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第三章 アナスタシアの反撃
28 さわやか王子の裏の顔
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――だが、その日のヴォルフリートは違っていた。
ベッドに腰かけているはずの殿下の瞳は、確かに自分を見ている。
けれどエマにはわかる。
その眼差しは自分を透かし、その先に「別の誰か」を映しているのだと。
その視線に貫かれるたび、胸の奥が冷える。
しかも、殿下はどこか楽しそうにすら見えた。
「そういえば――まだ、いじめられてるの?」
軽い調子で投げかけられた言葉に、エマは苦笑した。
「あんたのせいだけどね。アナスタシア公爵令嬢を焚き付けるために、私を利用するなんて……性格が悪すぎて驚いたわ」
「あはは」
殿下は喉を鳴らして笑う。
その声音には悪びれた色などひと欠片もない。
「だって、彼女の従者が可愛くて。……不思議なんだよね。表情がコロコロ変わるわけでもないのに、どうしてあんなにいじめたくなる顔をしてるんだろう」
ぞくり、とエマの背筋に悪寒が走る。
ヴォルフリートはうっとりとした表情で、部屋に置かれた予備の制服に袖を通していた。
胸には生徒会の刺繍、襟元には高等部三年を示すバッジ。
それは――プレイの終わりを告げる合図だった。
演習場から戻ったエマを出迎える時、殿下はいつも寝間着のような緩い服装をしている。
そこから支配と従属の儀式が始まり、最後に彼が制服へ着替えることで幕を閉じる。
今朝もまた同じ流れ。
だが、違うのは――彼の瞳に自分以外が映っていたこと。
エマは精液特有の苦みを紛らわすように、テーブルの紅茶を一息に飲み干した。
喉の奥を熱が通り抜ける。だが胸の冷たさは消えなかった。
――ヴォルフリートが目をつけているのは、悪役令嬢アナスタシア・ルクレールではない。
その腹違いの兄にして従者――レオナール・ルクレール。
どうやら随分前から彼を手に入れる算段を巡らせていたらしい。
だがアナスタシアの存在が邪魔をし、なかなか近づく機会がなかった。
アナスタシアは婚約者候補の筆頭。
それでも殿下が婚約を結ばないのは――レオナールが欲しいがために、席を空け続けているからだ。
レオナールの遊び人のように見えるが、その裏に小動物のような哀れさを隠した顔。
笑っても泣いても変わらないのに、なぜか下がり眉でいじめたくなる。
それが殿下にとっては、どうしようもなく「好み」だった。
そして――彼がSubだと知った時、ヴォルフリートは心から神に感謝した。
けれど女以外は受け付けないという噂を耳にし、一度は落胆して諦めかけた。
……それでも、狩人の執着は消えない。
エマが高等部一年に転入した為、教師や生徒と接触しても『エマのお迎えだよ』と言えば他学年の棟をうろついていても不自然ではない。
都合が良すぎた。だからもう一度、レオナールを狙い始めたのだ。
叶うことなら――レオナールをぐちゃぐちゃに壊し、泣かせたい。
自分だけのものにして、その矜持も屈辱も、甘美な悲鳴もすべて貪り尽くしたい。
そのためなら何でも利用する。
エマであろうと、アナスタシアであろうと。
ベッドに腰かけているはずの殿下の瞳は、確かに自分を見ている。
けれどエマにはわかる。
その眼差しは自分を透かし、その先に「別の誰か」を映しているのだと。
その視線に貫かれるたび、胸の奥が冷える。
しかも、殿下はどこか楽しそうにすら見えた。
「そういえば――まだ、いじめられてるの?」
軽い調子で投げかけられた言葉に、エマは苦笑した。
「あんたのせいだけどね。アナスタシア公爵令嬢を焚き付けるために、私を利用するなんて……性格が悪すぎて驚いたわ」
「あはは」
殿下は喉を鳴らして笑う。
その声音には悪びれた色などひと欠片もない。
「だって、彼女の従者が可愛くて。……不思議なんだよね。表情がコロコロ変わるわけでもないのに、どうしてあんなにいじめたくなる顔をしてるんだろう」
ぞくり、とエマの背筋に悪寒が走る。
ヴォルフリートはうっとりとした表情で、部屋に置かれた予備の制服に袖を通していた。
胸には生徒会の刺繍、襟元には高等部三年を示すバッジ。
それは――プレイの終わりを告げる合図だった。
演習場から戻ったエマを出迎える時、殿下はいつも寝間着のような緩い服装をしている。
そこから支配と従属の儀式が始まり、最後に彼が制服へ着替えることで幕を閉じる。
今朝もまた同じ流れ。
だが、違うのは――彼の瞳に自分以外が映っていたこと。
エマは精液特有の苦みを紛らわすように、テーブルの紅茶を一息に飲み干した。
喉の奥を熱が通り抜ける。だが胸の冷たさは消えなかった。
――ヴォルフリートが目をつけているのは、悪役令嬢アナスタシア・ルクレールではない。
その腹違いの兄にして従者――レオナール・ルクレール。
どうやら随分前から彼を手に入れる算段を巡らせていたらしい。
だがアナスタシアの存在が邪魔をし、なかなか近づく機会がなかった。
アナスタシアは婚約者候補の筆頭。
それでも殿下が婚約を結ばないのは――レオナールが欲しいがために、席を空け続けているからだ。
レオナールの遊び人のように見えるが、その裏に小動物のような哀れさを隠した顔。
笑っても泣いても変わらないのに、なぜか下がり眉でいじめたくなる。
それが殿下にとっては、どうしようもなく「好み」だった。
そして――彼がSubだと知った時、ヴォルフリートは心から神に感謝した。
けれど女以外は受け付けないという噂を耳にし、一度は落胆して諦めかけた。
……それでも、狩人の執着は消えない。
エマが高等部一年に転入した為、教師や生徒と接触しても『エマのお迎えだよ』と言えば他学年の棟をうろついていても不自然ではない。
都合が良すぎた。だからもう一度、レオナールを狙い始めたのだ。
叶うことなら――レオナールをぐちゃぐちゃに壊し、泣かせたい。
自分だけのものにして、その矜持も屈辱も、甘美な悲鳴もすべて貪り尽くしたい。
そのためなら何でも利用する。
エマであろうと、アナスタシアであろうと。
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