マイナス転生〜国一番の醜女、実は敵国の天女でした!?〜

塔野明里

文字の大きさ
16 / 29

第十五話

しおりを挟む
 第十五話

 美しい灯篭が空を舞い、街は普段よりきらびやかに着飾った人々で溢れていた。
 秋の収穫祭は賑やかな夜を迎え、あちこちから楽しげな声が聞こえる。目深にかぶったフードからキラキラと輝く街並みを眺めているだけで心が踊った。

「…あっ…。」

 キョロキョロと周りを見ているうちに人波に飲まれそうになった私の手を大きな手が掴んだ。

「危ない。よそ見をするな。」

「すみません、つい楽しくて。」

 初めて手を繋いだのに、私たちの雰囲気はまだぎこちない。目が合ってもすぐにそらされてしまうし、大事な話もできないまま。

「シュウ様、私甘いものが食べたいです。」

 それでも、忙しい彼が私のために時間を作ってくれたことが嬉しくて、この時間がずっと続けばいいのにと思ってしまう。


「うん、美味しい!」

 屋台で買ったゴマ団子は揚げたてで、噛むと香ばしい胡麻の香りが口いっぱいに広がる。あんこは甘すぎずいくらでも食べられそうだ。人混みから少し離れた路地裏で私達は食べ歩きを楽しんでいた。

