【完結】この出会いは確かに運命だったけど

ひなごとり

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血を飲み干すまで

38 それでも日々は回っていく

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【血を飲み干すまで】



 部屋で本を読んでいると、玄関のドアが開く音がした。
「晶さーん、ごめんけど運ぶの手伝ってー」
「待って、今行く」
 しおりを挟み、早足で玄関に行けば、シオンが大きく膨らんだバッグを二つ抱えていた。
「どうしたの、その荷物」
「仕事で使った衣装買い取った! どれもめっちゃ良くて」
 にこにこと嬉しそうに笑うシオンに釣られて笑みがこぼれる。
「いつものところに持ってけばいい?」
「うん。お願いします!」
 片方のバッグを受け取り、衣装ケースのある部屋まで運んでいく。
 シオンは大の洋服好きで、彼の自宅には衣服専用のスペースがあった。バッグを置き、慎重に服を取り出す。長袖の可愛らしい上着だ。冬物の雑誌撮影だったのかなと思いながら次々とハンガーにかけたり、タンスに仕舞い込んだりしていく。初めはどれをどこに置くかいちいちシオンに聞いていたが、シオンと暮らすようになって二ヶ月、この作業も慣れてきてかなり楽しくなっていた。
 晶は現在、シオン宅でルームシェアをしている。
 ルカの家を飛び出したあと、晶は全財産の入った鞄を抱きかかえながらふらふらしていた。誰もいない自分のアパートに戻るのは嫌で、だからといって行くあてもない。そろそろどうにかしないと死んでしまいそうな暑さに限界を感じ始めた頃、シオンから一本の電話が来た。
『最近会えてなくて寂しかったから電話しちゃった。今時間ある?』
 あまりにも純粋な第一声はボロボロになった心に効いた。外なのに涙が止まらず、驚いたシオンは迎えに行くからと近くのコンビニを指定し、程なくして晶を迎えに来た。原因を察したのか理由は聞かれなかった。
 シオンの家へ連れていかれ、泣き腫らした目を冷やされながらごめんと謝ると、
「今日はこのまま泊まっていきなよ」
 と笑ってくれたシオンはまさに聖人だった。
 それから朝になってぼんやりと事情を説明しながら、出された朝食を食べた。パンにサラダ、ヨーグルトと揃えられた食卓はルカと違って健康的だ。
「このあとどうするの?」
 家まで送ろうかと聞かれたとき、思わずひとりは嫌だなあとこぼした。ひとりになったら余計なことばかり考えてしまいそうで、そうなったとき自分がどんな行動に出るかわからなかった。今の俺は感情が制御できていない。
「じゃあさ」
 シオンは名案を思いついたと言わんばかりに顔を輝かせた。
「僕んちでルームシェアしようよ」
「えっ」
「学生っぽいことしてみたかったんだよね。大学生といえばルームシェアじゃない?」
「いや、そんなことないけど……」
「そうなの?」
 うなずくと残念そうに口をとがらせる。
「でもしたい」
「気持ちは嬉しいけど、申し訳ないよ」
「僕は気にしないけどなあ。ルカさんの家と比べたらそりゃ狭いけど、布団もあるしゲーム機もあるよ」
 ほらと指さされたテレビには最新型のゲーム機が置かれている。
「俺あんまりゲームやったことないから……」
「気にしないし。休日に夜更かしして一緒にやろ!」
 シオンの部屋は白いフローリングに淡い色のラグが敷かれ、開かれたカーテンから差し込む真夏の日差しで部屋全体が明るくなっている。物も多く、キッチンには調味料がたくさん置かれていた。生活感のある空間を新鮮な気持ちで眺める。
「ね、絶対楽しいよ」
 晶の承諾をもらおうと必死にテレビの動画配信アプリを開いたりするシオンの姿につい吹き出す。年下の男の子に気遣われている不甲斐なさはあったが、元気づけようとしてくれる存在がいることに安堵を覚えた。気兼ねない友人と呼べる存在が自分にもできたのだと嬉しさが込み上げてくる。
「じゃあ……お言葉に甘えて」
 同年代の同性とのルームシェアは予想以上に楽しかった。ダンピール同士の結束感もそうだが、どちらも学生時代の青春には無縁で憧れがあったというのもある。シオンはルカよりスケジュールが詰まっていることもないので、夜遅くまで遊ぶことができた。時間が合えば電車に乗って大学に着いてくることもあるし、寂しさはほとんど消えていた。
