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第一幕 千歳の世界
3.退屈で幸せな日常
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「いらっしゃいませー、秋物、二十パーセントオフになってまーす」
「二十パーセントオフでーす」
客が崩した服をせっせとたたみながら、あたしは同僚の声を復唱した。
あたしが勤める店はコンサバ系、ベーシック系の服を主に扱っていて、ファッションビルの中に店舗を構えている。売り上げは良し。ついでに給料も。
売り場の中央を通るとき、鏡で自分の姿を軽くチェックしておく。
ショートボブの茶髪。カットシャツと白のカーディガンに、少し長めのタイトスカート。メイクは薄めだけどちゃんとしてある。顔つやもいい。
これもひとえに、昨夜の五発が効いてるのか。なんかの本で読んだんだけど、セックスすると主に四つの脳内物質が出るらしい。それが確か女性ホルモンにいい作用を及ぼすんだとか。途中で読むのをやめたから、本当かどうかは知らないけれど。
今の時刻は十三時ちょうど。玲は今頃、昼食を取り終えたところだろうか。玲の会社はフレックス制と聞いているけど、実際アイツがどんな仕事をしているのかよく知らない。向こうも多分、あたしの仕事には興味がないだろう。
そんな感じでも、あたしとアイツの関係は崩れることはない。程よい距離感、関係性は今のあたしにとってストレスフリーだ。
そんなことを考えつつ、バックヤードで品物の管理をしていたとき、店長が軽く顔を覗かせてきた。
「芹川さん、昼食行ってきていいよ」
「あ、はい。わかりました」
会釈をして財布の入ったバッグを持つ。同僚たちに笑顔を返しながら、あたしは店を出た。
ビル内には喫茶店とそば屋くらいしかない。軽食を出しているから喫茶店でも問題はないだろう。給料日はまだ先だし、食費を抑えておくのもやりくりの一つだ。
近くのエスカレーターに乗って、地下二階の喫茶店へ赴く。今日は平日ともあってあまり混雑はしていない。高年齢層のおばさまたちはよく見かけるけど。
喫茶店に入り、お世辞にも座り心地はよくない椅子に腰かけたとき、見慣れた後ろ姿があることに気がついた。
(……玲だ)
なんでこんなところに。と、あたしは一瞬、苦虫を噛み潰したような顔をしたかもしれない。知らない男の人と、ノートパソコンを挟んで何か話しているように見える。
それから、ここいら界隈で喫煙席があるのは、この喫茶店くらいしかないことにようやく思い当たった。多分何かの打ち合わせをしているのだろう。よく観察すれば、相手の男性が煙草を吸っているのもギリギリ見えた。
玲は吸っていなさそう。本当に仕事では吸わなくても平気なんだな、と感心して、店員にミートソーススパゲッティのランチセットを注文する。
カルキ臭がする水を飲みながら、携帯を出す。それでも、どうしても意識が玲の方にいってちょっと落ち着かない。
いやいや、仕事やプライベートではアイツは別。入る余地をあたしは持たない。持っちゃいけない。確かに玲は男前でセックスも上手い。性格だって、偉そうだけど実は可愛いところがあることを知ってる。
それでも、恋とかになっちゃだめなのだ。あくまでアイツとあたしはセフレでいい。むしろそっちの方が、アイツにとっても都合がいいだろう。
あたしはどうやら、男を甘やかしてつけあがらせる悪癖があるらしい。女ではなく、まるで母親だと元彼には言われた。二股かけてたくせに良く言うよ、とも思ったが、ぐうの音も出なかった。
重い女だという自覚はちょっとある。実は尽くすタイプだとも。友達は家庭的だと褒めてくれるが、それで振られてちゃなんの意味もない。
ああ、いかんいかん。こんなことばかり考えていたら暗くなる。
