【kindleセルフ出版するため、12/20頃、全編公開を終了予定】巻き戻りの転生者は、腐女子と共にハッピーエンドを取りに行く!

たいよう一花

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一章 転生人生一周目

1-1 不可解な縁談話 2

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 彼の名前は、トリスタン・エクラ・ステラデューク。
 名だたる貴族の中でも最高位の、フォレオール公爵だ。現王の甥である彼は、前公爵と第二王子の間に生まれた子供で、王家の血が流れている。彼は男爵家から見れば雲の上の人だ。

 そのような高貴な人物が、貴族の中でも末席の男爵家の五男を所望するなどほぼ有り得ないし、とても奇妙なことだ。偶然どこかで知り合い、交友があったというならまだしも、チェレステはもちろん家族の誰も、公爵との面識はない。

 男爵一家は、非常に戸惑った。
 
 チェレステは内気な性格で、見知らぬ相手と結婚するなど到底無理な話。
 しかも公爵は非常に冷酷な性格と聞く。そのような人物のもとに可愛い末っ子を嫁がせるわけにはいかないと、男爵は今回の縁談を丁重に断った。しかし公爵は結婚の申し込みを取り下げようとはしなかった。婚約期間を設けず、すぐにでも結婚の手続きをしたいと、執拗に催促してくる。

 男爵はこの二週間ほど、あれこれと理由をつけて断り続け、そのうち公爵が諦めることを期待したが、その望みは儚く散ってしまった。
 トリスタンのもとにチェレステを嫁がせるようにと、聖王陛下からの直々の命が下ったのである。
 ウェード男爵はチェレステを差し出すほかなくなった。

 父親の逝去せいきょにより二年前に爵位を継いだばかりのトリスタンは、チェレステより二つ年下の二十歳。
 背が高く均整の取れたプロポーション、誰もが見惚れるほどの美しい顔立ちをしている彼は、一目見たら忘れられない非常に珍しい特徴を具えていた。

 それは「女神メリーバの愛し子」と呼ばれる、神秘的な黒。髪と瞳そろって、トリスタンはメリーバの黒を持って生まれた。
 漆黒の髪色は深い緑や紫を帯び、光の加減で藍色や鮮やかな赤も覗く。そのさまはまるで星雲が宿っているかのようだ。瞳も同様の輝きで、惹きこまれるような色どりを放っている。
 この不思議で美しい色合いが崇敬の的だったのは、遠い昔のこと。
 今は違う。
 人々はトリスタンの髪と瞳を見た途端、ある者は怯え、ある者は眉をひそめ、ある者は醜いものを見たというように嫌悪感を露わにする。
 なぜならそれは、忌み色だからだ。
 およそ五百年前、女神メリーバは禁忌を犯して人々を不幸たらしめ、この世界から追放されてしまった。
 それゆえに、メリーバの色を持って生まれたトリスタンは、「堕ちた女神メリーバの愛し子」「不気味な忌み子」「不運を連れてくる」「フージョシファナティカの凶星」などと陰で言われ、人々からいとわしい目を向けられてきた。
 トリスタンの右父うふである第二王子が早逝したのも、生まれた子供がもたらした禍事まがごとだろうと噂され、左父さふである前公爵も彼を愛さず遠ざけたという。

 それらの事情のせいか、トリスタンは非常に冷酷で無愛想な男に育ち、周囲からは「ブリザード公爵」「冷血貴公子」「闇夜の凶刃」などと、悪意の含まれたあだ名で囁かれた。しかしそれも無理からぬこと。誰一人、トリスタンの笑顔を見た者がいないからだ。爵位を継いでからは各方面でその冷血漢ぶりを発揮しているという話だ。
 結婚にしてもそうだ。悪い噂しか聞かない。トリスタンはこの二年間、結婚と離婚を繰り返している。彼と結婚する男は、チェレステで十人目だ。
 離縁を申し渡され公爵家を去った九人は、いずれも高位貴族の出身で、彼らはみなトリスタンへの恨み言を口にしていたという。

