友人だった。毎日三人で遊び、時々喧嘩をして、すぐに仲直りする。そんな生活をしているうちに、凌花りんほわは大人びていて身長の高い桑奚さんしーへ恋心を抱くようになった。
彼の中の一番になりたい。好きになってもらいたい。ずっとそばにいたい。
そう思って、彼の好みに近づこうと頑張れば頑張るほど思い知ることになるのだ。

「ちょっと、阿花。外套着なきゃ風邪ひいちゃうよ」

桃色の外套を持った凌風りんほぉんが出てくると、先程までこちらを見ていた桑奚さんしーがスっと首を動かす。凌風りんほぉんを捉えたその瞳は、雪に反射する太陽の光を閉じ込めたみたいに煌めき、頬はほんのりと赤く染まる。
──桑奚さんしーは、凌風りんほぉんのことが好きなのだ、と。
これが齢十五にして経験した初めての失恋である。

(幸いというか、なんというか……姐姐じぇじぇ桑奚さんしーに恋愛感情を持ってないことだけが救いかな……)

凌花りんほわは寝台に寝転び天井を見つめる。

(私と姐姐じぇじぇ、何が違うんだろ。顔も身長も同じだし、声も似てる。やっぱりほくろかな……)

取ったり化粧で隠せたりしないかな、と考えながら溜め息を吐く。
好きな人の好きな人になれないことがこんなにも辛いなんて思いもしなかった。もしも、桑奚さんしー凌風りんほぉんに想いを伝え、凌風りんほぉんがそれに応じたとしたら。そしてそのまま二人が結婚したとしたら。

(私、ちゃんとお祝いできるのかな……)

窓から差し込む夕陽が部屋の中を赤く染める。眩しさに目を瞑り、もう一度深い溜め息を吐くと、不意にまぶたの裏の光が消えた。

「何たそがれてんの」

凌花りんほわは驚いて目を見開く。明るくて、優しくて、同じ顔の、でも、ほくろがない姉だ。

姐姐じぇじぇ……」

自分でも驚くくらい頼りない声が零れ、視界が歪んだ。

「ちょ、ちょっとどうしたの?急に?」
姐姐じぇじぇ、わたし、私、好きな人がいるの。でも、その人は私のことを好きになってくれないの」

凌花りんほわは耐えきれず、涙を流しながら胸の内を吐き出した。取り留めのない言葉たちを、凌風りんほぉんは「そっか」「うん」「わかるよ」と受け止めながら、凌花りんほわの背を撫でた。

「阿花は、その人のどこが好きなの?」
「優しくて大人っぽいところ」
「なるほど」

何度か頷いた凌風りんほぉんは「もしかしてだけどさ」と凌花りんほわの顔を覗き込む。

「阿花の好きな人って、桑奚さんしーじゃない?」
「えっ!?」

身体中の熱が顔に集まってるんじゃないかと思うくらい、頬が熱くなる。鯉のように口をパクパクさせている凌花りんほわをよそに、凌風りんほぉんは嬉しそうに「正解だ」と手を叩いた。

「前々からなんとなくそうじゃないかなって思ってたんだよね」
凌風りんほぉんは朗らかに笑い、よしっと膝を打つ。
姐姐じぇじぇが協力するよ」
「きょう、りょく……?」
「阿花が、桑奚さんしーの一番になれるように」

そう言って、凌風りんほぉん凌花りんほわの頬を軽くつまんで引き伸ばした。
その日から、桑奚さんしーから恋愛感情を向けてもらえるように二人は様々な手を打った。
桑奚さんしーの好みの女性像が「優しい人」だと聞いた日には、犬や猫、植物にまでも慈しみを持って接し、「家族想いの人」と聞いた日には桑奚さんしーの目の前で両親の家事手伝いをした。でも、そんな好みの女性の姿を聞いていると、どうしたって凌風りんほぉんの姿が脳裏を過ぎる。

(姐姐じぇじぇは、桑奚さんしーの好みの女性像にぴったり当てはまってる……)

ふわりと白いものが空から舞い降り、凌花りんほわの鼻先に落ちた。

(いや、姐姐じぇじぇが好みの女性だから好きになったんじゃなくて、姐姐じぇじぇのことが好きだから、優しくて家族想いな人が『好みの女性像』になったんだ……)
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