運ばれてきたアイスコーヒーを飲み、思い出した嫌な記憶を頭の隅に追いやった。
玲の背中から目を離し、携帯をチェック。こういうときに友達が連絡してくれればいいのに、残念ながらそれもなかった。SNSでも見ようか、そう思ったときだ。
――玲から連絡が来た。
玲:今日会えるか
簡潔なメッセージに、あたしは顔を咄嗟に上げる。玲と一緒にいたはずの男性が、手洗いにでも行ったのか今はいない。
それにしても、二日連続であたしを呼ぶのは珍しい。週一ペースがほとんどだから驚いた。少し迷って、あたしも返答する。
千歳:今日は空いてるけど、腰立たない
玲:飯おごるぞ
くっ。あたしの弱点を的確に見抜いてやがる。そんなにヤリ足りなかったのだろうか? ご飯を一緒にしようだなんて、意外な申し出だ。食欲旺盛な部分を、玲に知られたのが悪いともいえるけど。
考えること約三十秒。あたしは食べ物に釣られた。
千歳:お肉食べたい
玲:わかった。セントラルビルで十九時
千歳:うん
既読がついて、それでやり取りは終わった。タイミングよく、玲の仕事相手と思しき男性が席に戻ったのを確認する。あたしのテーブルにはスパゲッティが運ばれてきた。
玲はあたしには気づいていないようで、仕事相手と談笑しながら喫茶店を後にする。なんとなくほっとしつつ、あたしは心置きなく食事をはじめた。
空気みたいな間柄、それが今、心地いい。
※ ※ ※
仕事が終わり、夜。周りの明かりで星も見えやしない。
あたしが勤める店のビルから、セントラルビルまでは少し距離がある。でも、歩くのは嫌いじゃない。三十分かかるわけでもないし、徒歩で人混みの間、流れるようにそこへ滑りこむ。
夜になるとこの時期、やっぱり寒かった。秋っぽい冬という季節はどうも苦手だ。着るものにも悩むし、何よりこう、胸の奥がむず痒くなっちゃう。
薄茶のストールに顔をうずめ、冷気を遮断して足を速めた。店舗を彩る電飾、服を着て並ぶマネキン、そんなものに視線をやりながら、オフィス街の区画に入る。まだ仕事をしている会社が多いのか、比較的辺りは明るい。
低い踵の靴音を鳴らし、しばらくすると、ここいらで一番大きいビルの入り口に辿り着く。
そこにはもう、玲がいた。黒いスーツにベージュのコート、少し大きめの鞄。どれもがブランドもので、センスがいい。見目がいいから何を着ても似合うんだけど。
周りに玲へ話しかける誰かがいないか確認し、それから小走りで彼の元に寄る。
「ごめん、待った?」
「別に。今来たところだ」
あたしを見下ろす玲の様子は、もうプライベート状態だ。どこか傲慢なライオンみたいな雰囲気がある。打ち合わせのときに出していた和やかさ、そんなものは微塵もなかった。
あたしの身長も低い方ではないけれど、玲はかなり身長が高い。一八〇センチ以上あるんだっけか、確か。鋭い眼光で射貫かれて、でも臆するようなあたしじゃない。
玲は組んでいた腕をほどく。とはいえ、別に手を繋ぐために降ろしたわけじゃないはずだ。恋人じゃあないし、そんなことをする必要はどこにもない。
「今日はどんな店、連れてってくれるの?」
「肉専門のバルがある。少し遠いからタクシーで行くぞ」
「タクシー代、半分出す」
「大人しく乗っておけ。給料日前だろ、お前」
「だけど、奢ってくれるんでしょ? アンタだってまだ給料日じゃないだろうし」
お金を使わずにすむのは何よりだけど、とあたしは眉を顰めた。そんなあたしを見てか、玲は不敵に笑う。
「たまには甘えろ。男に恥をかかせるな」
「……わかった」
渋々うなずいて、玲が止めたタクシーに乗りこんだ。
甘えろ、と玲は言う。でもあたしには、その甘え方がわからない。よくテレビや雑誌で見かけるあざとい女には到底なれそうにもなくて、こっそりため息をついた。
隣に座った玲が行き先を告げると、タクシーは静かに走り出す。知らない道を行くのは楽しい。子供のときからそうで、すぐに機嫌が直るのはあたしの長所の一つだ。
