惚れたら最期と分かっていたのに

田中 乃那加

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不貞論者

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 それから俺たちは暇さえあればヤりまくった。

 主に夜。
 まるで忍び込むようにそっと訪れた離れの部屋に彼はいる。

「来たね」

 小さく笑って見上げる綺麗な人。
 そんな仕草にすら見惚れるのだから、俺はもう駄目かもしれない。

「遅かったじゃないか」
「ごめん」
「いいんだよ。家族優先だ」

 アンタもその家族なんじゃないのかって反論したくなったが、じゃあ家族と浮気してる俺はなんなんだという自分自身へのツッコミで曖昧に誤魔化した。

「……今日はもうんだね」
「えっ」

 すん、と鼻を鳴らしたので匂いでも残っているだろうかと焦る。
 すませてきた、とはセックスのことだ。

「嫁によると今夜、みたいで」
「排卵日なんだ?」
「俺にはよくわかんねぇけど」

 思わず顔をしかめてしまう。
 だって一時間ほど前のことを思い出してしまったから。

 ――うなぎが嫌いになりそうだ。

 あとはやたら苦いビターチョコとコーヒーと。レバニラ炒めも、もう一生分食ったかもしれない。

「本当に意味わかんねぇよ」

 子どもが欲しいのは何となく理解出来るけどわざわざ病院で、しかもセックスのタイミングとやらまで指示されて。
 妙なサプリメントも飲み忘れると鬼のようにキレやがるし。

「挙句にアレだもんなぁ」

 情緒もへったくれもないセックスに価値なんてあんのか。
 いいから入れて、とカエルのように足を広げた女にどう興奮しろと。

 お互いロクに声も出さずに終了。
 さっさと下着とズボンを身につけて大いびきかいて寝る嫁を可愛いと思えるわけがないだろ。

「自分でもよく勃ったと思う」
「あはは……」

 同じ男としての愚痴を吐くと、苦笑いで肩をすくめる彼。
 
「その後でここへ来る君も相当だな」
「それ言います?」

 本妻を抱いた後に愛人に、か。確かに最低クズ野郎だな。
 でも。

「それでもアンタは俺を受け入れてくれるじゃないですか」

 そう言ってすがるように抱き寄せる。

「……そうだね」

 瑠衣さんが呟いた。

「僕と君、ぴったりでお似合いのクズだよ」

 その通り。
 でもだからってなんだと言うんだ。

「楽しいことして遊びましょ」

 すでにあの襖の向こう側は目の前に。
 赤い和布団が、これまた和風の間接照明に艶めかしく照らされている。

「慰めてあげるね」

 そんな可愛いことを言う彼の口を、そっとキスで塞いだ。




 ※※※

「んぅ゙、ん、ぁ、ぅ」
「っ……瑠衣さん」

 白い指を噛んでまで声を抑えようとする姿がいじらしい。
 でも不満だった。

「声、聞かせて」
「やだね」

 ふと動きを止めて頬を撫でるも、ツレない返事。彼は目を伏せながら。

「男の声なんて聞かせて萎えられたら困る」

 そんなわけないのに。

「男の声じゃなくて、アンタのを聞きたいんだよ」
「こうやって僕を口説くの? 悪い男だ」

 悪い男、か。確かに極悪なんだろうなと自嘲気味に笑う。

「お互いにだけどね」

 彼のその言葉ですこし気が楽になる。共犯関係ってこんな気持ちなのか。

「続き、しよ?」
 
 腕が絡められた。
 まるで美しい花に捕食されるみたいだ、なんて思いながらキスをする。

「んぅっ、んんっ、ぁ」

 キスしながらのセックスってなんか愛を感じる。
 瑠衣さんもこれが好きらしくて、キスをねだってくる顔がすごく可愛い。

「っ、は……ぁ、も、イきそ……」
「俺も。いっしょに」
「んぅ! ん゙っ、あ゙ぅ、うぅ」

 あーあ、また唇噛んじゃって。
 でも俺ももう限界。

「くっ。イ、く」

 彼の頭を抱え込むようにして射精した俺に、彼は大きく息を吸った。そして。

「す、き」

 ほとんど吐息だったけど確かに聞こえた言葉。

 身体の芯を抜かれたみたいに脱力した俺の心にじんわりと悦びが広がる。

「瑠衣さん」
「……暑い、退きなよ」

 途端またいつものツレない美人に戻ってしまった。

 でもその目の端がじんわりと潤んでまだ赤い。

「ねえ、瑠衣さん」
「うるさい」

 可愛い顔を見せてとせがむと、今度は両手で覆われてしまった。

「……賢者タイムだよ、バカ」
「あー」

 なるほど。でもそれなら俺の方が罪悪感で死にたくなるもんだけどな。

「早く戻りな、家族の元に」

 瑠衣さんはいつもヤったあとはこう言って、俺に背を向ける。

「やだ。もう少し一緒にいたい」

 種馬みたいな扱いをする嫁と、息苦しい家に帰りたくない。
 駄々をこねる。

「なあ、もう一回」

 瑠衣さんとなら何度でもヤれそう。むしろ彼が女だったら子どもだってすぐ――。

「……じゃあ次は着けずにしよっか」
「へ?」
「コンドーム。中出ししてもいいよ」
「!?」

 思いもよらない言葉に鼻血が吹き出しそうになる。

「まままっ、マジで!?!?」
「翔吾くん必死すぎ。別に物珍しくもないだろ。佳奈とはしてきたんだから」
「いやいや」

 全然比べ物にならねぇし。これを口に出すと人格疑われそうだからしないけど、彼女とした時はずっと瑠衣さんのこと考えてた。

 嫁との子作りで義兄との不倫セックスを考えてイく俺って、人としてヤバいとは思うが仕方ない。

 勃たせるのだって大変なんだからな。
 男ってのはつくづくデリケートな生き物だ。

「やめとく?」
「いやいやいやいやっ、是非ともお願いしますッ!!! ナマでっ、中出ししまくりで!!!」
「どれだけする気なんだよ……」
 
 笑いながらも呆れ顔の彼もやっぱり可愛くて美人だなぁ。

「瑠衣さんとなら死ぬまでできる」
「ふふ、嬉しいこと言ってくれるね」

 妖艶に微笑むのも最高だ。
 こんな表情に、この田舎の男たちは惑わされてきたのかもしれない――って考えが脳裏に浮かんだ瞬間。

「っ、ちょ、いきなり……痛っ!」

 激しい怒りというか嫉妬だな、これは。に胸中を支配された俺は彼の肩に思い切り噛み付いた。

「アンタは俺のもんだ」

 不倫してるクセに何を言う、とまた空気を読めない冷静な俺がツッコミをいれたが知るものか。

「んぁ、ぁ、い、いたく、しないで」

 妖艶かと思えば健気。その振り幅にクラクラする。
 つかめない。不思議な人だ。
 
「今度はもっと奥突いてあげる」
「あ……ぁ、それっ、だめ、おかしく、なるぅぅ」
「おかしくなってよ」

 俺はとっくにおかしくなってる。
 惚れたら駄目な人に惚れて、入れ込んで。嫁や義両親を裏切って。
 でも止められないんだ。

「一緒に地獄に堕ちて」

 醜いおねだりに、彼は一瞬その綺麗な顔を歪めた後。

「……いいよ」

 と微笑んだ。

 

 




 
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