【R18】魔女が愛に溺れる月夜まで【完結】

双真満月

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第五幕 永遠の愛

5-2.魔女裁判

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 悔恨に苛まれるトゥトゥナを無視し、無慈悲に馬車は勢いよく進む。皇領市こうりょうしに入った。

 人々の喧噪、笑顔、そんなものどうでもよかった。何事かとこちらを見るものも多くいたが、視線を気に病むこともできない。

 ――今、私が死ねば誰にも事実を告げられないわ……。

 死を選べば少なくとも、シュテインの枷にはならないだろう。けれど知ったことを教えることもできなくなる。舌を噛み切ったとしても、血で溺死できるかの不安もあった。

 何より、次の輪廻で間違いなくギュントは自分に狙いを定めてくるはずだ。シュテインが教師として赴任してくる可能性は高い。だとしても、繰り返す事実を信じてくれるか、それを無事彼に伝えられるかわからなかった。

「先に言っておかねばなるまいな。魔女たる君は雪冤せつえん宣誓せんせいも決闘裁判もできぬ。今回わたしが集めた神官たちも、全員が保守派だ。スネーツ元男爵の件はすでに伝えてある。刑はすぐに執行されるであろう。拷問にかけるような悠長なことはせぬ」
「……スネーツ元男爵を狂乱に貶めたのも、あなたですね」
「スネーツだけではない。ルノ……ダリエもそうだ。否、ダリエは元々狂っておったのかもしれぬな。おかげでいい手駒になってくれた。好いた男を亡くした女の狂気。わたしも恐ろしいと思ったものよ」

 悪びれずに笑むギュントを、トゥトゥナは気丈に見据える。

 わかるものか。こんな男に愛などわかるはずがない。他者を道具としてしか見ない、弟すら手にかけるような人間に。ダリエの悲しみも、怒りも、駒として使う分際で何が狂気だ。

「本当に狂っているのはあなたです。人の心まで利用して……!」
「少数の人間など気にすることもできぬ。わたしが見るのはこの国全体のこと。多くの民、国の安寧のために切り捨てられるなら、本望だとは思わぬかね」

 平然としたギュントの言葉に、カルゼやリッケルたちのことを思う。彼らはどうなる。人としても扱われない彼らは。ギュントはそれすら雑草と切り捨てて、温室育ちの花だけを愛でて生きていくのだろう。腐敗にも、貧困すらにも蓋をして。

「ザインズール……わたしが一生を捧げるにふさわしい神。そして、国。わたしは幼少の頃からザインズールに仕え、国のために尽くし続けてきた。ただ一心に、ひたすらに……だのに、現実はどうだ。この歳で聖印すら出ない事実。そんな世界などわたしは認めぬ」
「あなたは綺麗な面しか見ていません。華やかな世界で生きる人だけがいる国を憂いたからこそ、ザインズール聖龍神が全てを変えようとお考えになったのでしょう。革新派のリシュ卿は正しく聖印をお持ちです。それが答えだと、どうして気付かないのですか?」
「……魔女程度がよくさえずる。この国の何もかもを知った風にうそぶくものだな」

 トゥトゥナの追求にギュントは思うところがあったらしく、眉間に皺を寄せた。

 畳み掛けようとトゥトゥナが身を乗り出した瞬間、馬車が止まった。視線を外にやる。

 漆喰の黒い建物が目の前にあった。巫女の座学で習ったから知っている。こここそ、魔女と疑わしきものが連行される牢獄、そして裁く場所だということを。

 周辺には少し人だかりができていた。野次馬たちの前には、ギュントの私兵が道を作るように並んでいる。黒塗りの石畳が、とても暗くトゥトゥナには見えた。

 馬車の扉が開いた。体を震わせるトゥトゥナを見て、ギュントが表情を消す。

「話はここまで。……連れて行け。すぐに裁判を行う」

 兵がトゥトゥナの縄を乱暴に引っ張った。痛みで顔が歪む。馬車から無理やり連れ出され、見世物のようにゆっくり歩くことを余儀なくされた。

 辺りからは巫女が? という疑念の声が響く。ギュントが馬車から降りればさざめきが衆人たちを伝い、すぐに驚愕と興奮の歓声に変わった。

 トゥトゥナは叫びたかった。この場で斬り殺されても、知った真実を暴露したくて堪らなかった。だが、町人が見るのは既視感にも似た夢程度だ。それに魔女の戯言、と一蹴されるに決まっている。ギュントを告発するのに一番いい場所はどこだろう。

 ――裁判でしかないわ。発言が許されるかわからないけれど……信用なんてされないでしょうけど。

 まだ、自分には切り札がある。カルゼ――彫り師という切り札が。聖印を偽ったであろう事実はギュントにとっても痛手のはずだ。それを信じてもらうにはどうすればいいのだろうか。

 建物内に入る。饐えた匂いが少しする、松明の焚かれた薄暗い建物へ。見張りと思しき神官兵が冷たい視線を向けてきていた。それでもトゥトゥナは、ギュントを告発することしか考えられない。

