蛟堂/呪症骨董屋 番外

鈴木麻純

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クリスマスにまつわるひとつの話(九雀+真田)

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 ***

「ふうん。石川の店でクリスマスパーティ、ね」

 あのへそ曲がりが、どんな気まぐれを起こしたのか。いつもよりはやや嬉しそうに報告する後輩の顔を眺めながら、九雀蔵之介は訝っていた。
 あれでいて――というほど意外なこともなく家族との関係が良好な鷹人は、毎年クリスマスを家族と過ごす。鷹人と出会って四年になるが、九雀は一度もクリスマスの誘いを受けたことがない。

「なんだか邪推したくなるよなァ」

 なにを邪推したくなるのかは自分でもよく分からないが、釈然としない。そんな九雀の表情には気付いていない様子で、律華が続けてくる。

「料理とケーキは一色が作ってくれるそうです」
「ふうん」
「自分と先輩は準備ができたところに参加させてもらう形になるので悪い気もしますが、一色の料理は美味しいらしいので楽しみです。こういう場合、なにか手土産でも買っていくべきでしょうか?」
「いや、別にいいんじゃねえかな。飲み物も、料理に合わせてあいつらが用意してくれんだろうし。一色さんのことじゃデザートだって作るだろ」

 投げやりに言ったあとで後輩の不思議そうな視線に気付いた九雀は、ひとつ咳払いして付け加えた。

「そんなに気になるなら、一色さんに簡単なクリスマスプレゼントでも用意してやったらどうだ? 自分じゃ買わないような少し高めの消耗品とか、お互いに気を遣わなくていいと思うぞ。入浴剤とかハンドクリームとか……」
「なるほど。さすが先輩、簡単な贈り物の選択にも気遣いを感じます……!」

 きらきらと尊敬のまなざしで見上げつつ、律華はぎゅっと両手を拳の形にした。

「自分の場合、消耗品というとスポーツタオルやトレーニング器具しか思い浮かばなかったので、参考になります。早速妹に相談して、購入しておいてもらいます。店が開いている時間には、どうしても帰宅できそうにないので――」

 と言いつつ、携帯を取り出してインスタントメッセージを送っている。液晶を滑る指先も、いつもより軽やかだ。跳ねるように文字を入力しながら、なおも声を弾ませる。

「それにしても、本当に驚きました。まさか石川がクリスマスに誘ってくれるなんて」
「そんなに嬉しいのか、後輩ちゃん」
「はい」
「そっか」

 複雑な心地で、九雀は頷いた。
 気難しい後輩が、これまた付き合いづらい悪友と仲良くしてくれるのは純粋に喜ばしい。そう思う一方で、言いようのない寂しさはある。といえば、鷺沼あたりは「飼い主の嫉妬」とでも揶揄するのだろうか。
(まあ、そうだな。嫉妬だ)
 九雀はあっさり、それを認めた。
 律華に先輩と呼ばれることは、九雀にとって一種アイデンティティーのようなものだ。先輩。後輩。一年前、そう呼び始めてから互いに変わった。無責任に生きていた自信のない男に、はじめて責任感が芽生えた瞬間だったのだ。
 律華と出会わなければ自分は今も他人を傷付けながらいい加減に日々を過ごしていたのだろうし、彼女の方も行き詰まって警官としての道を断たれていただろう。そういう意味では運命の出会いともいえるのかもしれない。自分たちの生きづらさを見かねた神様が、ささやかな贈り物でもしてくれたのか。
(贈り物、か。まさにクリスマスっぽい発想だ。ばからし)
 苦笑し、九雀はさまよわせていた視線を律華に戻した。
 後輩は珍しくこちらを見上げるでもなく、浮ついた顔で考えごとをしている。
 無性に腹立たしくなって、九雀は後輩の額を指でつついた。

「あたっ! せ、先輩?」

 目を白黒させている律華の耳に囁く。

「恋する乙女の顔だな」

 乙女どころか、サンタの訪れを心待ちにする子供のような顔だったのだが。
(鎌までかけて、なにやってんだかなー。俺は)
 我ながら、嫌な性分だ。自己嫌悪に陥りつつ、後輩の様子を窺った。

