悪役令嬢の金魚のフンが返り討ちにされ美味しく食べられた話

犬っころ

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第三章 アナスタシアの反撃

24 正義感

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「それにあなた――」

 アナスタシアは、まるで舞台の女王のようにゆるりと立ち上がった。
 椅子の軋む音さえも演出の一部のようで、扇がぱちんと鳴り響く。

「正義感を振りかざすのは結構。けれど……結果として火に油を注ぎ、状況を悪化させたらどうするおつもり? あなたの愚かな勇気が、ただでさえ取るに足らないを、もっと哀れにするとは思わないのかしら?」

その声音は、冷ややかで甘やか。
 毒を蜜に包んで喉奥へ流し込むような、残酷な響きだった。

 アナスタシアは机に置かれていた袋を指先で摘み上げる。
 中には新品の教科書――エマのもの。
 紅い唇が小さく動き、呟きが漏れる。

 ――ぱちり。

 瞬間、炎が袋を包み込んだ。
 ぼう、と立ち上がる赤い火柱。教科書は悲鳴を上げる間もなく燃え落ち、黒煙と共に一瞬で灰になっていく。

 生徒たちが息を呑み、誰も動けない。
 教室全体が、氷の檻に閉じ込められたかのようだった。

 学級委員長の顔から血の気が失せ、唇が小刻みに震える。
 ――自分が声を上げなければ、こんなことにはならなかった。
 友を守ろうとしたはずが、逆に状況を悪化させた。
 その罪悪感が、彼女の胸を容赦なく締め上げる。

「……まぁ。そんな情けない顔をなさらないで?」

 アナスタシアは楽しげに微笑んだ。
 扇で口元を隠しながら、まるで舞踏会の余興でも見せているかのような仕草で。

「あなたのご実家は――たしか辺境の山岳地帯でしたわよね。あの不毛の土地に物資を融通して差し上げているのは、どこのお家か……お忘れになってはいないでしょうね?」

 金色の瞳が細められ、氷の光を放つ。

「……ルクレール、公爵家」

 学級委員長の声はかすれ、蚊の鳴くように頼りない。
 その膝は震え、今にも床に崩れ落ちそうだった。

「そう。ルクレール公爵家よ」

 アナスタシアは満足げに頷くと、足元の灰を躊躇なく踏みにじった。
 ぱさ、と灰が散り、教科書の痕跡すら消えていく。

「私はアナスタシア・ルクレール公爵令嬢よ。一家ごと路頭に迷いたくなければ、今すぐそのを呼んでらっしゃいな。……あなたの正義? あんなもの、誰一人救えないお遊びにすぎないわ。惨めなだけの偽善ごっこ――せいぜい自分の無力さを噛み締めながら生きなさい」

 冷酷な笑みが広がる。
 それは誰も逆らえない圧力を放つ、まさに悪役令嬢そのものだった。

 学級委員長は、震える足を動かすことさえできなかった。
 声を上げることも、涙を流すことさえも。
 ただ無力に、黄金の瞳の前で立ち尽くすしかなかった。
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