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泣き屋誕生②
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エンジンをふかしスピードを上げていくと、生を超越して一種の宗教体験をする。
時速百キロを出すと、心が空になり、禅の心境になった。
百二十キロまで、速度を上げる。すると魂が体から抜け出して、疾走する車の後からついてきた。幽体離脱体験である。
さらに、百三十キロに上げた。心が妙に浮き浮きとしてくる。
何か、やってはいけない自分の限界を超えて、冒険を楽しんでいるような気持ちになる。悟りの世界を垣間見る。
百五十キロ。心に歓喜が溢れ、悦楽の状態になった。声なき笑いが腹の底から込み上げてきた。
百六十キロを超えると、死が真近になる。死が近すぎて、死そのものは感じなくなり、生も死も超越をしてしまう。
もはや、生きる苦しみはなかった。歓喜しかなかった。
「けけけけけ」と突然、春香が笑い出す。まるで妖怪の笑いが口から迸っている。
「ふあふあふあふあ」と俊も一緒に笑い出す。これも妖怪だ。
この笑いだ。この死を超越する笑いが、俊の研究の対象であった。
俊は国立北海大学の博士課程に身を置いていた。一ヶ月後の十一月十五日は、教授会が開かれ、俊の書いた博士論文(博論(はくろん))の審査会がある。
今日、十月十五日に、指導教官である安井(やすい)誠(まこと)に博論を提出した。これがうまくいけば、来年四月から助手の職も内定の可能性があった。
今日はストレスでなく、開放感から春香を誘って、暴走行為をしていた。
「危ないわ。何かいる」
春香の声に前方を注視すると、右斜め前から、狐が飛び出してきた。避けると大事故に繋がるので、そのまま轢いた。
肉を潰した、ブチっという感触を後輪に感じる。
百メートルほど減速して止まる。車から出て振り返った。俊の車に轢かれた狐が後方に潰されて死んでいた。
春香が泣き始めた。
「死んだわ! 馬鹿! あんぽんたん!」
愛犬の事故死を思い出しているようだ。今度はオイオイと声に出して泣き出した。
次の瞬間、いきなり蹴りを俊の脛に目がけて放ってくる。
春香がシクシクと泣くときは、悲哀に暮れている。オイオイと泣く行為は、怒る代わりに泣いているときである。今はオイオイと泣いているので、怒りに駆られていた。
時速百キロを出すと、心が空になり、禅の心境になった。
百二十キロまで、速度を上げる。すると魂が体から抜け出して、疾走する車の後からついてきた。幽体離脱体験である。
さらに、百三十キロに上げた。心が妙に浮き浮きとしてくる。
何か、やってはいけない自分の限界を超えて、冒険を楽しんでいるような気持ちになる。悟りの世界を垣間見る。
百五十キロ。心に歓喜が溢れ、悦楽の状態になった。声なき笑いが腹の底から込み上げてきた。
百六十キロを超えると、死が真近になる。死が近すぎて、死そのものは感じなくなり、生も死も超越をしてしまう。
もはや、生きる苦しみはなかった。歓喜しかなかった。
「けけけけけ」と突然、春香が笑い出す。まるで妖怪の笑いが口から迸っている。
「ふあふあふあふあ」と俊も一緒に笑い出す。これも妖怪だ。
この笑いだ。この死を超越する笑いが、俊の研究の対象であった。
俊は国立北海大学の博士課程に身を置いていた。一ヶ月後の十一月十五日は、教授会が開かれ、俊の書いた博士論文(博論(はくろん))の審査会がある。
今日、十月十五日に、指導教官である安井(やすい)誠(まこと)に博論を提出した。これがうまくいけば、来年四月から助手の職も内定の可能性があった。
今日はストレスでなく、開放感から春香を誘って、暴走行為をしていた。
「危ないわ。何かいる」
春香の声に前方を注視すると、右斜め前から、狐が飛び出してきた。避けると大事故に繋がるので、そのまま轢いた。
肉を潰した、ブチっという感触を後輪に感じる。
百メートルほど減速して止まる。車から出て振り返った。俊の車に轢かれた狐が後方に潰されて死んでいた。
春香が泣き始めた。
「死んだわ! 馬鹿! あんぽんたん!」
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次の瞬間、いきなり蹴りを俊の脛に目がけて放ってくる。
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