まあ、肉は食べよう。せっかくの奢りだ。玲が選ぶ店はどれもお高い。この機会にじっくり味わっておくのがいいだろう。
あたしは玲と会話もせずに、流れる夜景を眺めていた。あたしはあまりしゃべる方じゃないし、それは玲も同じ。いや、玲の話術はあたしをナンパしたときみたく巧みだから、もしかしたら話し好きなのかもしれないけれど。
それでも、あたしに気遣ってなのか、こうして黙ってくれるのはありがたい。何を話したらいいのかさっぱりわからないし、プライベートに首を突っこまないこと、それは二人の関係のルールでもある。
昔は好かれようとして、できた彼氏へ必死に媚びていた、気がする。それでも失敗しまくっていたんだから、情けないという他ない。
玲といると、昔の彼氏を思い出すのはなぜだろう。コイツは彼氏でもなんでもないというのに。出会った男が悪かったのか、それとも玲が男前すぎるのか。比べるものも申し訳がない気がして、小さく頭を振った。
「着いたぞ」
ちょうどそのとき、タクシーが止まった。玲の支払いは手慣れていて素早く、小銭すら出す余裕がない。お互いに鞄を持って外へ出ると、また冷たい風が頬を撫でた。繁華街からちょっと離れたところだ。遠目に電波塔のイルミネーションが眩しい。
「こんなとこにあるの? 店」
「隠れ家なんだよ。通には知られてるらしい。お前、今日は酒飲めよ」
「えー……嫌よ。お茶とかでいいじゃん」
歩道を並んで歩きながら、唇を尖らせる。あたしは酒乱ではないが、酒を飲むとすぐに記憶が飛ぶのだ。玲と出会ったバーでも、ノンアルコールのカクテルを飲んでたくらいには注意している。
「前に一度、ホテルで飲んだだろ、酒」
「あれは……アンタが無理やり飲ませたんじゃないの。そのときのこと、まだ思い出せないんだから。アンタに聞いても教えてくれないし」
「いいから一杯くらいつき合え。それが奢る条件だ」
「はいはい。わかりましたよー」
一杯くらいならいいだろう、多分。そう思って投げやりな返事をした。
歩いてすぐのところに、目立たないバルはあった。こうなりゃたらふく食べてやる。
「二十パーセントオフでーす」
客が崩した服をせっせとたたみながら、あたしは同僚の声を復唱した。
あたしが勤める店はコンサバ系、ベーシック系の服を主に扱っていて、ファッションビルの中に店舗を構えている。売り上げは良し。ついでに給料も。
売り場の中央を通るとき、鏡で自分の姿を軽くチェックしておく。
ショートボブの茶髪。カットシャツと白のカーディガンに、少し長めのタイトスカート。メイクは薄めだけどちゃんとしてある。顔つやもいい。
これもひとえに、昨夜の五発が効いてるのか。なんかの本で読んだんだけど、セックスすると主に四つの脳内物質が出るらしい。それが確か女性ホルモンにいい作用を及ぼすんだとか。途中で読むのをやめたから、本当かどうかは知らないけれど。
今の時刻は十三時ちょうど。玲は今頃、昼食を取り終えたところだろうか。玲の会社はフレックス制と聞いているけど、実際アイツがどんな仕事をしているのかよく知らない。向こうも多分、あたしの仕事には興味がないだろう。
そんな感じでも、あたしとアイツの関係は崩れることはない。程よい距離感、関係性は今のあたしにとってストレスフリーだ。
そんなことを考えつつ、バックヤードで品物の管理をしていたとき、店長が軽く顔を覗かせてきた。
「芹川さん、昼食行ってきていいよ」
「あ、はい。わかりました」
会釈をして財布の入ったバッグを持つ。同僚たちに笑顔を返しながら、あたしは店を出た。
ビル内には喫茶店とそば屋くらいしかない。軽食を出しているから喫茶店でも問題はないだろう。給料日はまだ先だし、食費を抑えておくのもやりくりの一つだ。
近くのエスカレーターに乗って、地下二階の喫茶店へ赴く。今日は平日ともあってあまり混雑はしていない。高年齢層のおばさまたちはよく見かけるけど。
