宇宙のどこかでカラスがカア ~ゆるゆる運送屋の日常~

春池 カイト

文字の大きさ
3 / 23
『ゆきてかえりしカラスがカア』編

スズメとカラスのレース

しおりを挟む
「いやあ、楽だわ、やっぱり」
「感謝するっす」
「うんうん、感謝してるよ」
「って抱き着かれるのはちょっと嫌っす」

 抱き上げられるのはおとなしいく従うのだが、このカラスはドワ子の全力の抱き着きはあまりお気に召さない様子で暴れている。
 当人同士は気づいていないが、片や月が落ちてきても潰れないと称されたドワーフの娘、片や寿命さえ定かではない謎生物のじゃれ合いだから、どちらかが別の誰かだった場合は周辺がレッドカーペットになってしまう。
 当然、その上を歩いてくるのはスターではなく警察関係者だろうが、ともかくこの二人だからこそのやり取りということが言えるだろう。

 ここは柔らかい球体の中。
 少し前にマルコが作ることのできるようになった外殻型の分身の中。
 名前がないのは寂しいとドワ子が名付けた『大丸だいまる』の船内? 体内? ともかくそんな空間だ。
 なお、大丸は『大きいマルコ』の略らしい。

 今まではマルコの縦だか横だかわからん体の、多分背中あたりにしがみついて宇宙に飛び出していたドワ子で、それは別に苦ではなかったのだが、こうして一度楽を覚えると元の生活に戻れない。
 実際には分身を操作しているからそんなはずはないのだが、小さくなったマルコもくつろいだ様子でコロコロ転がっている。

 ふと、寝落ちしてしまいそうになり、ドワ子は頭を振って眠気を吹き飛ばす。

「別に寝ててもいいっすよ。今回使う中継ステーションまでは迷うところないっすから」
「そういうわけにもいかないよ。仕事を請け負ったのは私なんだから」

 現在の場所は、ド星を出てアステロイドベルトの中継ステーションまでの道中。
 いわゆるメインラインと呼ばれる地球とド星の交易路だ。

 地球とド星の位置関係が常に変化し続けているので、円周上に広がったアステロイドベルトのどこを通るかは時期によって変わる。
 そのためアステロイドベルト内には複数の中継ステーションが円周上に用意され、その時のメインラインに近いものが使用され、そうでないステーションは休止されることになる。

 少し前に、ドワ子とマルコはそうした休止ステーションでの事件に遭遇しており、大丸を出すことができるようになったのもその時だ。

「マルコ、缶コーヒーくれる?」
「ちょっと待つっす……はい、無糖でいいっすね?」
「ありがと」

 ドワ子はブラックの缶コーヒーを受け取ると、プルタブを開けて一口飲む。
 心なしか眠気が薄れた……気がする。
 まあ、こういうのは気分の問題でもあるのだろう。
 ふと、ドワ子はあることを思い出した。

「ねえ、マルコはコーヒーとか飲まないの?」
「うーん、別においしいとは思わないっすねえ」
「そうか……」
「急にどうしたっすか?」
「いや、なんかマルコみたいなのがコーヒー好きっていう古いアニメがあって……」
「ヤタガラスのアニメがあるっすか?」
「いや、たしかニワトリ」
「どこが僕みたいなんですか⁉」
「いや、そのニワトリも丸かったから」
「たとえそうだとしてもあんな人間に媚びた空も飛べない鳥は鳥とは認めないっす」

 偏見に満ちたマルコの意見を聞き流しながらドワ子はもう一口コーヒーを飲む。
 マルコだって空が飛べるわけじゃない、という言葉と一緒に苦い液体を飲み込んだ。


*****


「あ、同業者っすよ」
「そうなの? 誰?」

 外が見えにくいことが大丸の欠点だ。
 身体はマルコと同じく真っ黒で、本来は内部も真っ暗だ。
 体の一部が透けて外が見えるとかいう機能は、今のところない。

「ロリコン狼っす」
「ああ、ベイズね」

 ドワ子はその狼と混じった獣人の姿を思い出す。
 全身が灰色の毛に覆われ、身長もドワ子の1.5倍ぐらいある。
 嫌な奴ではないのだが、かつてドワ子に付き合いを申し込んだことからマルコとの間では「ロリコン狼」で通じる。

 素直に同族と付き合えばいいのだが、どうも狼系の獣人女性はかなり気が強いらしく、ベイズのような病を抱える者は多いらしい。
 そのような彼らの恋愛対象としてドワーフ娘は大人気なのだが、ドワーフ側からするとヒョロヒョロ縦に長く、ひげ以外の余計な毛でまみれている狼獣人は恋愛対象外だ。
 中には物好きが付き合うことがあるものの、長続きした試しは無いそうだ。
 それに、ドワーフの女性だって気が強いのだ。

 あまり気が進まないものの、個人の同業者としては、宇宙で会ったときに挨拶しないのは失礼にあたる。
 一瞬寝たふりをしようかとも思ったが、こちらの事情が相手に伝わっていないだろうから失礼には違いない。

「マルコ、元に戻ってくれる」
「わかったっす」

 そしてマルコは体を大きくすると、ドワ子はその背中? に捕まる。
 一瞬の地に外の大丸が消えて、ドワ子は宇宙空間に生身でさらされることになる。

 本人にも意外なことだが、むしろこの体勢の方が落ち着く。
 ずっとマルコと宇宙を飛び回ってきたドワ子としては、マルコの背中こそがホームポジションということなのかもしれない。