「明日は朝から仕事だから早めに寝るね」
「わかった。俺も大学あるし、すぐ寝ようかな」
 シオン手作りのカレーを食べながら、晶は時間割を確認する。必修単位のゼミが一限からあるせいで、一週間の中でも水曜日がとても憂鬱だった。
「そういえば晶さん、午後は空いてる?」
「うん、授業は一限だけだし」
「午後から事務所行くんだけど、一緒にどうかな」
 嫌だ。
 顔に出てしまったのか、シオンは笑いを堪えるように顔を背けた。
「ルカさんに会いたくないんでしょ」
「……うん」
「そこは大丈夫。最近、あの人事務所にほとんど来ないから」
「どうして?」
「ちょうど晶さんがうちに来てから仕事再開したんだよ」
 なんだよ、それ、と顔が歪む。まるで俺への当てつけみたいじゃないか。やっぱり俺がいたから仕事が満足できなくて、邪魔だと思われていたのかと深く傷つけられる。
「ルカは相変わらず順調そう?」
 傷ついている自分を隠したくて、へらりと笑いながら聞いてみた。
「いやあ、どうだろう。前よりずっと忙しそう」
「ふうん……」
「復帰してから、来た仕事は全部受けてるんだって」
 晶はまばたきをした。マネージャーもどきの一環でルカの過密なスケジュールは把握している。本人は「これでもいくつかは断ってセーブしている」と言っていたが、あのときからすでにワーカーホリック気味だった。だというのに、全部? 断らずに引き受けているのか?
「だから事務所に来ても問題ないよ」
 それはそれでどうなんだろう。
 モヤモヤしていると、綺麗に食べ終わったシオンが両手を合わせた。
「ルカさんのこと、気になる?」
 気にならない、と言ったら嘘になる。でも合わせる顔がない。なにも言わずに飛び出してから、会っていないどころか連絡すらしていなかった。最初は意地で、そしてだんだん時間が経つにつれ気まずくなって、結局メールのひとつも送れていない。ルカからも一向に連絡はないから、完全に捨てられたんだと思う。
 口をもごもごとさせていると、シオンは言いづらそうに口を開いた。
「実はさ、晶さんを家に招いたあとすぐにルカさんに連絡したんだよね」
「……初耳なんだけど」
「しょうがないじゃん。事務所の決まりで保護対象の場所は逐一報告しなきゃいけないんだよ。いなくなったら困るしね」
 連絡が来ないのも、無事を確認できているから――なのだろうか。つい自分本位の期待をしてしまうが、だとしても連絡をしない理由にはならないだろう。
「それで、事務所には行くの、行かないの」
「まだ、心の準備が……。滅多に来ないって言ったって、鉢合わせする可能性もあるし。だったら事務所には行かな――」
「まあ、社長に頼まれたから引きずってでも連れて行くんだけど」
「ひ、ひどい」
「僕だって無理強いしたくないよ。でも雇われの身だから無視できないの」
 そう言われたら言い返せない。実際晶もシオンと同じく雇われているから、はなから拒否権はなかったのだ。明日の事務所行きは完全に決まってしまった。
「でもさ、正直、ふたりは一度話し合うべきだと思う」
 どこかで聞いたことのある台詞が耳を刺激する。
「せめて自分からどこにいるか伝えるべきだよ」
 シオンの切実な声にグッと唇を噛みしめる。わかってる、わかってるけどできないんだ。ボタンを一個押すだけなのにその一歩が踏み出せない。小さな行動ひとつで、ルカとの距離がさらに遠ざかってしまいそうでおそろしい。
「……社長はなんか言ってた?」
 最後の足掻きで話題を変えてみた。
「仕事の話だから安心して、だって」
 なにもかも見抜かれているようで気まずい。最後に会ったのは話し合うべきだと忠告されたときで、その日の夜に自分たちは崩壊してしまった。
「はあ……」
 呼び出して一体なにを言うんだろう。一限のゼミと事務所のダブルコンボで、明日がさらに憂鬱になってしまった。
「あ、ほら、明日の用事終わったら映画観ようよ」
 いじけたように見えたのか、シオンが機嫌を取るようなことを提案する。年下なのに気を遣えるいい子だなあと思いながら、断る理由もないのでうなずくと、シオンはほっと胸を撫で下ろしていた。

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