「公爵には愛というものがなかった」
「凍り付くような冷たい目で一瞥いちべつされたのみで、二人の生活にはほぼ接点がなかった」
「公爵はこちらに興味すら示さなかった。もちろん抱擁など一度もない」

 彼らが言うには、どうやらトリスタンの目的は跡継ぎを得ることだけだったらしい。迎えた配偶者に指一本触れず、優しい言葉の一つもなかったということだ。そして神殿での「聖果の儀」にて子宝が得られないと、いずれの配偶者にもすぐさま、離縁を言い渡したそうだ。そうやって次々と、結婚と離婚を繰り返したのだという。
 チェレステはそれを聞き、きっと自分もすぐに離縁されるのだろうと、ホッとした。身分違いも甚だしい今回の申し出は、恐らく公爵が自暴自棄になった末の奇行だろうと。

「父さん、公爵はやけになって、今回は変わり種にしてみようとでも思ったんじゃない? きっと早々に俺を離縁すると思うよ」

「ああ、そうであってほしい。聖王陛下のお言葉では、わがドーリュバロンの家系が子だくさんなため、あやかりたいとのことだった。公爵と縁を結び、念願の子宝を授けてやってほしい、と」

 男爵がそう言うと、チェレステのもう一人の父親――ローレンが怒りの声を上げた。

「腹立たしい。王家の権威まで使って、結婚相手を物みたいに扱って。それだから子宝に恵まれないのだ。そんな男に大切な息子を差し出さねばならないとは、この身が引き裂かれるようだ。ああ、チェル、公爵が気に入らなければ、すぐに帰っておいで。いいんだよ、何も気にするな。形ばかりの結婚だ。離縁されなくても、おまえから離縁してやればいい。すぐに帰っておいで」

 ローレンから愛情を込めて抱きしめられたチェレステは、大好きな右父ウディをギュッと抱きしめ返すと、明るい口調で言った。

「大丈夫だよウディ、きっとすぐ『聖果せいか』が行われて、みごとに不発に終わるだろ。そうしたら俺は、早々に離縁されて帰ってくるよ。だから俺の部屋、そのままにしておいてね」

「もちろんだ、チェル。何一つ動かすものか」

 愛おし気にチェレステの頬を撫で、ローレンはもう一度ギュッと息子を抱きしめた。そこに男爵と、兄であるジェフが加わる。家族の抱擁に身を委ねたチェレステは、泣きそうになりながらも笑みをたたえる。

「みんな、心配しないで。どうってことないよ。パパッと結婚して、『聖果の儀』をしたら、すぐに家に帰ってくる。公爵領にはものすごい貴重な植物の植わってる森や鉱石窟があるから、公爵の配偶者としての特権を利用して、この機会にしこたま素材収集するよ。つまり遠足みたいなものさ。楽しみですらある」

 チェレステの健気な言葉を聞いて、ジェフリーは涙声で言った。

「ごめんな、チェル、ごめんな。俺に婚約者がいなければ、おまえを差し出さずに済んだのに」

 チェレステには四人の兄がいるが、長兄・次兄・三兄は、すでに既婚者だ。すぐ上の兄であるジェフリーにも婚約者がいて、来年には結婚する予定のため、ドーリュバロン男爵家が差し出せるのは、末子のチェレステだけ。

「ジェフ兄さん、さっきも言った通り、俺は珍しい素材を漁りに行くんだ。楽しみにしてるぐらいだから、本当に心配しないで。あっという間に帰ってくるから。兄さんの聖誓式せいせいしきには絶対お祝いに行くから、ちゃんと俺の席を確保しておいてね」

「もちろんだ、チェル。おまえ無しの式などありえない。必ず参加してくれよ」

「うん、約束する」

 しかしチェレステの約束は、果たされることなく終わる。

 この先に待ち受ける嵐を、まだ誰も、知らなかった。
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