『おう、久しぶり。そっちも地球行きか?』
「そうよ、そっちも今日出発?」
『ああ、俺は本星からだけど、そっちはいつもの拠点からか?』
「そうね、まあほとんど離れてないし」

 本星、とは当然ド星のことだ。
 ベイズはそこの倉庫から直接宇宙に出てきたのだろう。

 二人の輸送業者が近づき、並走状態になる。

 ベイズのような獣人で、幻獣を使うものは少ない。
 というか、幻獣使いなんて太陽系全体でも両手の指ほどしかいないのではないだろうか?
 大半のドワーフは機械式の宇宙船(ただし与圧はされていない)で宇宙に出るし、人間は与圧された宇宙船を使う。そしてエルフは引きこもりなのでそもそも宇宙には出ない。
 獣人はエルフやドワーフと同じく真空中でも生存可能な体質をしているが、彼らは野生の宇宙生物を飼いならして宇宙を移動する。

 ベイズの移動手段はたくさんの宇宙スズメに引かせたコンテナだ。
 総勢100匹以上の宇宙スズメの一匹一匹に名前を付けてかわいがっているらしく、ステーションで会うと彼の毛皮のそこここにしがみついた大量のスズメという奇妙な姿を見ることができる。

 宇宙スズメは他の宇宙生物と同じく丸っこい形をしてるが、あまりアステロイドベルトには住んでいなく、捕まえるのには天王星のわっかまで出向かなくてはいけない。
 それに体が小さいので数をそろえなければ輸送業者として使えるぐらいの速度が出ないのだ。
 ベイズ程の数をそろえるのは容易なことではなく、彼が有能な輸送業者であることを疑う余地はない。

「なあ……」
「なに? 付き合えって話ならもう終わってるでしょ?」
「終わってないぜ。俺は諦めねえ。いつかお前を振り向かせてやるぜ」
「そのいつかは来ないと思うわ」

 おとなしく引き下がってくれればいいものを、このロリコン狼はまだドワ子にご執心なのだ。
 ドワ子としてはさっさとグラマーな狼獣人のお姉さんに乗り換えればいいのにと思っている。

「うっとうしいっす。さっさと引き離すっすよ」

 一応会話をして、お互いの無事を確認したので同業者のコンタクトとしての義務は果たしている。
 マルコの言う通り、後はさっさと離れるべきだ。
 残念なことに進路が同じなので、自然に離れるならスピードを速めるか遅くするかの二択だ。
 そして、ゆっくり進んでも、ベイズも速度を緩めるだけだ。

「よし、じゃあさっさと行こうか、マルコ、大丸を出して」
「了解っす」

 先ほどとは逆の手順で、まずドワ子とマルコを包む形で大きな黒い球体、大丸が現れる。

「おいおい、なんだそりゃ、巨大化か?」

 さすがに驚いた声でベイズがちょっと距離を取る。

「マルコが進化したのよ、分身の大丸。これからはこの姿で飛ぶことも多いわ」
「これだから幻獣持ちは……」

 呆れた声のベイズに構わず、マルコは大丸のスピードを上げる。
 実はこっそり大丸のお尻部分から後ろにビームを放って推進力を上げているのだが、ヤタガラスのビームは真っ黒なので宇宙の黒に紛れて一見してはわからない。

「お先にっす」
「良き航海を」

 声だけ残してベイズの前から大丸の姿が遠ざかっていく。
 ため息をつきながら、ベイズも別れの挨拶を返す。

「ああ……良い航海を……」

 肩を落とすベイズを慰める、100匹以上の宇宙スズメの鳴き声がチュンチュンチュンチュンとうるさく、だがその鳴き声も真っ暗な宇宙空間に溶けていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

この世界、貞操が逆で男女比1対100!?〜文哉の転生学園性活〜

妄想屋さん
SF
気がつけば、そこは“男女の常識”がひっくり返った世界だった。 男は極端に希少で守られる存在、女は戦い、競い、恋を挑む時代。 現代日本で命を落とした青年・文哉は、最先端の学園都市《ノア・クロス》に転生する。 そこでは「バイオギア」と呼ばれる強化装甲を纏う少女たちが、日々鍛錬に明け暮れていた。 しかし、ただの転生では終わらなかった―― 彼は“男でありながらバイオギアに適合する”という奇跡的な特性を持っていたのだ。 無自覚に女子の心をかき乱し、甘さと葛藤の狭間で揺れる日々。 護衛科トップの快活系ヒロイン・桜葉梨羽、内向的で絵を描く少女・柊真帆、 毒気を纏った闇の装甲をまとう守護者・海里しずく…… 個性的な少女たちとのイチャイチャ・バトル・三角関係は、次第に“恋と戦い”の渦へと深まっていく。 ――これは、“守られるはずだった少年”が、“守る覚悟”を知るまでの物語。 そして、少女たちは彼の隣で、“本当の強さ”と“愛し方”を知ってゆく。 「誰かのために戦うって、こういうことなんだな……」 恋も戦場も、手加減なんてしてられない。 逆転世界ラブコメ×ハーレム×SFバトル群像劇、開幕。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜

具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです 転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!? 肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!? その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。 そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。 前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、 「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。 「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」 己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、 結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──! 「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」 でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……! アホの子が無自覚に世界を救う、 価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!

処理中です...