【完結】この出会いは確かに運命だったけど

ひなごとり

文字の大きさ
21 / 54
8.6光年先の輝き

21 利用価値

しおりを挟む

 五月になると、慌ただしかった生活もだいぶ落ち着いてきた。
 一、二年の間に単位を多めに取っていたおかげで三年生になってからは大学に行く日が減り、ほぼ毎日のようにルカの仕事に同行している。数ヶ月も一緒にいればマネージャーもどきの仕事も板に付いてきて、晶は充実した毎日を過ごしていた。
 雑誌の撮影が終わり深夜をまわろうとしている時間帯、タクシーに乗り込んだ矢先にルカがスマホを見てうめいた。どうやら社長に事務所まで来るよう呼び出されたらしい。「非常識だろ」とぼやくルカは正しいが、典型的なヴァンパイアである社長は深夜に活動しているのでしかたない。生活リズムがそもそも合っていないのだ。
 運転手に行き先を伝え、自宅とは逆方向の道を進んでいく。事務所にはまだ大勢の人が残っていた。
「晶さん!」
 その中にはシオンもいた。今度アルバムを出すから忙しいのだと話していたが、この時間まで残っているのは珍しい。いよいよ大詰めというところまで来たのだろう。
「シオンくん。なんだか久しぶりだね」
「ほんとにね。あ、ルカさんもお久しぶりです」
 ルカは「ああ」と軽く会釈して、すぐ済ませてくるからと不機嫌そうに社長室へ向かっていった。
 最近は映画や雑誌の撮影といった外部の仕事が多く、ルカと同じく晶も事務所に来るのは久しぶりだった。
「まさか会えると思ってなかった。なんかあったの?」
 シオンは嬉しそうにくっついてくる。
「社長に呼び出されたらしくて」
「この時間に? まじで非常識だね……」
 十九歳のシオンにまで散々な言われ様で、晶は思わず苦笑した。
「最近じゃ人間と変わらない生活してる人がほとんどなのにさ。ヴァンパイアの能力が色濃く残ってるのなんてもう社長くらいだろうし、合わせてくれたっていいと思うんだけど」
 シオンの口から聞き覚えのない単語が出てきて、晶は首をかしげた。ルカやシオンに吸血種のことは一通り聞いたはずなのに、能力なんて単語は初耳だ。しかも今の口ぶりからしてヴァンパイアにも差があるということだろうか。
「その能力って――」
 どんなものがあるのと続ける前に、突然後ろから声をかけられた。
「月村くん、だっけ」
 シオンが驚いた顔をして晶の背後にいる人物を見ている。振り返ると、長髪の見覚えある人物――小坂が微笑んで立っていた。
「小坂さんといつ知り合ったの?」
 後ろから服の裾を引っ張られ、小声でシオンが聞いてくる。
「うーん、成り行きでとしか」
「すご。僕もろくに会話したことないのに」
 ひそひそ話していると、小坂は「仲間外れは悲しいな」と笑いながら言う。シオンは慌てて手を引っ込めた。
「そういうつもりはなくて」
「ふふ、大丈夫。それより君には悪いんだけど、月村くんと二人で話したいんだ。少しだけ外してくれるかな」
「あ、僕はもう帰るだけなので……。じゃあ晶さん、また時間合うとき話そ」
「ちょっと、シオンくん――」
 こちらがなにかを言う前に、シオンはぴゅうっと走り去ってしまった。引き止めようとした手が宙に浮く。
 お願いだから二人きりにしないでくれ。面識があるとはいえ、最悪な出会い方をしたのは間違いないんだから。そもそも話したいことってなんだ。まさか報復でもされるんだろうか。冷や汗が背中を流れる。
「いやあ、前はごめんね」
 しかし予想とは裏腹に、小坂は深く頭を下げて謝った。えっと固まってしまった晶をよそに、小坂はペラペラと喋り始める。
「久保は悪いやつじゃないんだけど、たまに暴走する時があって。そんなんだからいい演技をするのに敵も作りやすいんだ。だから私が監視役として一緒にいたんだけど、あいつのルカ嫌いは根強くてね。あのときは止められずに見守ることしかできなくて申し訳ない。もちろん危害を加えようとしたら止めてたよ。でもその前にルカが来てくれて、正直助かった」
 口を挟む隙間もない。
「それでお詫びと言っちゃなんだけど……」
 小坂は質のいいスーツジャケットの内側から革製のケースを取り出すと、長方形の厚紙を一枚抜き取って渡してきた。名刺だ。シンプルなデザインで彼の名前と連絡先が紙の中にきっちり収まっている。
「今度ヴァンパイアやダンピールの集まりを開催するんだ。君もよかったらどうかな」
 思わず二度見した。名刺と小坂の顔を交互に見て、また名刺に戻る。やっぱり意味がわからない。シオンやルカならともかく、ただの一般人を呼ぶ必要はないだろう。
「ルカさんの付き添い、ですか」
「いや、ルカは来ないだろうね。こういうの苦手だから」
「なら遠慮しときます」
「そう言わずに」
 名刺を返そうとした手をやんわりと断られてしまった。
 悪用はしないと信頼されているのだろうが、有名人の連絡先を持っているのは気が引ける。あとでルカに渡しておくか……と考えたとき、急に肩を掴まれた。びっくりして小坂を見ると、顔がさっきより近くにあって思わず目を逸らす。
「ずっとルカといるわけにもいかないだろう」
 耳元でささやかれ、背筋が凍った。
「いずれ離れるときのために、少しでも色んな人と知り合っておくのは悪くないはずだ」
 現実に目を向けろと言われたみたいだった。
 小坂は考えてみてと、呆然とする晶の肩を軽く叩いた。手にある名刺をわざわざパーカーのポケットに入れられる。
「いつでも連絡待ってるから」
 そう言い残し、小坂は去っていった。
 名刺を入れられた左ポケットがやけに重たい。自分の未来を左右する代物だからだろうか。
 いつかルカと別れる日が来たとして、そのあと自分はどうやって生活していくか考えたことは何度もあった。殺し方を見つけた場合は言うことを一つ聞いてもらう約束はある。しかし、見つけられなかった場合はどうなるのか実はまともに話したことがないのだ。タイムリミットも提示されていない。仮に数年後だとして、今の生活が終わったらルカはどうするつもりなんだろう。金輪際会えなくなるのか、それともたまに顔を合わせるくらいは許してくれるのか。どちらにせよ自分自身の将来のためにも、小坂の言うようにルカだけに固執しているのはよくないんだろう。けれど――。
