座敷わらしの恋

みん

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2.契約

16水森

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 水森に連れられたのは、オフィスとひと続きになってパネルで区切られただけのスペースだった。
 簡素な壁の向こうから活気を取り戻した社員たちの声が漏れ聞こえている。
 六人掛けのテーブルを勧められて、今度こそ間違えないように椅子に座った。
 水森も向かい側に座る。


「ユキくんは社長の大切な人なんだよね?」
「え?」


 唐突な問いかけに反応出来ない。
 きらきらした笑顔を崩さない水森は、雪也を置いてけぼりにして更に言葉を続けた。


「ねえねえ、どんな風に社長を口説いたの? いいな~僕もかっこいい彼氏が欲しいな~」
「えっ? ええ~?」
「でも、僕バリネコなんだけど、どっちかっていうと攻めたいタイプだから難しくてさ~」


 降り注ぐ言葉の雨を必死で理解しようとするも、水森の勢いは到底処理出来るものではなかった。
 内心泣きそうになる。


「あれ? ユキくん? ……僕喋りすぎ?」


 あまりにも顔に出ていたのか水森が申し訳なさそうに言葉を止める。
 雪也は眉を下げて、水森に謝罪した。


「あの、あんまりいっぺんは難しいかも……」
「そっかそっか、ごめんね。僕おしゃべりってよく注意されちゃうんだ。今度から気をつけるね」
「ううん……俺と話してくれてありがとー……」


 雪也は水森の気遣いが嬉しくて自然と笑顔になった。
 話しかけてくれること自体は嬉しいのだ。
 それが命令でないなら、なおのこと。

 ほかほかとした気持ちで水森を見つめると、まんまるの瞳が雪也をまじまじと見つめ返してくる。


「なるほど……これが社長を落とした笑顔か……破壊力すごい。でも、やっと笑ったね」
「え?」
「なんか辛いことでもあった? 相談くらいなら乗るよ?」


 水森の手が伸びてきて頭を撫でられる。
 松永とは違った感覚に一瞬たじろぐ。
 水森が優しく目を細めた。
 顔は幼いが、こういう仕草をすると途端に年上だと思わせてくるのがずるい。
 雪也は観念して小さく口を開いた。


「松永さんが……俺に求めてるものが、わかんなくて」
「うん」


 口から漏れた言葉はとても小さかったと思う。
 それでも水森は相槌を打って、真剣に耳を傾けてくれた。


「俺、毎日松永さんのためにセックスするつもりだったんだ。けど、それは仕事じゃないし必要ないんだって」
「……大事にされてるんだね」
「……そうなの、かな、ぁ?」


 水森の言葉に、二日間で松永から得たものを反芻する。

 そばにいればそれでいいと言われた。
 松永に、大切だと言われた。
 それが、どれだけ雪也の心に喜びを与えたか。
 だから雪也は、それ以上に松永に与えたかった。
 喜びも、幸せも。
 松永が望むことならなんだって。

 でも松永は、雪也にセックスを求めなかった。
 雪也に残された、松永を幸せにする唯一の方法を拒まれて、雪也は途方に暮れた。

 混乱する思考では、嬉しいも悲しいも上手に処理出来ない。
 松永は、雪也の存在を肯定してくれたのではなかったのか。
 なのに、セックスをしないでいい、だなんて。

 その現実が、雪也の脳内と感情を掻き乱す。


「……ユキくんはさ、セックスすき?」


 耳に届いた声は酷く優しかった。
 顔を上げるとその瞳も柔らかく細められていて、体の力を抜く。
 水森の指先が唇を撫でたことで、雪也は自分が唇を噛み締めて黙り込んでいたことに気が付いた。


「……好きかなんて、考えたこともなかったなぁ」


 雪也にとってセックスは好き嫌いで判断できるものではなかった。
 言うなれば義務。
 雪也にとってセックスは、ただの労働に過ぎなかった。
 だからこそ雪也は、松永のそばにいることを、セックスも込みで考えていたのだ。

 雪也の存在意義は、セックスをすることによって達成する。
 あの場所から逃げても、松永に拾ってもらっても、それは覆せない現実なのだから。
 逃げてなお雪也が松永のために存在しているのは事実で、松永のためにセックスすることこそが、雪也の存在意義なのは変わらなかった。

 いや、松永の幸せのためには、変わってはならなかったのだ。


「僕はね、セックスが好き。だから仕事にしてるし、仕事だから気分じゃなくてもセックスしなきゃいけないこともある」


 水森はテーブルを周ると隣の椅子を引いた。
 近付いたその瞳を見つめ返す。
 この人の言葉を理解したいと思った。

 水森は諭すように殊更ゆっくりと言葉を続けた。


「そりゃあみんな、僕みたいに好きなことを仕事にしてるわけじゃないよ。したくなくても仕事だからセックスする、なんて世の中にはゴロゴロ転がってる。でもさ、プライベートまでセックスしなきゃいけないってことはないって、絶対」


 水森の言葉をどう理解したら良いのかわからない。
 だって雪也は、松永のためにセックスするのであれば、好きじゃなくてもいくらでも耐えられた。

 そばにいられなくても。
 あの牢獄のような場所から一生出られなくても。
 それが、松永のためだったから。


「ユキくんは、セックスしたいの?」


 手を握った水森が、また一つ雪也に問いかける。


「松永さんが望むなら……」
「そうじゃないよ、ユキくんがしたいかどうか」
「俺が……」


 雪也は、答えられなかった。
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