ベルガエ物語 いじけて結婚を拒んだ女司書は優しい騎士に護られ小粋な猫に連れられて美味しい旅をする。

滴酒巧

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終章

約束

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「あ」
 ナディは思い浮かべる。結婚式? それもあったわ。ブレイブでするのか、王都に戻ってするのか。司書の仕事があるけど新妻としてカーリャ様から離れられないし、じゃあブレイブで領主様のお手伝い――
 そこで現実に戻った。
「え……? 先って?」
「はい。三年後ですね」
 はいですか。三年後ですか。はあ――
「さ、三年後おっ⁉️」
 いきなりの現実にナディは叫んだ。鞍上から下のカーリャに抱きつく。無茶だ。ほとんど飛び降りた程の勢いだったが、何とかカーリャは受け止めてくれた。
「な、ナディ殿?」
 気づいたらカーリャの両腕にお姫様の様に抱かれていた。落ちはしなかった。カーリャの大殊勲だ。しかし礼も言わずにナディはカーリャの襟首に両手でしがみつく。
「ど、ど、ど、どう言う意味ですかあっ⁉️」
「え?」
 突然の狂乱にカーリャは面食らった。
「落ち着いて。落ち着いて。ナディ殿」
「しないんですか? もう飽きたんですか? 結婚と言ったのは嘘だったんですか? わたし捨てられるんですかあっ⁉️」
 全然、落ち着かない。ほとんどカーリャの首を締め上げている。それでも怒らず、暴れるナディの身体を落とさないように必死で支えるカーリャ。
「それともさっきのお話ですか? メイドですか? 男がメイド好きだとは古代史書にも書いてありましたが、カーリャ様もそうなんですか? 姫騎士と戦乙女と剣闘士にメイド長と医師と料理人までもついてお得なんですか? 司書だけじゃ物足りないんですかあっ⁉️」
 錯乱そのもののナディだった。
「それにしたっていきなり最初からこんな――」
「ナディ殿」
 いきなりカーリャはナディの唇を奪った。実力行使だ。女としては長身のナディを両腕で抱えたまま、唇を無理矢理重ねる。かなりの荒業だった。
「……」
 ナディはそのまましがみつく。両腕をカーリャの首に回し、唇を許して目を閉じた。


「とにかく落ち着いて下さい」
 どれだけかの時間の後にようやく唇は離れた。
「だってカーリャ様が」
 何とか騒ぐのは止めたナディだが、おさまってはいない。今度は恨みがましく拗ねる気らしい。両手を甘える様にカーリャの首に回している癖に。
「結婚して下さらないなんて言うから」
「この前にこそ婚姻を申し込んだのはわたしですよ。そんな事言っていません。婚約を継続する形になるだけです」
 まだカーリャはナディを抱えていた。下ろすに下ろせないようだ。傍らの馬達は足を止め、大人しく待っている。突然の大騒ぎだったが、銃声にも落ち着ける様に訓練している賜物だろうか。
「でも三年後って」
「それは仕方ないです。騎士としての制約ですから」
 カーリャの説明にナディはぷうとまたむくれた。
「婚約から三年経過しないと結婚出来ないなんて規則はないはずですけど?」
 もちろんナディはベルガエの騎士の作法規則の諸般についても一通りは知悉している。
「ですが婚姻の年齢制限があります」
 カーリャとしては騙す気はない。正直に言っている。
「年齢制限?」
「はい。正であれ従であれ、騎士たる者は十八歳になるまで女性との婚姻は許されないのです」
 ああとナディも思い出した。そちらの年齢制限ならあった。未熟者が修行半ばで家庭を持つ事を諌める規則で――
「……え?」
「ですからあと三年は」
「ちょ、ちょっと待って下さい」
 ナディは両手で抱いているカーリャの綺麗な顔を見つめ直した。声がやや慌てている。
「あと三年って……あのカーリャ様。カーリャ様って」
 初めてする質問だった。騎士は二十歳以上でないと叙任されないのは知っている。だからこの美貌に性別は疑っても、年齢には注意していない。当然、ナディより年上のはずと思っていた。
 だからこそこんなにべたべたと甘えてすねて――
「……おいくつですか?」
「十五歳ですが」
 驚天動地の告白だった。
「え……じ、じゅう、ご、さい?」
 じゅうごさい。十五歳。だから十八歳まであと三年。今は十五歳でつまり十七歳のナディの二つした……
「十五歳なんですか⁉️」
「知らなかったんですか?」
 もう一度叫ぶナディにカーリャの方が面食らっていた。顔と目が素で驚いている。
「いや、なんで十五歳……でも騎士様なんでしょう?」
「特例ですよ」
 カーリャはやれやれと言いたげな顔で説明した。
「十四歳の時に国境での戦で武勲を幾つか立てています。ですが今年に入ってからの例の決闘騒ぎで処分されそうになり、父がそれくらいなら修行を止めて帰って来いと怒ったので、それも勿体ないと師匠があちこちに運動して、特例として騎士叙任が認められたのですよ」
 確かに見かけによらず、相当な腕前である事はナディもその目で何度も確認している。
「そう言う経緯がありましたので、叙任は認められても、何処の貴族様も忠誠を誓わせてくれなかった訳でして」
 それでこの若さで『自由騎士』だったのか。
「まあ、それの方が自由気儘に出来ますし。その分、領地の経営を父に押し付けられているのですが」
 説明されてみればそうなのかとナディも納得する。確かに珍しい話だが。
「あ、あの、じゃあ」
 そしてナディはもう一つに気づいた。つまりこの、ナディと結婚してくれるお方は。
「……わたしより年下なんですね?」
「はい。ナディ殿が二つお姉さんになります」
 笑顔で認められてナディは顔から真っ赤になった。
「だ、騙していたんですねえっ!」
 思わず責めたのは恥じらいの裏返しだ。旅の最初からずっと年上だと思って甘えて拗ねて、今ももうずっと。
「カーリャ様。ひっどぉいっ!」
「はて? なんの事ですか?」
 恥じらうナディは面白がっているカーリャの顔を両掌で挟む。もう許さない。もう一回してくれないと許せない。
「ナディ殿」
 言わなくてもわかったらしい。カーリャの笑顔が迫ってくる。
「愛しています」
 ナディの一番嬉しい事を囁きながら、騎士は司書の唇をもう一度奪ったのだった。


