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3.新たな日常
19オファー
しおりを挟む雪也に次の撮影が入ったのは、それから一週間後のことだった。
何度目かの訪れになるオフィス。
社長のデスクの隣に席を用意され、朝から夜までへらへらと座っているだけで特に何もしていないのが現状である。
たまにおもちゃの電池を取り替えるのを手伝ったり、お茶請けを配ったりするのが唯一仕事らしい仕事だった。
初めは借りてきた猫のようにおとなしくしていたが、今では社員の先輩たちとも会話できている。
最初はみんな遠巻きに見ていたが、時々やってくる水森と会話しているうちに、社員の女性からお菓子が貰えるようになった。
なぜか松永が頭を抱えていたが、坂本から松永にコーヒーを淹れる役割を与えられてからは、松永もあまり気にしなくなったようだ。
その松永が、眉間に皺を寄せて隣の席で難しい顔をしている。
「次の撮影は、本番のセックスはないがおもちゃを使った撮影になる予定だ。……いけるか?」
淡々と内容を告げた松永を見上げて、頭全体で二度頷いた。
声に出して返事をしないのは口の中のあんぱんを咀嚼しているからだ。
なぜかオフィスのそこら中から視線を感じる。
フォーシーズンの社員にもらった手のひらサイズのパンを手に、雪也は首を傾げた。
「かわ……」
「?」
松永は何かを言いかけて口を閉ざし、雪也の頭に向かって伸ばした手をひっこめた。
咳払いをしながら顔を背けるだけで続きはないようだ。
雪也はとりあえず口の中のパンを食べ終えて、松永に質問を返した。
「社長と撮影するの?」
「違う!」
食い気味に否定が返ってきてびくりと体を揺らす。
更に何故を問うと、社長は社長であって男優ではないからだという。
「わかったー。社長とは撮影しない」
その辺の下手なタレントより余程見映えがすることは確かであったが、松永は腐っても社長であった。
水森に倣って自分を社長と呼び始めたが、松永のためにセックスするという考えが頭から抜けない。
それは必ずしも松永とセックスすることとイコールではなかったが、松永のそばにいながら求められない現実にもやもやした気持ちを抱いてしまうのは否めなかった。
「……俺は社長として撮影には参加するが、お前と一緒にカメラには映らない。お前の相手はちゃんと所属タレントから出すから……な」
「本来は社長自ら撮影に立ち会う必要もないですからね」
「坂本うるさい」
坂本をあしらって伸ばされた手に頭を擦り寄せる。
松永の意図はわからないが、松永が望むままに行動すれば何も問題はない。
雪也は結局、目を細めてその温もりを享受した。
「わかったぁ、社長の前でえっちなことするんだね」
「……そうだな」
へらへらと笑うと、松永もみんなも一斉にため息を吐いた。
なんで?
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