神に愛されたのは、殺し屋でした

豊口楽々亭

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「俺の方がよ、分からないんだがな?」

JDは油断すれば込み上がってくる、希望を…いや、欲望を含んだ願いを押し潰すために、呆れを含んだ溜息吐き出した。

それは、いつも屋上で彼を待っている時に吐き出す溜息の中に秘めた、願いであったり、あるいは甘えであったり、憧れであったり。
友人という名前の裏に隠された、熱っぽい感情であったりを、滲ませていた。

頭の中から追い出そうとする度に、余計に目につくようになった感情に、JDは今まさに直面しなければならなくなった。
感情に気付かない振りをして、青年から逃げても良かった。
しかし、本当に逃亡しても良いのだろうか。

三十路を越える歳。
人を殺す生き方しか、できない自分。
神だと言う、身元不明の男。

逃げる理由の方が、多い。
しかし、逃げたくない気持ちの方が、強かった。
いつの間にか汗ばんでいた掌を伸ばすと、JDは傍らの青年の手を握った。
途端に、青年の指が跳ねる。
いつもあたたかくて、少しだけ乾いた青年の手が、今は冷えきって緊張に震えていた。
それが、JDに勇気を与えてくれる。

手をきつく握って、胸に引き寄せるとこちらに傾く青年の身体。
驚きに弾かれたよう見上げてくる彼の七色の瞳が、自分を真っ直ぐに映していた。

「……もう一度してみろ。分かるかもしれないだろ…、…」

言ってから、JDの心臓は肋骨を砕かんばかりに早鐘を打つ。
思わず撤回の言葉を叫び出したくなった。
だが、まっすくに自分を見つめ返す青年の真剣な眼差しが、辛うじてJDを踏み止まらせた。

「…JD…、……目を逸らさずに、俺を…見てて。そしたら分かるかも、しんない」

青年の唇は、彼自身が驚きを覚える程の慎重さで動き、言葉を紡ぐ。
それが緊張からくるものらしいことを、青年は自覚できずにいた。
動かないJDに、唇を寄せていく。
互いの吐息が、唇の表皮の皺を湿らせると、JDの唇が緊張に引き結ばれる。
乾いた二人の唇はゆっくりと重なり、熱を分かち合ってから、再び静かに離れていった。

二度目のキスを皮切りに、繰り返される唇の交わりは、徐々に互いが応え合う形の濃厚な物へと変わっていく。
唇が互い違いに角度を変えては、その度に濡れた音がひそやかに響いた。
いつの間にか、どちらとも無く折り重なった舌は、無言で互いの感情を伝え合っていく。
重なる度に芽生えた自覚が育つと、噎せ返りそうな程に止めどなく、甘い感情が溢れ出る。
溺れてしまうような感覚に、青年はようやく唇を離した。
口付けの代わりに両腕を伸ばすと、JDの体を抱き寄せて首筋に顔を埋める。

「JD…俺の特別に、なってよ」

心臓に届くようにひっそりと囁かれた青年の言葉は、JDの心を震わせた。
止めどなく溢れてくる喜びは、沙漠のように乾いたJDの心を潤していく。
清らかで、愛情深いJD本来の澄んだ音が、甦っていく。
一度枯れた魂が再び息を吹き返す瞬間を、青年は初めて聴いた。
まさに、恋の奇跡だとしか思えなかった。

「…JD、愛してる」

青年は感極まって、JDを抱き締めていた。
そして、返事を聞くより前に、唇にもう一度押し付けた。
JDの腕は戸惑いながらも青年の背中に回されると、優しい力で青年の着衣を掻いて、引き寄せた。
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