 これは少年と少女の出会いの物語。
 後に少年はその智勇で、当時、亜大陸最強と謳われた竜兵団を造り率いて、国を救う将軍となる。
 後に少女も神の如き聡明さと魔女と称えられた知識をもって、国を栄えさせた宰相となる。

 これはそんな二人が最初に出会って、知り合い、ついには共に人生を歩む事となった、一番初めの物語。


                             終劇
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感想 3

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みんなの感想(3件)

我流
2022.09.02 我流

読ませていただきました。完結までありがとうございます。

ファンタジーのジャンルですか、紹介にもあったように魔法も龍もなく、どちらかと言えばヨーロッパ時代劇ですね? 食事や身分制度への検証はこなれておられると思います。

真にファンタジーなのは登場人物で、司書や姫騎士などかが魅惑的に利用されていて楽しめました。特に泉のシーン(≧▽≦)

最後の後日譚でカーリャが「竜兵団を作って~」の辺りは、火縄銃装備の竜騎兵の魁となる流れでしょうか!

是非とも、続編をお願いしたいです?

2022.09.02 滴酒巧

読んでいただきましてありがとうございます。

作品は16世紀くらいのベルギーを設定しています。それなりにリアルを基本にしていますが、現代ではドン引くような実情(お風呂がない等)は何とか変えて違和感ないように努めました。基本は甘いいちゃらぶですので、そこは邪魔にならないようにと。
敵とかは中世暗黒時代のをそのまま持ってきていますが。

竜兵団云々については……本作品がこちらで評価いただけたら挑戦したいと思います。実はアルファポリスさんに挑戦するのは初めてですが、今回、pt上位の各作品を読んで、あまりの角度の違いに震撼しておりまして。

……あんな風に書けるかどうか。

解除
みさお
2022.09.02 みさお

完結おめでとうございます🎉

昔のベルギー辺りがモデルですよね? 火縄銃が重要なアイテムである事から16世紀くらいでしょうか。

当時の風俗をちりばめているのが楽しめました。逆にお風呂とか異なってましたが、これはわざとかと思います。リアルに当時を全部描写されたら、現代人はドン引きでしょうから。

受け入れ易いとこだけとも言えますから、歴オタは認めないかも知れませんが。

恋愛小説としては楽しめました。こんな都合のいい彼氏とかっこいい豹は良かった。セットで欲しいです。

とにかく最後までありがとう(^人^)

2022.09.02 滴酒巧

完了まで読んでいただきましてありがとうございます。

欧州でもベルギー史はマイナーだと思っていましたが……あっさりわかる人もおられるんですね。恐縮です。

風俗については、ただの普通の歴史オタである個人的知識にネットで急遽漁った情報で作っていますから、あんまり掘り下げに自信ありません。確かに専門家には怒られるレベルでしょう。お風呂とかはどうしても現代にあわさないと恋愛ものとしては苦しいからしかたないんですけどね。

キャラや世界は個人的に気に入っていますので、読み手さんの反応がぼちぼちなら続編を書きたいです。その時はよしなに。

解除
みさお
2022.08.07 みさお

読ませて頂いてます。完結したらまたしっかり感想を送らせてもらいますが、現時点て一言。

「こんなラッキースケベあり?」

2022.08.08 滴酒巧

ありま~~す! 甘い二人のお話ですから。しかもアダルト認定されないという決め技。

もうすぐ完結なので不器用ラブを存分にお楽しみくださいませ。ご感想いただければ幸いでございます。

解除

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