お気楽公爵家の次男に転生したので、適当なことを言っていたら英雄扱いされてしまった。

イコ

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第二話

闇落ちのご令嬢 前半

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《sideアイリーン・ユーハイム》

 私は生まれた時から、病弱でこのまま外に出ることもなく死んでいくのだと思っていました。
 
 私の記憶にあるのは、熱と咳で苦しい体。
 私のために泣いてくれる両親。
 そして、私のためにお金を工面するために、貴族のご令息と婚約をした妹。

 生きていることが申し訳なくて、もう早く終わりが来ればいいのに、だけど優しい家族のために私は一日でも笑顔でいなければならない。

 そう思っていた十年間。

 十一歳を迎える年、あの方がやって来ました。もうあと数日生きられるのか不明な私のために多額のお金を注ぎ込んでくれた両親に申し訳なさを感じながら、涙が流れてきます。

 起きることも手を動かすこともままならない。

 生きていることが奇跡で、治ることのない、不治の病として。

「そう、アイリーン様、意識はありますか? お見舞いに来させていただきました。フライ・エルトールです」

 とても温かい私を心配してくださる声。

 目を開けるのも億劫で、声は掠れて発声できているのかもわからない。

「申し訳ございません。エルトール様に来ていただいたのに、このような姿で出迎えすることを、お詫び申し上げます」

 来客に対して、頭の中で習った挨拶をするけれど、それ以上のことは何もできない。

「わたくしは身を起こせません」
「大丈夫です。辱めるつもりはありません。ただ、診察をさせてもらうだけです。その前にこの部屋の空気は良くないですね。クリーン! ピリフィケーション」

 何をしているのか分かりませんが、今まで感じたことがないほどに、息がしやすくなり、とても楽になりました。

 もしかしたら、もうすぐ私は死ぬのかもしれません。そのために、殿方にこのような恥ずかしい姿を見られてしまいました。

 すでに生きる力はなくても恥ずかしさは感じてしまいます。

「診察をさせてもらうね。サーチ」

 朦朧とする意識の中で、次々と温かい魔力が私を包み込んでいきます。それは今まで感じたことない感覚で、まるで誰かに抱きしめられるような感覚だったように思います。

「ハイパーヒール!」

 フライ様が呪文を唱えると、それまで苦しかった胸がスッと軽くなり、体の痛みも、頭痛も、熱も吐き気もなくなっていました。

「姉様!」

 ずっと会いたかった妹が抱きついてきて泣いてくれました。私のために色々と尽くしてくれた両親もやってきて、たくさん私たちは泣きました。

 立ち上がって窓の外を見て、外の空気を吸う。

 それがどれだけ私にとって感動的だったのか、計り知れないほどの想いが胸を締め付けます。

「お父様、私を助けてくださった方にお礼がしたいです」
「ああ、わかっているよ。だが、彼の方は我々のお礼では満足しないだろう。アイリーンを助けるために、かなり高度な魔法が使われ、さらに我々家族が困窮していることを知って、大金貨までお見舞いに置いて行ったのだ。返せないほどの恩ができてしまった」

 ならば、私がすべきことは一つですね。

「分かりました。私の全てをその方に捧げます」
「なにっ?! お前はやっと命が助かったのだぞ。それに、エリザベートが、エリック様の婚約者として支援していただいているのだ」
「はい。ですから、私はフライ・エルトール様個人に仕えます。お父様、私を助けた医療技術はこれからの世の中にきっと必要になります。私は自分と同じ苦しみを持った者たちを救います。ですが、それはフライ様のお側で行いたいのです」

 そうだ。この命を救ってくださったフライ様は、私に生きることを教えてくださった。

 だからこそ、私の全てはフライ様のためにある。

「うん。今回の支援はアイリーンさんにお願いしたい」
「なっ?! どうしてわたくしではいけませんの!?」

 初めて、フライ様が私にご命令をくださいました!!! 本当に飛び上がりそうなほどに嬉しい。

 普段は、エリザベートちゃんに譲っておりました。彼女は私のためにその身を捧げようとしてくれた大切な妹です。

 ですから、妹の影として私はただ、フライ様を支えるだけの存在でいようと影になっていました。

 ですが、そんな私にフライ様はご命令をくださったのです。

「アイリーンさん、彼女は平民でトアというんだ。多分、厚い瓶底のようなメガネにブラウンのボサボサ髪をした子だからすぐにわかるよ」
「かしこまりました」

 フライ様もその女性のことは理解されていないのですね。私はすぐに家の者を手配して、トアという平民の女性のことを調べさせました。

 フライ様に近づくかもしれない女なのです。当然ですよね。たとえフライ様が大魔王になろうとも、色恋で堕落しようとも、私はついて参ります。

 そんなフライ様が溺れるにふさわしい女性なのか、選定はさせていただきます。

 ですが、調べた結果はとても優秀な女性だというだけでした。

 平民でありながら、読み書きや計算が得意で、好奇心旺盛。元々は商人の奉公をしていたが、才能あふれる彼女を見かねて、商家の主人が男爵様を紹介して、学園都市へ入学を果たした。

「なるほど、すでに支援を受けているのですね。ならば、男爵家の支援を行って、トアさんの支援がしたい旨を伝えていればいいわね」

 私はこの時、フライ様の仕事を甘く見ておりました。

 ♢

 数日後、フライ様からお呼ばれしてお部屋に参上しました。その時の私は浮かれておりました。お部屋に呼んで頂き何かあるのではないかと……。

「先日頼んでいた支援したい女性のことなんだけど」
「トアさんのことですね? はい。フライ様が要望した通りに手配をしました」

 調べて男爵家に支援を送りました。その後もちゃんと受け取りのお手紙はいただきました。

「ありがとう。なんとなく見えてきたよ」
「どうかされたのですか?」
「うん。実は昨日、そのトアに会ったんだ。彼女は夜の怪しい酒場でアルバイトをしていて、変なオジサンに危ないことをされそうになっていてね」
「!!! 申し訳ありません。どうやらフライ様から引き受けた仕事を正しく行えていませんでした!」

 私は地面を失ったような感覚を覚えました。

 エリザベートちゃんではなく、私が指名いただいた仕事に失敗した。

 胸や頭を掻きむしりたい衝動に駆られながらも、私はフライ様のお部屋を後にして、家の者を呼びつけました。

「アイリーン様、どうされました?」
「調べなさい」
「えっ?」
「今すぐ男爵家の状況を洗いざらい調べなさい! 絶対に許しませんわ」

 私は生きていて、初めて怒りと憎悪を感じました。

 フライ様から初めていただいたご命令を失敗した。それが何よりも許せませんでした。
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