「九雀先輩の目にも、そう見えますか」

 律華は気にした様子もなく、ぺちぺち頬を叩いている。

「鷺沼からも、よく揶揄されます。自分は敬愛と恋愛を混同しているつもりはないのですが。不快でしたらすみません。以後、気を付けます」

 生真面目に眉をきりりとつり上げる彼女に、九雀ははたと気付いた。

「敬愛? 石川のことを、か?」
「はあ?」

 律華がきょとんと訊き返してくる。

「なぜ、そこで石川の名前が出てくるのでしょう?」
「いや、だって、クリスマスパーティー……誘われて嬉しいって」
「はい。自分は気心の知れた友人たちとパーティーをしたことがないので、石川に誘ってもらえたことは嬉しいです。しかも、二十五日は仕事ですから」

 だから、どうだというのか。

「ですから?」

 首を傾げる九雀に、律華は少しはにかみつつ、告げてきた。

「朝から、ずっと九雀先輩と一緒なんです。先輩は不服かもしれませんが」

 いくらか照れつつも、やはり恋する乙女の顔ではない。飼い主が傍にいることを喜ぶ忠犬のような心境なのだろう。どこまでも恋愛感情とは縁遠く、妙なところで子供っぽい。そんな後輩からの告白に、九雀は項垂れた。

「真田ァ……」

 子犬のような顔で見上げてくる後輩の頭を引き寄せ、めちゃくちゃに撫で回す。

「お前がそういうやつだってことは分かってたはずなのに、ごめんな。俺は駄目な先輩だよ。ああもう、不服なはずがあるかよ。俺がとことん面倒見てやるからなー」
「九雀先輩……!」
「後輩ちゃん!」

 いつものように後輩と二人、感動にひしっと抱き合ったところで――

「すみませーん。九雀さん、真田さん。ちょっと手伝ってほしいんですけど……」

 なんの前触れもなく、捜査室のドアが開いた。
 室内を覗き込んできた鷺沼征士郎と目が合う。彼の方も慣れたもので、いちいちぎょっとしたりはしない。ただただ呆れ顔で告げてくる。

「なあにやってるんですかー。昼間っから呑んでるんじゃないでしょうね」
「勤務中に酒なんて呑むはずねえだろ」
「呑んでないならなお悪いっていうか。まあ今更とやかく言いませんけど」
「言ってんじゃねえか」

 口うるさい鷺沼の手から面倒な書類を奪って、尻を蹴るようにして追い出した。

「この扱いの差! 俺だって一応、九雀さんの後輩なのに」

 ドアを閉める瞬間に聞こえてきた恨みたっぷりの声に、九雀は素っ気なく言い返す。

「うるせー。俺と真田の関係は、少しニュアンスが違うんだよ」
「うわ。またなにか言い出したよ、この人。めんどくさ」
「俺、お前のそういうとこ嫌い。可愛げねえから」
「もー、九雀さんって、真田さんより神経質で好き嫌い激しいですよね。俺のことに限らず嫌いだと思うのは自由ですけど、態度に出すのはやめた方がいいですよー」

 なんとなく一慧への態度に釘を刺された気がして、九雀はぎくりとした。
 とはいえ、

「……お前こそ、普通に注意すればいいだけのところで真田の名前を出すなよ。茶化そうとしたつもりなんだろうけど、悪口になってんぞ」

 それだけは見過ごせず、言っておく。ドアの向こうには不意を突かれたような沈黙が降りた。ややあって、どこか降参したような声が返ってくる。

「すみません」
「いや。俺も悪かったし、改める」

 言わされてしまったように思えないこともないが。ともかくそんなやり取りで、鷺沼とは別れた。それから後輩を振り返る。酷く居たたまれない、といった顔の彼女と目が合う。

「鷺沼の言うことなんて、気にするなよ」
「は、はい」

 九雀は、やや狼狽気味に頷く律華の背中を軽く叩いた。

「ま、水を差されたからって、クリスマスまでつまらなくなるわけじゃねえんだ。きっちり仕事して、二十五日は定時で上がれるようにするぞ」
「はい! 先輩。その書類、自分が見ます」

 律華がパッと顔を上げる。確かに神経質には違いないが、切り替えは早くなった。

「目覚ましい成長だと思うんだけどな。やっぱ他のやつらは見る目ねえよな」

 うんうんと頷きつつ、九雀は左手でスーツのポケットを探った。書類と一緒に、律華の掌にミルク味の飴玉を一つ。ころんと落としてやる。

「ありがとうございます、先輩」

 言葉の意味は伝わったのだろう。
 そっと飴を握りしめた後輩の肩に、九雀はもう一度だけ触れた。



END.
駄目な飼い主。
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