泣く男

いち こ

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初めての仕事②

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 中を見ると、小型のビデオカメラが入っている。
「会場の人たちが泣いたら、頭上でカメラを隠しながら、ぐるりと会場全体を一回り撮ってね」
 
春香の言葉に周りを見た。悲しそうな顔をしている弔問客は何人かいた。しかし、ほとんどは、日常のいつもの出来事のように平然としていた。

「おい! 泣いている奴など、いないぞ。これじゃ、泣きの事例など収集できないぞ」
「大丈夫よ。大丈夫」
 
やけに春香は、自信満々である。この状況でどうやって、本当に泣きの事例を集められるのか。春香は横目でちらりと俊を見ながら語ってくる。

「こっちは泣きのプロよ。大丈夫だから」
「泣きのプロ」という言葉に、春香の助手奪取への強い信念を感じた。プロだから助手になるのは当然であるとも聞こえる。
 
春香は真剣だ。この会場の参列者全員を、自分たちの泣き声で貰い泣きをさせようとしている。もしかしたら、大失敗して、身元が割れて、会場から抓(つま)み出されるかもしれない。しかし、春香は断固やろうとしていた。ニヤリとまた魔女の笑いをした。
 
春香の研究に対する貪欲な態度と集中力は、俊も舌を巻く。
 
俊は春香の思いに答えようと覚悟を決めた。それに、もう、ここまで来たら、腹を括るしかない。
「わかった。俺も腹を決めるさ。お前に合わせて、泣いてやる。俺たちの泣き声で、ここの会場全員を号泣させてやる」
 
三名の坊主が現れて、読経が始まった。
「ナムカラタンノウトラヤヤー。ナムオリヤーボリョキー」
 
坊主たちは唸るように、お経を読み上げる。
突然、春香は洟(はな)を啜りながら泣き出した。初めて見る春香の泣く様態であった。
 
今まで、シクシクとか、オイオイとかの泣き声は、聞いた記憶がある。しかし、静かに洟を啜って泣いている姿を見るのは初めてである。洟を啜る音が響き渡った。

「もう始めるのか? 泣いていいのか? どうなんだ」
 俊が声を掛けるが、春香は泣き止まない。春香の合図を貰えない状況から、俊は泣き始めるタイミングが掴めない。
 
第一、啜り泣きにコラボして音を合わせるのは不可能に近かった。
俊は会場で、春香を問い詰めるわけにもいかないので、黙っていた。
 
読経の間中、春香の啜り泣きは、会場に響いて、通夜の会場はどんより雰囲気が重くなった。会場の何人かが、こちらを振り返ったり、首を伸ばして見てくる。
 
読経が終わり、個人の斉木裕仁の経歴になった。司会が原稿を読み上げる。
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