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8.6光年先の輝き
29 豹変
しおりを挟む「ここまでくれば大丈夫かな」
薄暗い廊下の先にあった部屋へ押し込まれ、晶はやっと腕を解放された。掴まれた方の腕が少しだけ痛い。
小坂に連れていかれた部屋は狭い会議室だった。テーブルと椅子でスペースが占領されて窮屈で、小坂との距離が自然と近くなる。
「えっと、あの、ありがとうございます」
とりあえず礼を言うと、気にしないでと愛想のいい笑顔を向けられた。
「……ごめん、私が余計なこと言ったからだね」
晶の赤くなった目元を覗き込みながら、小坂は申し訳なさそうに眉を下げた。
「移住のこと、あれからなにも聞いてないんだろう。前から計画してたらしいから俳優の中じゃ有名な話だったんだけど」
自分だけが知らされていないという事実に、消えたはずの痛みがまたやってくる。一番近くにいたはずの自分がどうして全くルカをわかってないんだろう。
「全然、そんな素振りもなかったのに」
「もしかして、ルカが君を他のヴァンパイアから遠ざけてたのは……移住の件を知られないためだったのかもね」
慰めるどころかむしろトドメを刺してきた小坂の答えは、妙にしっくりきた。他のヴァンパイアに近づけさせないのはそれが理由だったのか。小坂と喋っただけで怒られるなんて理不尽だと内心思っていたが、ルカの行動は正しかったのだと今の状況が教えてくれている。
「それで、月村くんはこれからどうするつもりなの?」
ふいに降ってきた小坂の問いに、晶はうつむく。
「移住するまでそばにいるなんてつらいだろう。そんなことしなくていいんだよ」
そう言うと、小坂はジャケットのポケットからスマホを取り出し、スケジュールアプリを起動させた。
「新しい相手を探すのも手じゃないかな。前に話したヴァンパイアやダンピールの集会は覚えてる? 定期的に開いてるから、そこで出会いを探すのでもいいし」
ほら、と予定が詰め込まれて色とりどりになった毎月のスケジュールを見せられる。赤色で強調された『集会』は、ちょうど明日の日付に書かれていた。
「ああほら、明日なんか知名度のある俳優が数人来るんだ」
名前の連なったメモが目前に差し出される。ルカの仕事に同行するようになってから芸能界の勉強をしたので、有名な俳優はまあまあ把握している。メモには見たことのある名前ばかりが載っていた。
……新しい出会いか。
確かに失恋した挙句、片思い相手に見捨てられる自分には一番必要なことかもしれない。物語でも、主人公の状況は良くも悪くも新しい出会いによって一変する。どんな方向に進むかは現実では不透明だけれど、行動しなければ自分は今度こそ孤独になってしまう気がした。
晶にとってのルカは、どんなに苦しくても離れたくない人だった。諦めようとして、諦めきれなかった人。そう思うのは自分の世界がこの会議室のようにひどく狭いせいなのかもしれない。箱庭のように閉ざされた世界は本来誰も立ち入ることができないが、ルカだけは拒む間もなくずかずかと入ってきて当然のように居座っている。狭い空間では嫌でもルカの存在が目に入り、意識が彼へと引っ張られてしまう。世界を広げるか、新しい相手を見つけるか。未来の自分を救うにはどちらかが必要不可欠だった。
幼い頃からの夢を叶えなくては、今まで頑張って生きてきた意味がなくなる。離れたくないという自分自身の意志など関係なく、ルカとは一緒に暮らすことはできない。だから、出会いを求めて小坂の誘いに乗るべきなのだ。そうだとわかっているのに――。
「やっぱり、いいです」
メモを返すと、小坂が驚いた顔をした。
「どうして」
「俺はただの一般人ですし、相手にされないに決まってます。誘っていただいたのに、すみません」
晶は深く頭を下げた。視界の端にはだらんと下がった小坂の腕が見える。
「皆、そんなの気にしないよ」
「いえ、俺が気にしちゃうので。本当にすみません」
ルカ以外、やっぱり自分は考えられない。ルカの代わりとなる人が現れる気もしなかったし、仮にいたとしても相手に失礼だ。初恋を忘れようとして出会いを求めるなんて、そもそもが間違っている。
「……そうか。残念だな」
頭を上げると、小坂はなんともいえない顔で自分を見ていた。
「でも仕方ないね。本人の意思を尊重しよう」
「ありがとうございます。話だけでも聞いてくれてすごい助かりました」
完全に吹っ切れるまで、ルカへの気持ちは大切に抱えて生きていこう。幸い寿命は何百年もあるのだから、きっといつかは浄化するはずだ。
だいぶ落ち着きを取り戻すと、パンツの尻ポケットに入れていたスマホが震えているのに気づいた。そういえば、シオンと会う約束をしていたのをすっかり忘れていた。
「俺そろそろ戻ります」
ぺこりと頭を下げ、急いで会議室から出ようとドアノブに手をかけた。
瞬間、晶はその場で膝から崩れ落ちた。力が入らない。ぐわんぐわんと頭が回る。
「あ、あれ……?」
満足に動かせない身体にパニックを起こしていると、突然甘ったるくてきつい匂いが狭い室内に充満し始めた。
咄嗟に口を押さえる。気持ち悪い。吐きそうだ。
晶はついにその場で倒れ込んだ。硬い床に頭をぶつけて視界に星が飛ぶ。意識を失う直前、小坂は鬼のような形相で、こちらを見下ろしていた。
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