「…この間の菓子のほうが美味しかった。」

 あの日イアン殿下から私の菓子を商品として販売しないかと言われたことを手紙にしたためた。その手紙とともにシュウ様にも同じお菓子を送ったのだ。

「食べて下さったんですね。良かった。」

 もしかしたら食べてもらえなかったのかと思った。その後、なんの返事ももらえなかったから。

「すぐに返事を書こうと思ったんだ。急に他国からの来賓が決まって警備の計画を練り直さねばならなくなった。本当なんだ…。」

 今日のシュウ様は驚くほど口数が多い。

「どうかしたか?」

「いえ…今日のシュウ様は饒舌ですね。なにかあったのですか?」

 グッと眉間に皺を寄せ、シュウ様は目をつむった。

「もっと…思ったことを話さなければいけないと皆に言われた。このままでは結婚する前に君に愛想を尽かされると脅されたんだ。」

 側近のユノさん、侍女のリン、そして執事のヤンまで毎日シュウ様に助言という名の説教をしに行っていたらしい。最近、リンたちが度々出掛けていたのはそのせいだったのか。

「知りませんでした。でも先に愛想を尽かされるのは私かもしれないのに。」

「違う…そんなことはあり得ない。」

 ならどうしてあの時あんなにお怒りだったんですか?本当に疲れていただけですか?そう聞きたくても聞けない自分は臆病だ。

「………、………………。」

 気まずい沈黙が落ちる。今日もこのまま時間だけが過ぎてしまうんだろうか。

「…行こう。」

 私が食べ終わるのも待たず、シュウ様は立ち上がった。

「…どちらへ行かれるのですか?」

 するとまたぎゅっと手を繋がれる。

「俺の屋敷へ招待する。」

 そのまま手を引かれ、私達は歩き出した。

 * * *

「リコリス様、ようこそおいで下さいました。」

 初めて訪れたシュウ様のお屋敷は、首都の郊外竹林に囲まれた静かな場所にあった。ユノさんの横にはなぜか侍女のリンが立っている。

「どうしてリンがここにいるの?」

「ふ、ふ、ふ!それは秘密です!」

 なぜか得意気な顔をしているリンを見てユノさんは溜息をついた。

「彼女のことはどうかお気になさらず。こちらへ。」

 屋敷の内装はとてもシンプルでシュウ様らしかった。庭には花もなくそれが少し寂しげな気がした。

「いままでこちらにお客様をご招待したことはございません。リコリス様が初めてです。」

 案内されたのは食堂だった。真ん中に大きなテーブルがありその上にはところ狭しと様々な料理が並べられている。

「この国の伝統料理をたっくさんご用意しました!私が作ったのもありますよ!」

 ひとつひとつ丁寧にそれがどんな料理なのか説明してくれる。リンはとても楽しそうで自然と笑顔になってしまう。

「リン本当にありがとう。でもこんなに沢山は食べ切れないわ。リンもユノさんも一緒に食べましょうよ。」

「えっ!ダメですよ!使用人が御主人様と同じ食卓につくなんて!」
「そうです。そんなことできません。」

 二人は首を振り、とても頑なだった。

「シュウ様。今日はみんなで一緒に食べましょう。」

「あぁ、君がそれでいいなら俺はかまわん。」

 ダメ押しの一言で二人はしぶしぶ食卓についた。

「リコリス様にはいつも本当にびっくりさせられます。そんなにお綺麗なのに全然威張らないし、私みたいな使用人にも優しいし。」

「リンはもう私の家族だもの。使用人だからなんて関係ないわ。今度うちでも一緒に食べましょうか。」

「えぇ!それはダメです!」

 ワイワイと賑やかな食卓はとても楽しくて、私は前世の家族のことを思い出していた。平凡な家庭だったけれど、そこにはたしかに温かい絆があった。こんな気持ちになるのはこの世界に生まれ変わって初めてのことだ。



「今日はとても楽しかったです。ありがとうございます。」

「俺は何もしていない。君がいるから…。」

 その先はよく聞こえなかった。夕食のあと、私は庭の見渡せる応接間に通され、大きなソファにシュウ様と向かい合って座った。

「本当なら、もう少し早く招待したかったんだが…。」

 言いながらシュウ様は物寂しい庭に目をやった。

「屋敷を手入れしたことも、庭を気にしたこともなかった。ついこの間剪定したばかりで花も木もない。」

 ユノさんに止められ私を招待したくてもできなかったそうだ。しょんぼりした姿がなんとも言えない。そんな彼を可愛らしいと思ってしまうのは、私が彼のことを好きだからだろうか。

「来年結婚したら、私はこの屋敷で暮らすことになるのでしょうか?」

 結婚という言葉に彼がガバっと顔をあげた。

「あぁ、そうしてほしいと思っている。ここは賑やかな通りからも遠く、君にはつまらないかもしれないが…。」

「それなら、たくさんお花を植えたいです。」

 私は真っ直ぐに彼の目を見つめた。

「春も夏も、秋も。綺麗な花が咲くように。誰が来ても心安らぐと、そう言ってもらえるような屋敷にしたいです…………。」

 最後は涙声になってしまった。今日は絶対に泣かないと決めてきたのに。

「本当に怖かったんです。なにか失礼なことをしてしまったんじゃないかって。嫌われて…しまったかと。」

 するとシュウ様はスッと立ち上がり、私の隣に腰掛けた。そして、その手には真っ白なハンカチが握られていた。

「君はなにも悪くない。俺が…。俺が勝手に嫉妬したんだ。君と楽しそうに話しているイアンに。」

「…えっ?」

「君がイアンに笑いかけているのを見て、なぜだかひどくイライラした。嫌だったんだ。こんな気持ちになるのは初めてで自分でもよく分からなかった。」

 嫉妬?シュウ様が?

「そのイライラを君にぶつけてしまった。最低だ。ユノにも呆れられた。本当にすまなかったと思っている。」

 戦場で生き、自分の感情を押し殺す術ばかり上手くなった。こんな歳になって初めてそれではだめだと諭されたとシュウ様はまたしょんぼりと肩を落とした。
 その手からハンカチを受け取ると、私は涙を拭いた。

「私も軽率でした。シュウ様がそんなふうに思ってくださっているなんて知りませんでした。これからは他の殿方と二人きりにならないように致します。」

 そう笑いかけると、シュウ様も小さく笑った。

「どうかこれからは何でも教えてください。なにも言っていただけないのは、とても…寂しいです。」

「わかった。約束する。」

 ジッとこちらを見つめる彼の瞳に、熱っぽいものを感じた。とても顔が近い。あれ?待ってこれって?

