お気楽公爵家の次男に転生したので、適当なことを言っていたら英雄扱いされてしまった。

イコ

文字の大きさ
133 / 153
第五章

ある領民の勘違い

しおりを挟む
《side 第三者視点、領民》

 領民たちは公爵家の変化に戸惑いを感じていた。フライ・エルトール様が公爵に正式に継承されることが決まってから、公爵家の領内では、多くの人々が行き交っていた。

「おい、聞いたか? フライ様が公爵家を正式に継いでから、領地の様子がガラッと変わってきたらしいぞ」

 酒場の片隅で、一人の男がひそひそと話し始めた。そこには鍛冶屋の親方、農家の代表、酒場の女将など、領地のあちこちで働く人々が集まっていた。

 公爵領にはいくつか村や町が存在するが、このようにそれぞれの地元代表が集まるのは稀なことである。

「軍の訓練が厳しくなったのは知ってるだろう? 鬼人族の英雄バクザンって人が傭兵団を引き連れて指導に来ているらしいが、若い衆の鍛え方が半端じゃねぇらしいんだよ」

 酒場の女将が口を開くと、鍛冶屋の親方も自分の周りで起きた変化を口にする。

「それだけじゃないぜ。武器工房も拡大してやがる、ドワーフの職人が続々と集まってきてる。剣や鎧の質も向上してるって話だ。わざわざ、ドワーフのために街を一から建築するほどの力の入れようだ。だからって、俺たちに仕事がなくなるんじゃなくて、むしろ忙しくなってやがる。どういうことだ?」

 鍛冶屋の親父からすれば、ドワーフに仕事が奪われると思っていた。だが、蓋を開けてみれば、今まで以上に忙しくて仕事にてんてこ舞いになっていた。

「農地の方もそうだ。エルフを呼び込んで作物の成長を手助けしてもらっているんだ。森の拡大や、自然の要塞みたいだね。領地内の食糧生産量が一気に増えてるんだろ? 備蓄倉庫もどんどん増えてるし、俺のところでも管理が大変だぜ」

 農家の代表は、農民たち苦情が多いのかと思えばそうでもない。フライ様がゴーレムを使って農地のならしをしてくれるので、体を痛める農家が減って、むしろ時間に余裕ができる者まで現れた。

「それだけじゃねぇんだ。聞いた話だと、領境に長い長い防壁を作り始めたらしいぞ。しかもただの壁じゃなくて、ゴーレムにもなるらしい」
「な、なんだって!? それって……まるで、国を作ろうとしてるんじゃないのか!?」

 酒場の中が一気にざわついた。

「いやいや、待て待て! フライ様がそんなことを考えるわけないだろう。あの方は俺たちのことを第一に考えてくださるお方だぞ?」
「でもよ……これだけの軍備増強、食糧備蓄、そして壁や森の要塞化だぞ? 何か考えがあるに違いねぇ」

 唾を飲み込む代表たち、彼らはフライ・エルトールよりも長い年月を生きてきた。その中では戦争を経験した者たちもいる。

「もしかして……帝国から独立するつもりなんじゃないか? それか、どこかの国に攻め込む準備をしているとか……?」
「帝国からの独立!? そ、そんな馬鹿な!」
「いや、でも考えてみろよ? フライ様ならやれるんじゃねぇか?」

 彼らは少年時代のフライがドラゴンを討伐したことを知っている。領民のためにお金を配り飲み歩いた姿を見ている。どれだけの領民が、フライによって救われたのか、彼らは知っていた。

「確かに……フライ様なら俺たちを見捨てたりしねぇし、もし独立を考えてるんなら、俺たちの未来もちゃんと考えてくれてるはずだ」
「そうだよな! 戦争を仕掛けるにしても、俺たちが奴隷扱いされるようなことは絶対にしないはずだ! むしろ、俺たちがもっと誇れる国を作ろうとしてるんじゃねぇか?」

 彼らにとって不安は募りながらも、フライならばという希望を見出していた。それは彼らにとってフライ・エルトールが英雄扱いされているからだ。

「それに、あのエリザベート様やアイリーン様がそばにいるんだぞ? お二人とも頭が良くて、フライ様を支えてるんだ。絶対に無謀なことはしねぇさ!」
「なるほど……確かに、フライ様なら!」

 ユーハイム伯爵家が率先して、公爵家、伯爵家が手を組むならあり得るかもしれない。彼らは小さな領地の中で育ったために、世界の広さを知らない。

 だからこそ、フライ・エルトールという英雄に期待する。

 最初は戸惑いながらも、誰かが言った一言が、まるで炎が薪に燃え移るように場の空気を一変させた。

「……俺たちもついて行くしかねぇな!」

 気づけば、酒場の全員が拳を突き上げていた。

「フライ様がやるなら、俺たちはついていくだけだ!」
「領地のため、家族のため、俺たちはフライ様と共に生きる!」
「そうだ! 戦が来るなら戦う! 独立するなら支える!」
「俺たちの領地を、俺たちの手で守るんだ!」

 勢い余った誰かがジョッキを掲げると、一斉に乾杯の声が響き渡った。

「「「フライ様に栄光を!!!」」」

 酒場の外でも、この噂はどんどん広まっていった。

 鍛冶屋の親方が鍛えた剣を見つめながら、「これがフライ様のために使われるなら本望だ」と呟き。

 農家の代表が「いくらでも食糧を生産してやるさ!」と気合を入れる。

 酒場の女将は、「戦が始まるなら、兵士たちの胃袋を満たしてやらないとね!」と料理の腕を振るい始めた。

 誰が最初に言い出したのかは分からない。

 けれど、領民たちの間にはいつの間にか「フライ様は我々と共に新たな国を作るのでは?」という、なんとも壮大な誤解が広まっていた。

 そして、その誤解が、静かに、しかし確実に、領民たちの心を一つにまとめ上げていったのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

魔道具頼みの異世界でモブ転生したのだがチート魔法がハンパない!~できればスローライフを楽しみたいんだけど周りがほっといてくれません!~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
10才の誕生日に女神に与えられた本。 それは、最強の魔道具だった。 魔道具頼みの異世界で『魔法』を武器に成り上がっていく! すべては、憧れのスローライフのために! エブリスタにも掲載しています。

猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る

マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・ 何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。 異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。  ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。  断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。  勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。  ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。  勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。  プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。  しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。  それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。  そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。  これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様

コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」  ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。  幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。  早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると―― 「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」  やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。  一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、 「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」  悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。  なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?  でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。  というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!

転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。 不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。 14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

処理中です...