「なに突っ立ってるんだ」
 思考を断ち切るように声が割って入ってきて、晶は弾かれたように振り返る。
「あ……おつかれさまです……」
 いつの間にか戻ってきたルカが後ろに立っていた。
「帰るぞ」
 さっさと歩き出す背中を追いかける。撮影現場から乗ってきてそのまま待機させていたタクシーに再び乗る。ポケットに手を突っ込むと、切れ味の鋭そうな紙が指先に触れた。
 急すぎて思考が追いついていなかったが、よくよく考えてみればこれはルカの依頼に使える。事務所の中でも古参の小坂が集めたヴァンパイアやダンピールなら、誰かひとりくらい殺し方を知ってる人がいてもおかしくはない。思いがけず宝の地図を手に入れた気分だ。これなら持っていても許されるだろうと角を撫でていると、ふと視線を感じた。隣を見るとルカと目が合った。
「……またヴァンパイアの誰かと会ってたのか」
 にらまれ、どきりと心臓が跳ねた。
「な、なんでわかったんですか」
 もしかして途中で見られていたのかとポケットの中で手を握りしめる。なんとなく、この名刺を見られるのはまずい気がした。
「家着いてから聞く」
 それきりルカはこちらを見ようともしなかった。
 微妙な空気のままマンションに着く。玄関で靴を脱いで、ふと顔を上げるとルカに見下ろされていた。鋭い視線に晶はびくりと怯える。
「それ、脱げ」
 パーカーを指差された。困惑しながらも脱ぐと、すぐに洗面所へ押し込められる。
「今すぐ風呂に入ってこい」
 どうしてとは聞けず、晶は言われたままシャワーを浴びた。パーカーを確認してみたが、汚れているところは見当たらない。一応個別で洗濯はしておくかと名刺だけ取り出し、荷物と一緒に自室へ置いた。
 バスタオルで髪を拭きながらリビングへ行くと、ルカは足を組んで向かいの席を顎でしゃくった。晶はおずおずと席に着く。
 暗い室内の中、重苦しい空気が漂った。ルカはなにも言ってこない。代わりに目線と態度で話せと促してくる。
「えっと、小坂さんに話しかけられました」
「またあいつか」
 ルカが眉をひそめ不快感をあらわにしたので、晶は焦って言葉を足した。
「でも、以前の謝罪をしてもらっただけなので!」
 しかしルカの顔はさらに不機嫌になっていく。社長に呼ばれたときから機嫌は悪かったが、今はそれ以上だ。誰に対しても基本無関心なルカがこうも他人に対して感情をむき出しにしているのは初めて見る。
「それだけなんだな」
「はい。少なくともあちらから話しかけてくることはもうないと思います」
 じろりとにらまれ、心の中を見透かされているような気分になった。ルカの瞳にある小さな星が燃え落ちてしまいそうなほど揺れている。ルカは一度大きく息を吐き、足を組み直した。
「お前に言っておきたいことがある」
「は、はい。なんでしょう」
「他のヴァンパイアにはあまり近づくな」
 そう言われて、頭の中がクエスチョンマークで埋め尽くされた。聞き間違いかと疑ってルカをまじまじと見るが、さらにいらだたしげな目を向けられる。
「小坂や久保に構ってる暇があるなら、先に依頼をこなせ」
 依頼の催促をして、ルカはリビングから出て行った。
 近づくなと言われても、その依頼のためにシオン以外との交流は必要不可欠なのではないのか。ルカが事務所に連れて行ったのだって、それが目的だと思っていたのに。
 じゃあどうやって方法を探せばいいのかと、晶は途方に暮れた。しばらくその場から動けなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

平凡な僕が優しい彼氏と別れる方法

あと
BL
「よし!別れよう!」 元遊び人の現爽やか風受けには激重執着男×ちょっとネガティブな鈍感天然アホの子 昔チャラかった癖に手を出してくれない攻めに憤った受けが、もしかしたら他に好きな人がいる!?と思い込み、別れようとする……?みたいな話です。 攻めの女性関係匂わせや攻めフェラがあり、苦手な人はブラウザバックで。    ……これはメンヘラなのではないか?という説もあります。 pixivでも投稿しています。 攻め:九條隼人 受け:田辺光希 友人:石川優希 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 また、内容もサイレント修正する時もあります。 定期的にタグ整理します。ご了承ください。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

トップアイドルα様は平凡βを運命にする【完】

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。

抹茶砂糖
BL
いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い <あらすじ> 魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。 見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。 いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。 ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。 親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。 第13回BL大賞にエントリーしています。 応援いただけるとうれしいです! ※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。 └性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

処理中です...