 ぎゅっと目をつむった。






 次の瞬間、屋敷のドアを乱暴に叩く大きな音が響き渡った。驚いて目を開けるとすぐそこに彼の顔がある。

「……チッ………、どうした!?」

 いまシュウ様が舌打ちしたのかしら。胸がドキドキしている。もう少しで私、シュウ様と…。

「シュウ!ねぇいるんでしょ?」

 聞こえたのは彼を呼ぶ女性の声。

「私という者がありながら、婚約ってどういうこと!説明しなさいよ!」

 これは一体なにが起こっているの?

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される

めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」  ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!  テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。 『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。  新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。  アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

氷のメイドが辞職を伝えたらご主人様が何度も一緒にお出かけするようになりました

まさかの
恋愛
「結婚しようかと思います」 あまり表情に出ない氷のメイドとして噂されるサラサの一言が家族団欒としていた空気をぶち壊した。 ただそれは田舎に戻って結婚相手を探すというだけのことだった。 それに安心した伯爵の奥様が伯爵家の一人息子のオックスが成人するまでの一年間は残ってほしいという頼みを受け、いつものようにオックスのお世話をするサラサ。 するとどうしてかオックスは真面目に勉強を始め、社会勉強と評してサラサと一緒に何度もお出かけをするようになった。 好みの宝石を聞かれたり、ドレスを着せられたり、さらには何度も自分の好きな料理を食べさせてもらったりしながらも、あくまでも社会勉強と言い続けるオックス。 二人の甘酸っぱい日々と夫婦になるまでの物語。

図書館でうたた寝してたらいつの間にか王子と結婚することになりました

鳥花風星
恋愛
限られた人間しか入ることのできない王立図書館中枢部で司書として働く公爵令嬢ベル・シュパルツがお気に入りの場所で昼寝をしていると、目の前に見知らぬ男性がいた。 素性のわからないその男性は、たびたびベルの元を訪れてベルとたわいもない話をしていく。本を貸したりお茶を飲んだり、ありきたりな日々を何度か共に過ごしていたとある日、その男性から期間限定の婚約者になってほしいと懇願される。 とりあえず婚約を受けてはみたものの、その相手は実はこの国の第二王子、アーロンだった。 「俺は欲しいと思ったら何としてでも絶対に手に入れる人間なんだ」

勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!

エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」 華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。 縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。 そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。 よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!! 「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。 ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、 「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」 と何やら焦っていて。 ……まあ細かいことはいいでしょう。 なにせ、その腕、その太もも、その背中。 最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!! 女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。 誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート! ※他サイトに投稿したものを、改稿しています。

【完結】せっかくモブに転生したのに、まわりが濃すぎて逆に目立つんですけど

monaca
恋愛
前世で目立って嫌だったわたしは、女神に「モブに転生させて」とお願いした。 でも、なんだか周りの人間がおかしい。 どいつもこいつも、妙にキャラの濃いのが揃っている。 これ、普通にしているわたしのほうが、逆に目立ってるんじゃない?

家族から邪魔者扱いされた私が契約婚した宰相閣下、実は完璧すぎるスパダリでした。仕事も家事も甘やかしも全部こなしてきます

さくら
恋愛
家族から「邪魔者」扱いされ、行き場を失った伯爵令嬢レイナ。 望まぬ結婚から逃げ出したはずの彼女が出会ったのは――冷徹無比と恐れられる宰相閣下アルベルト。 「契約でいい。君を妻として迎える」 そう告げられ始まった仮初めの結婚生活。 けれど、彼は噂とはまるで違っていた。 政務を完璧にこなし、家事も器用に手伝い、そして――妻をとことん甘やかす完璧なスパダリだったのだ。 「君はもう“邪魔者”ではない。私の誇りだ」 契約から始まった関係は、やがて真実の絆へ。 陰謀や噂に立ち向かいながら、互いを支え合う二人は、次第に心から惹かれ合っていく。 これは、冷徹宰相×追放令嬢の“契約婚”からはじまる、甘々すぎる愛の物語。 指輪に誓う未来は――永遠の「夫婦」。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

処理中です...