 左右にある地下へ続く階段からは、亡者のような声が谺していた。すすり泣く声、悲鳴、懇願。どれもがトゥトゥナの胸を痛ませる。

 拷問を受けることは避けられたが、裁判が終われば待っているのは死だ。ギュントのことだから、すでに火炙りの準備もしているかもしれない。

 暗がりの中、兵に引きずられるようにして歩く。そのつど手首がひりひりと痛んだ。

 松明のかがり火が爆ぜ、正面にある扉を煌々と照らす。木でできた両開きの扉だ。槍を持った神官兵がギュントへとうなずき、押し開ける。

 中は広かった。それに、トゥトゥナが思っていた以上に明るい。

 木造の広間には、中央に被告が立つと思われる簡素な証言台がある。それを囲むようにして高いところに作られた場所には、十一名の神官が椅子に腰かけていた。誰もの目付きは鋭く、さすがのトゥトゥナも尻込みする。

 ――負けてはだめ。時間を稼がなくては……。

 シュテインが何か策を講じてくれるまで、と自分に言い聞かせ、体の震えを抑える。

 普通、証言台の近くには町人がいるものだが、用意されている粗末な椅子には一人しか座っていない。巫女の服を着たダリエだ。

 トゥトゥナは軽く視線をやる。ダリエの顔色は悪かった。青白く、翡翠色の瞳は潤んでいる。トゥトゥナと顔を合わせたダリエは、ばつが悪そうにすぐに顔を逸らした。

 トゥトゥナは何も言わなかった。彼女が自分を告発することに後ろめたさを感じているのは、見ただけでわかる。もしかしたら、トゥトゥナが裁判にかかることまでは予見していなかったのかもしれない。

 ――彼ならやりそうなことだわ。ダリエを骨の髄まで利用する気なのね。

 憤るトゥトゥナを、兵が証言台に立たせた。縄の先は傍らに立つ兵士が持っている。

 扉が閉まると、白檀の香りが焚かれていることにはじめて気付いた。天井からぶら下がった香炉から、白い煙が流れて室内に充満している。

「それでは魔女裁判を行う。被告人の名はトア、いや、トゥトゥナ。相違ないな」
「……はい」
「告発人はギュント=ヴィシュ=トトザール伯爵代行。間違いありませんな」
「間違いなく。そしてここにいる我が巫女、ルノも告発人の一人」

 ダリエの側に立つギュントがうなずいた。ダリエは何も言わない。うつむいたままだ。

「この書状によると、スネーツ元男爵を、夫アロウスがいる身でありながらふしだらに誘い、また闇医者としてドルナ村で医療行為を行っていたとある。それを揉み消したのは……次の龍皇として選ばれたシュテイン=リシュ=トトザール卿」

 読み上げられていく告発状に、トゥトゥナは歯を噛みしめた。

 ――シュテインすらも貶めようとしてるなんて……!

 これもギュントの計画なのだろう。シュテインを殺せなければもう一度、選挙を行う状況に持ち込もうとしているのだ。自分はシュテインの巫女。その巫女が魔女だと断罪されれば、龍皇りゅうおうの座は危うくなる。

 それだけではない。ギュントはトゥトゥナを使って、シュテインの地位を抹殺しようとしている。あとは煮るなり焼くなり、だろう。そんなことは許せはしない。

「告発状には嘘があります。確かに私は闇医者ではありましたが、他のことは全て捏造です」
「魔女に発言権はない。口を慎め」

 木槌が打ち鳴らされるが、トゥトゥナは構わず声を張り上げた。

「いいえ、黙りません。証拠も証言も、全部が嘘。トトザール伯爵代行の捏造です……!」
「君は今の発言がどれだけ重いものか自覚しておるのか? 我が家名を侮辱しただけでなく、わたし本人の名誉すら傷付けていることを」
「トトザール伯爵代行……いえ、ヴィシュ卿。あなたには龍皇になる資格はありません。その右手の聖印。それは彫り師に彫らせた偽物ですね」
「ほう」

 一瞬、周囲がざわつく。しかし言われた当人、ギュントは不愉快そうに片眉を釣り上げるだけだ。この瞬間を逃さない。トゥトゥナは畳み掛ける。

「カルゼという彫り師がいます。彼は命を狙われていました。今はシュテイン……いいえ、リシュ卿に保護されていますが。彫り師から話を聞いて下さい」
「面白い戯れ言だ。しかし、大胆であり馬鹿げた話でもある」

 ギュントが数歩、前に出た。トゥトゥナの眼前に立った彼は、まるで役者さながらに辺りを見渡し、ゆったりと両手を広げる。

「我が手の聖印を偽物呼ばわりなど、ザインズール聖龍神も侮辱したも同じ。そして何より闇商売のものと通じていたという事実! それこそこのものが魔女である証しともなりましょう」

 芝居がかった口調のギュントに、神官たちはやや迷った様子だがうなずいた。

「聖龍神をも蔑む魔女、トゥトゥナに断罪を!」
「トトザール伯爵代行のお言葉、重く受け止めよう」

 カン、と木槌が一斉に大きく打ち鳴らされる。

「トゥトゥナをここに、死罪とする」
「まっ……」

 抗議の声を上げようと、トゥトゥナが身を乗り出した直後だった。

 背後が騒がしくなる。誰かが誰かと争う声、音。香炉が揺れるほど激しい物音がし、扉が勢いよく開かれる。

「そこまでだ、ヴィシュ卿」
「シュテイン……!」

 扉の向こうには、イスクたちを伴ったシュテインが、いた。
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