悪役令嬢の金魚のフンが返り討ちにされ美味しく食べられた話

犬っころ

文字の大きさ
28 / 89
第三章 アナスタシアの反撃

28 さわやか王子の裏の顔

しおりを挟む
 ――だが、その日のヴォルフリートは違っていた。

 ベッドに腰かけているはずの殿下の瞳は、確かに自分を見ている。
 けれどエマにはわかる。
 その眼差しは自分を透かし、その先に「別の誰か」を映しているのだと。

 その視線に貫かれるたび、胸の奥が冷える。
 しかも、殿下はどこか楽しそうにすら見えた。

「そういえば――まだ、いじめられてるの?」

 軽い調子で投げかけられた言葉に、エマは苦笑した。

「あんたのせいだけどね。アナスタシア公爵令嬢を焚き付けるために、私を利用するなんて……性格が悪すぎて驚いたわ」

「あはは」

 殿下は喉を鳴らして笑う。
 その声音には悪びれた色などひと欠片もない。

「だって、彼女の従者が可愛くて。……不思議なんだよね。表情がコロコロ変わるわけでもないのに、どうしてあんなにいじめたくなる顔をしてるんだろう」

 ぞくり、とエマの背筋に悪寒が走る。
 ヴォルフリートはうっとりとした表情で、部屋に置かれた予備の制服に袖を通していた。
 胸には生徒会の刺繍、襟元には高等部三年を示すバッジ。

それは――プレイの終わりを告げる合図だった。
 演習場から戻ったエマを出迎える時、殿下はいつも寝間着のような緩い服装をしている。
 そこから支配と従属の儀式が始まり、最後に彼が制服へ着替えることで幕を閉じる。

 今朝もまた同じ流れ。
 だが、違うのは――彼の瞳に自分以外が映っていたこと。

 エマは精液特有の苦みを紛らわすように、テーブルの紅茶を一息に飲み干した。
 喉の奥を熱が通り抜ける。だが胸の冷たさは消えなかった。

 ――ヴォルフリートが目をつけているのは、悪役令嬢アナスタシア・ルクレールではない。
 その腹違いの兄にして従者――レオナール・ルクレール。

 どうやら随分前から彼を手に入れる算段を巡らせていたらしい。
 だがアナスタシアの存在が邪魔をし、なかなか近づく機会がなかった。
 アナスタシアは婚約者候補の筆頭。
 それでも殿下が婚約を結ばないのは――レオナールが欲しいがために、席を空け続けているからだ。

レオナールの遊び人のように見えるが、その裏に小動物のような哀れさを隠した顔。
 笑っても泣いても変わらないのに、なぜか下がり眉でいじめたくなる。
 それが殿下にとっては、どうしようもなく「好み」だった。

そして――彼がSubだと知った時、ヴォルフリートは心から神に感謝した。
 けれど女以外は受け付けないという噂を耳にし、一度は落胆して諦めかけた。

 ……それでも、狩人の執着は消えない。

 エマが高等部一年に転入した為、教師や生徒と接触しても『エマのお迎えだよ』と言えば他学年の棟をうろついていても不自然ではない。

都合が良すぎた。だからもう一度、レオナールを狙い始めたのだ。

叶うことなら――レオナールをぐちゃぐちゃに壊し、泣かせたい。
 自分だけのものにして、その矜持も屈辱も、甘美な悲鳴もすべて貪り尽くしたい。

 そのためなら何でも利用する。
 エマであろうと、アナスタシアであろうと。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

「これからも応援してます」と言おう思ったら誘拐された

あまさき
BL
国民的アイドル×リアコファン社会人 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 学生時代からずっと大好きな国民的アイドルのシャロンくん。デビューから一度たりともファンと直接交流してこなかった彼が、初めて握手会を開くことになったらしい。一名様限定の激レアチケットを手に入れてしまった僕は、感動の対面に胸を躍らせていると… 「あぁ、ずっと会いたかった俺の天使」 気付けば、僕の世界は180°変わってしまっていた。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 初めましてです。お手柔らかにお願いします。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」 卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。 一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。 選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。 本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。 愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。 ※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。 ※本作は織理受けのハーレム形式です。 ※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

処理中です...