喫茶店に入り、お世辞にも座り心地はよくない椅子に腰かけたとき、見慣れた後ろ姿があることに気がついた。
(……玲だ)
なんでこんなところに。と、あたしは一瞬、苦虫を噛み潰したような顔をしたかもしれない。知らない男の人と、ノートパソコンを挟んで何か話しているように見える。
それから、ここいら界隈で喫煙席があるのは、この喫茶店くらいしかないことにようやく思い当たった。多分何かの打ち合わせをしているのだろう。よく観察すれば、相手の男性が煙草を吸っているのもギリギリ見えた。
玲は吸っていなさそう。本当に仕事では吸わなくても平気なんだな、と感心して、店員にミートソーススパゲッティのランチセットを注文する。
カルキ臭がする水を飲みながら、携帯を出す。それでも、どうしても意識が玲の方にいってちょっと落ち着かない。
いやいや、仕事やプライベートではアイツは別。入る余地をあたしは持たない。持っちゃいけない。確かに玲は男前でセックスも上手い。性格だって、偉そうだけど実は可愛いところがあることを知ってる。
それでも、恋とかになっちゃだめなのだ。あくまでアイツとあたしはセフレでいい。むしろそっちの方が、アイツにとっても都合がいいだろう。
あたしはどうやら、男を甘やかしてつけあがらせる悪癖があるらしい。女ではなく、まるで母親だと元彼には言われた。二股かけてたくせに良く言うよ、とも思ったが、ぐうの音も出なかった。
重い女だという自覚はちょっとある。実は尽くすタイプだとも。友達は家庭的だと褒めてくれるが、それで振られてちゃなんの意味もない。
ああ、いかんいかん。こんなことばかり考えていたら暗くなる。
運ばれてきたアイスコーヒーを飲み、思い出した嫌な記憶を頭の隅に追いやった。
玲の背中から目を離し、携帯をチェック。こういうときに友達が連絡してくれればいいのに、残念ながらそれもなかった。SNSでも見ようか、そう思ったときだ。
――玲から連絡が来た。
玲:今日会えるか
簡潔なメッセージに、あたしは顔を咄嗟に上げる。玲と一緒にいたはずの男性が、手洗いにでも行ったのか今はいない。
それにしても、二日連続であたしを呼ぶのは珍しい。週一ペースがほとんどだから驚いた。少し迷って、あたしも返答する。
千歳:今日は空いてるけど、腰立たない
玲:飯おごるぞ
くっ。あたしの弱点を的確に見抜いてやがる。そんなにヤリ足りなかったのだろうか? ご飯を一緒にしようだなんて、意外な申し出だ。食欲旺盛な部分を、玲に知られたのが悪いともいえるけど。
考えること約三十秒。あたしは食べ物に釣られた。
千歳:お肉食べたい
玲:わかった。セントラルビルで十九時
千歳:うん
既読がついて、それでやり取りは終わった。タイミングよく、玲の仕事相手と思しき男性が席に戻ったのを確認する。あたしのテーブルにはスパゲッティが運ばれてきた。
玲はあたしには気づいていないようで、仕事相手と談笑しながら喫茶店を後にする。なんとなくほっとしつつ、あたしは心置きなく食事をはじめた。
空気みたいな間柄、それが今、心地いい。
※ ※ ※
仕事が終わり、夜。周りの明かりで星も見えやしない。
あたしが勤める店のビルから、セントラルビルまでは少し距離がある。でも、歩くのは嫌いじゃない。三十分かかるわけでもないし、徒歩で人混みの間、流れるようにそこへ滑りこむ。
夜になるとこの時期、やっぱり寒かった。秋っぽい冬という季節はどうも苦手だ。着るものにも悩むし、何よりこう、胸の奥がむず痒くなっちゃう。
薄茶のストールに顔をうずめ、冷気を遮断して足を速めた。店舗を彩る電飾、服を着て並ぶマネキン、そんなものに視線をやりながら、オフィス街の区画に入る。まだ仕事をしている会社が多いのか、比較的辺りは明るい。
