入口君♂と出口君♂

田中 乃那加

文字の大きさ
4 / 4

だからそういうことだから

しおりを挟む
 ブラック企業、という言葉はもはや広く認知されて久しい。
 自分の置かれている環境について自覚し、抜けだそうと足掻くことすら難しく。

「はぁ……」

 毎日ため息を吐きながらの残業は、もちろんタイムカードを切ってからの無給。やらなきゃいけないことは常に残っていて、不調は当たり前なのが社会人なのだと思っていた。
 
 ブラック企業は洗脳。
 まさに彼、入口いりぐち あきらはその典型だった。
 
「ねぇ。あきちゃん」

 くたり、と意識を失ってベッドに横たわる痩せた身体。
 出口でぐち 佳史よしふみ、は彼にそっと寄り添ってためいきをついた。

「……いつになったら仕事やめてくれるの?」

 ただの幼なじみの自分が、ブラック企業でボロボロになっていく愛しい人を無理矢理にでも救い出したいと思うのは間違っているのだろうか――そんな自問自答のつぶやき。

 

 。半分当たっていて、半分間違っている。
 実際はとある在宅ワークで収入は得ているし、細々とはしているが投資も続けている。
 これは大学一年で始め、決して大博打は打たずコツコツと稼ぐもの。ひっそりと家族にすら打ち明けず、貯金額は同年代の数十倍はあるだろう。

 そんな言ってみれば『ネオニート』である彼はその全財産を投げ打ってでも、目の前の愛しい人をつなぎ止めたかった。


 ……母経由で、彼がかなりのブラック企業に勤めているのを知ったのは数ヶ月前。
 
 盆暮れ正月であっても実家に帰ってこない。それどころか連絡もなかなかつかない。
 ようやくついても、いつも覇気のない声。聞きだした話から仕事が激務だという。

 厄介なのは、晶自身に自覚がないこと。精神的にも肉体的にも追い込まれているはずなのに。

『大丈夫』

 と繰り返す息子。
 母親は引っ越してからも親交のあった佳史の母に相談した。

「あきちゃん」

 今日は日曜。無理矢理脅しつけて休みを取らせた。
 文句タラタラでやってきた彼を眠らせる目的も兼ねて、たっぷり愛して気絶させた深夜。
 このまま明日の朝まで引き止めておけば。いや数日監禁してしまおうか。そうすれば、懲戒解雇にでもなるかもしれない。
 
「君はいつになったら、会社を辞めてくれるの」

 いつでも養ってあげられる。求められるなら、自分が外に働きに出てもいいけど、多分今の生活の方が稼げるだろう。
 
「別に閉じ込めたいわけじゃないんだよ……?」

 籠の鳥にしたい訳じゃなくて。
 救い出したいだけなのに、やっていることは恐喝と監禁未遂。
 彼は、頭を抱えてしまいたかった。

「君の幸せはどこにあるんだろうね」

 分からないから踏み出せない。
 浅い呼吸すら苦しげなその寝顔に、そっと指を這わせた。

「愛してる」

 病んでいるのはどっちなのだろうと自問自答して、夜は更ける


 
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

言い逃げしたら5年後捕まった件について。

なるせ
BL
 「ずっと、好きだよ。」 …長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。 もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。 ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。  そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…  なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!? ーーーーー 美形×平凡っていいですよね、、、、

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

処理中です...