【完結】この出会いは確かに運命だったけど

ひなごとり

文字の大きさ
27 / 54
8.6光年先の輝き

27 ぶつける

しおりを挟む

「あ……もしかして知らなかった? 名刺渡したのに連絡来なかったから、てっきり君も一緒に行くものだと思ってた」
 晶は呆然としながら首を振った。小坂が口に手を当てて、気まずい空気が流れる。
「本当にごめん。わざとじゃないんだ」
「い、いえ。気にしてないので、謝らないでください」
 小坂は眉を八の字に下げ、顔の前で手を合わせた。
「悪いんだけどルカには言ったこと内緒にしてくれないか。伝えてないのも、なにか理由があるのかもしれないし……」
 口を開けたが、答えられず首だけ動かす。小坂はソファから立ち上がり、もう一度ごめんねと謝ってそそくさとその場を後にした。
 周囲に人の気配が消え、晶は手元の本に目を戻す。文字が滑って全然読めない。さっきから同じところを繰り返し追っている。
 ドイツに移住するなんて、知らなかった。
 この生活はまだ続くんじゃなかったのか。依頼だって終わっていないし、耐えられないと泣き言も漏らしていない。ルカとの仲も良好だと思っている。なのにどうして。ショックを受けてもう本どころじゃなくなった。両手で顔を覆う。しおりを挟まないまま、膝の上で本がぱたんと閉じた。
 どれくらい時間が経っただろう。しばらく放心してから、そっと手をどかして目を開けると、視界の端でゆらゆらと揺れる靴に気づいた。
 見覚えのある革靴にひゅっと息が漏れる。隣のソファで、ルカが足を組んで座っていた。
 全く気配を感じなかった。いつからここにいたんだろう。声をかけてこなかったのも、不機嫌そうな横顔も怖い。
「お、終わったなら帰りませんか」
 勇気を振り絞って話しかけたが、ルカはなにも言わない。
「あの……」
「お前さ」
 ルカは目をすがめて、なにかを耐えるように低い声を出した。
「また、小坂に会っただろ」
 貧血でもないのに、さあっと血の気が引いていった。

 ルカに詰められて頭の中が真っ白になったあと、晶は気づいたらルカの家の玄関にいた。どうやって家まで帰ってきたのか覚えていない。ルカはすでに靴を脱ぎ、腕を組んで自分の前に立っている。とりあえず靴を脱ごうとしたら、
「待て、ここから入ってくるな」
 目の前に手のひらを突き出された。
 晶は愕然として動きを止める。もしかして、ついに同居を解消されるのか。言いつけは確かに守らなかったけれど、ルカの依頼がバレるようなことは一つも話していない。ただ小坂と喋っただけなのに。
「なんで小坂に会ったんだ」
 一定の距離を保ったまま、ルカが聞いてくる。
「偶然です、たまたま通りがかったみたいで」
「偶然?」
 ルカは鼻で笑ったあと、はあっと大きな溜め息をついた。
「俺は誰も通らない場所を選んでお前を置いた。奥に会議室はあったが、事務所内でも使う人は滅多にいない。なのに小坂は来た。小坂はお前を探してたんだ。どんなことを話したのかは知らないが、あいつが同業者でもないダンピールのお前に話しかけるなんて、絶対なにか裏があるに決まってる」
 俺だって完全に信用しているわけじゃない。だけど小坂に言われたことが心のどこかで引っかかっていて、ずっと不安が拭えずにいた。もらった名刺はいつか使うときがくるかもしれないと捨てられずに財布の目立たないところに入れている。
「他のヴァンパイアに近づくなって言ったのは忘れてないよな。話しかけられたとしても無視しろ。それをしてない時点でお前は俺との約束を守る気なんかなかったんだ」
「明らか目上の人を無視できませんよ……」
 うつむきがちに主張すると、ルカは忌々しそうに眉を吊り上げた。
「俺がどうしてこんなに言ってるのかわからないのか?」
 ルカは一歩も動いていないのに、声と目つきに圧されて思わずあとずさる。
「俺がお前をどれだけ――……!」
 ルカが声を荒げた。しかし途中ではっと口を閉じる。
「……悪い。なんでもない」
 目をそらされ、家の中がしんとする。
 ルカはなにを言おうとしたのだろうか。続く言葉を知りたくはなかったけれど、考えてみればすぐ答えに辿りついてしまった。
 自分は邪魔で、役立たずの存在だと思われている。
 依頼の進捗は進まないのに本人は言いつけを破って遊び呆けている――もちろん遊んでいないが、ルカからはそう見えたのかもしれない――と知ったら、確かに怒りたくもなるだろう。
 ドイツに移住する話をしなかったのは、もう一緒に生活するつもりがないからだ。ルカがどれだけ待ちぼうけに慣れてるとしても依頼は早めに終わったほうがいいし、今のルカは孤立気味だった頃と違い事務所内での交流がある。他のダンピールに頼んだほうが何倍も楽だと気づいたのかもしれない。
 顔も知らない相手に胸がざわついた。その人はドイツに着いていくのだろうか。ルカを殺せるまで一生そばにいるのだろうか。羨ましくて、悔しくて、完全に終わったのに諦めきれない自分に自己嫌悪を覚える。
「……お前、どうして泣いてるんだ」
「泣いてないです」
 答えた声が歪んでしまう。
「ルカさんのように人目を気にせず生きるなんてこと、俺にはできないんです」
 ルカが眉間に皺をよせた。
「顔色をうかがって、機嫌を悪くしないよう気をつけて……そうやって生きてきたんです。じゃないと踏み潰されるから。言いつけを守らなかったのは謝ります。でも、無茶なことは言わないでください」
「お前の言いたいことはわかった。けど小坂はだめだって――」
「俺のことなんてどうでもいいんだろ!」
 見捨てるくせにまだ言うのか。カッと頭に血が上り、思ったことをそのまま口にした。瞬間、やってしまったと青ざめる。
「ご、ごめんなさい」
 とにかく謝らないと、と勢いよく顔を上げて、驚いた。ルカは眉をひそめ、顔をこわばらせていた。こんな表情を晶は初めて見た。
 今すぐルカの前から消えたくなった。残り少ない時間で最低な自分を更新し続けている。これ以上話したらまた余計なことを言うかもしれない。
「ちょっと、今日は疲れたので報告会はなしでいいですか。部屋で休みたいです」
「ああ、わかった……」
 横を通り過ぎてもなにも言われなかった。リビングには行かず急いで自室のドアを閉める。やっとひとりになって、抑えていた涙がぼろぼろと零れ落ちる。晶は久しぶりに死にたいと本気で思った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

平凡な僕が優しい彼氏と別れる方法

あと
BL
「よし!別れよう!」 元遊び人の現爽やか風受けには激重執着男×ちょっとネガティブな鈍感天然アホの子 昔チャラかった癖に手を出してくれない攻めに憤った受けが、もしかしたら他に好きな人がいる!?と思い込み、別れようとする……?みたいな話です。 攻めの女性関係匂わせや攻めフェラがあり、苦手な人はブラウザバックで。    ……これはメンヘラなのではないか?という説もあります。 pixivでも投稿しています。 攻め:九條隼人 受け:田辺光希 友人:石川優希 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 また、内容もサイレント修正する時もあります。 定期的にタグ整理します。ご了承ください。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

トップアイドルα様は平凡βを運命にする【完】

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。

抹茶砂糖
BL
いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い <あらすじ> 魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。 見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。 いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。 ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。 親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。 第13回BL大賞にエントリーしています。 応援いただけるとうれしいです! ※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。 └性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

処理中です...