低い踵の靴音を鳴らし、しばらくすると、ここいらで一番大きいビルの入り口に辿り着く。
そこにはもう、玲がいた。黒いスーツにベージュのコート、少し大きめの鞄。どれもがブランドもので、センスがいい。見目がいいから何を着ても似合うんだけど。
周りに玲へ話しかける誰かがいないか確認し、それから小走りで彼の元に寄る。
「ごめん、待った?」
「別に。今来たところだ」
あたしを見下ろす玲の様子は、もうプライベート状態だ。どこか傲慢なライオンみたいな雰囲気がある。打ち合わせのときに出していた和やかさ、そんなものは微塵もなかった。
あたしの身長も低い方ではないけれど、玲はかなり身長が高い。一八〇センチ以上あるんだっけか、確か。鋭い眼光で射貫かれて、でも臆するようなあたしじゃない。
玲は組んでいた腕をほどく。とはいえ、別に手を繋ぐために降ろしたわけじゃないはずだ。恋人じゃあないし、そんなことをする必要はどこにもない。
「今日はどんな店、連れてってくれるの?」
「肉専門のバルがある。少し遠いからタクシーで行くぞ」
「タクシー代、半分出す」
「大人しく乗っておけ。給料日前だろ、お前」
「だけど、奢ってくれるんでしょ? アンタだってまだ給料日じゃないだろうし」
お金を使わずにすむのは何よりだけど、とあたしは眉を顰めた。そんなあたしを見てか、玲は不敵に笑う。
「たまには甘えろ。男に恥をかかせるな」
「……わかった」
渋々うなずいて、玲が止めたタクシーに乗りこんだ。
甘えろ、と玲は言う。でもあたしには、その甘え方がわからない。よくテレビや雑誌で見かけるあざとい女には到底なれそうにもなくて、こっそりため息をついた。
隣に座った玲が行き先を告げると、タクシーは静かに走り出す。知らない道を行くのは楽しい。子供のときからそうで、すぐに機嫌が直るのはあたしの長所の一つだ。
まあ、肉は食べよう。せっかくの奢りだ。玲が選ぶ店はどれもお高い。この機会にじっくり味わっておくのがいいだろう。
あたしは玲と会話もせずに、流れる夜景を眺めていた。あたしはあまりしゃべる方じゃないし、それは玲も同じ。いや、玲の話術はあたしをナンパしたときみたく巧みだから、もしかしたら話し好きなのかもしれないけれど。
それでも、あたしに気遣ってなのか、こうして黙ってくれるのはありがたい。何を話したらいいのかさっぱりわからないし、プライベートに首を突っこまないこと、それは二人の関係のルールでもある。
昔は好かれようとして、できた彼氏へ必死に媚びていた、気がする。それでも失敗しまくっていたんだから、情けないという他ない。
玲といると、昔の彼氏を思い出すのはなぜだろう。コイツは彼氏でもなんでもないというのに。出会った男が悪かったのか、それとも玲が男前すぎるのか。比べるものも申し訳がない気がして、小さく頭を振った。
「着いたぞ」
ちょうどそのとき、タクシーが止まった。玲の支払いは手慣れていて素早く、小銭すら出す余裕がない。お互いに鞄を持って外へ出ると、また冷たい風が頬を撫でた。繁華街からちょっと離れたところだ。遠目に電波塔のイルミネーションが眩しい。
「こんなとこにあるの? 店」
「隠れ家なんだよ。通には知られてるらしい。お前、今日は酒飲めよ」
「えー……嫌よ。お茶とかでいいじゃん」
歩道を並んで歩きながら、唇を尖らせる。あたしは酒乱ではないが、酒を飲むとすぐに記憶が飛ぶのだ。玲と出会ったバーでも、ノンアルコールのカクテルを飲んでたくらいには注意している。
「前に一度、ホテルで飲んだだろ、酒」
「あれは……アンタが無理やり飲ませたんじゃないの。そのときのこと、まだ思い出せないんだから。アンタに聞いても教えてくれないし」
「いいから一杯くらいつき合え。それが奢る条件だ」
「はいはい。わかりましたよー」
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