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血を飲み干すまで
49 話し合いの末に
しおりを挟む母が淡々と話してくれた内容は想像以上に壮大で、とあるヴァンパイアの独りよがりな劇だった。
母親の一族、つまり自分たちの祖先は一人のヴァンパイアによって歪められていた。不老不死に魅入られた一族はあることを条件にそのヴァンパイアとの間に子供をもうけた。彼の言う条件とは、「自分と同じ髪色の子が産まれたら『ある人物』と接触させる」こと。
一族のもとに生まれた母親は、不老不死を願い不気味な実験や政略結婚を繰り返す家族に辟易して逃げ出したという。実家を離れ一人で暮らし、職場で出会った男性と恋に落ちた。しばらくして二人は結婚し、子供を授かった。彼女は幸せだった。一族の記憶も薄れ、愛する家族ができたことに幸福を感じていた。しかし生まれた子供の、赤ん坊にしては多い毛量の髪色を見て、彼女は絶望する。母親とも父親とも似つかないくすんだブロンド。直接会ったことはなかったが、両親に何度も聞かされたヴァンパイアの髪色と同じ色だった。
血筋という切っても切れない関係に母親は絶望した。父親のおかげで精神は保っていたが、その最愛の人が亡くなると途端にバランスが崩れる。自分の子供がヴァンパイアではないか。あれだけ毛嫌いしていた存在に我が子がなってしまった罪悪感。息子とどう接すればいいか、わからなくなってしまった。
それでもようやく自分の中で折り合いをつけられそうになった頃。今度は親族から連絡が来るようになった。子供を産んだのではないかと嗅ぎつけられたのだ。あの一族に見つかったら子供がどうなるか、母親は想像もしたくなかった。自分のせいで見つかるわけにはいかないと、息子の一人暮らしを機に音信不通になった。
「だから家にもほとんど帰らなかったの」
「…………」
「この行動が正解だったかはわからない。でも、もしもを思うと怖かった」
ごめんなさいと涙ぐむ母親を前に、晶はどうすることもできなかった。恨んではいない。むしろ、自分が二十年経つまで気づいてやれなかったことに悲しくなった。滅多に顔を合わせなかったとしても月に数回は機会があったし、話そうと思えばできたはず。家族なのにまるで赤の他人だ。
「俺……臆病になりすぎてたんかな」
「私だって臆病だった」
「じゃあこれは母さん譲りか」
なにそれ、と母親は笑う。笑顔なんていつぶりだろうか。もしかしたら初めて見るかもしれない。頬にえくぼがのぞく、綺麗な笑顔だった。
午前中のうちに実家へ来たのに、話が終わった頃にはもう日が暮れ始めていた。玄関で靴を履いていると後ろから母親の心配そうな声が投げかけられる。
「本当に泊まっていかなくていいの?」
「まだ明るいから大丈夫。それに、待たせてる人がいるから」
そう……と返ってきた細い返事に悪いと思いつつも、これ以上長居するつもりはない。待たせている人がいるのは本当だし、帰って一刻も早く会いたかった。
自分の出自を聞いたあと、母親とは今後の話をした。ずっと音信不通で冷え切っていた親子関係について。
晶は素直に全てを話した。ぶちまけたと言ってもいい。寂しかったとか、色々。話さなくてもいいことを言ってしまったかもしれない。でもこの話し合いは自分たちにとって必要不可欠だった。母にしかわからない感情、父親との思い出話も聞き、その上で自分たちは今まで通りの関係でいようと決めた。干渉もせず、でも必要なときに連絡は取れるように。
「じゃあ、そろそろ行くよ」
「……さよなら、晶」
「うん。さようなら」
別れの挨拶をしながら顔を上げて、唐突に気づいたことがあった。ちょっと寂しそうに眉を下げた母親の目元に皺がある。互いに腹を割って話せるまで、かなりの月日が経ってしまったのだとようやく実感した。
玄関扉を開けて帰ろうとした直前、あっと母親が慌てて廊下を走って家の中に戻っていった。しばらくして、母親がなにかを手に持ちながら帰ってくる。
「子供がいるなら渡すよう言われていた手紙があるの」
白くて四角い封筒を忌々しそうに一瞥してから、あなたには必要かもしれないと渡してくれる。封筒には少し崩れた日本語で『名も知らぬ君へ』と書かれていた。
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