悪役令嬢の金魚のフンが返り討ちにされ美味しく食べられた話

犬っころ

文字の大きさ
33 / 89
第三章 アナスタシアの反撃

33 エマの友達

しおりを挟む
エマには、友達がいなかった。

 その原因は明白だ。
 ヴォルフリートとテオバルト。――第二王子とその護衛。
 彼らの周囲で繰り広げられる思惑と茶番に巻き込まれ、エマは学園中のご令嬢たちから徹底的に目の敵にされていた。
 誰もが彼女を遠巻きにし、口すら聞こうとしない。廊下ですれ違えば、囁き声と冷笑。食堂では空いた席が一瞬で埋まり、エマの隣だけがぽっかりと避けられる。

そして嫌がらせに陰口にものを隠され取られ…


 ――寂しい。

 どれほど光魔法に恵まれていても、その孤独を埋めることはできなかった。

 そんな中で、唯一彼女に話しかけてくれる存在がいた。

 クララ=フォン=ベルクハルト。
 学級委員長を務める少女だ。

 序列で言えば、王家、公爵家、辺境伯家。
 クララは辺境伯家の娘であり、立場だけを見ればそれなりに高い家柄である。
 けれど、彼女自身は決して威張ることもなく、むしろ気が弱くて控えめだった。
 廊下で落とした本を拾い上げてくれる、そんなさりげない優しさを持つ子。

 エマにとっては唯一の「知人」。
 ――いや、本当は「友達」と呼びたい。

 だがそれは許されない夢だった。
 なぜなら、ベルクハルト辺境伯家はルクレール公爵家から物資の援助を受けている。
 クララが少しでも逆らえば、その支援は打ち切られる。
 家ごと干上がり、領地の民を飢えさせることになる。

 だからクララは、誰の目にも触れない場所でしかエマと話せない。
 人目を避け、図書室の隅や、寮の裏庭で。
 それでも交わす言葉は短く、笑い合う時間はすぐに途切れてしまう。

 ――友達になりたい。

 その想いは募るばかりなのに、手を伸ばせば伸ばすほど遠ざかる。
 エマの胸の奥で、その切望が静かに疼き続けていた。


「じゃ、俺たちはこっちだから――放課後な」

 テオバルトが軽く笑いながら、エマの頭に大きな掌を置いた。
 くしゃりと撫でられる感触は、兄が妹を可愛がるそれに似ている。

「放課後は、生徒会室に寄り道をせずにおいで」

 続けてヴォルフリートが言い添える。
 その声音は柔らかいのに、否応なく従わせる力を帯びていた。
 彼もまた、当然のようにエマの頭に手を伸ばし、逆立った髪を撫でて整える。
 ――その仕草まで、支配の一部。

 そして三人が、二人と一人に分かれる。
 王子と護衛は並んで歩き去り、エマはただひとり、別の教室へ向かって歩みを進める。

 今日は教室でクララとどれくらい話せるだろう。
 それだけを心の支えにして、胸の奥で小さな希望を抱いた瞬間だった。

「エマ、ちゃん……」

 背後から呼ぶ声。
 振り返ると、クララ=フォン=ベルクハルトが立っていた。

廊下は生徒たちで賑わっている。
 そんな中で、彼女が自分の名前を呼んでくれた――それだけで、胸の奥が温かくなる。
 エマは思わず微笑み返そうとした。

 だが次の瞬間、その表情に気づいてしまった。

 クララの顔は強張っていた。
 かすかに唇が震え、視線は揺れている。
 ――迷いと恐怖。

 エマは悟った。
 きっと、ルクレール公爵令嬢に何かを囁かれたのだ。
 彼女の実家がルクレール家からの援助に縛られていることを、利用されて。

 だから今、クララは怯えながらも声をかけてきた。
 友達になりたい気持ちと、家を守らなければならない責任との狭間で。

 その姿は痛々しいほどで――エマの胸に刺さった。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

「これからも応援してます」と言おう思ったら誘拐された

あまさき
BL
国民的アイドル×リアコファン社会人 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 学生時代からずっと大好きな国民的アイドルのシャロンくん。デビューから一度たりともファンと直接交流してこなかった彼が、初めて握手会を開くことになったらしい。一名様限定の激レアチケットを手に入れてしまった僕は、感動の対面に胸を躍らせていると… 「あぁ、ずっと会いたかった俺の天使」 気付けば、僕の世界は180°変わってしまっていた。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 初めましてです。お手柔らかにお願いします。

ビッチです!誤解しないでください!

モカ
BL
男好きのビッチと噂される主人公 西宮晃 「ほら、あいつだろ?あの例のやつ」 「あれな、頼めば誰とでも寝るってやつだろ?あんな平凡なやつによく勃つよな笑」 「大丈夫か?あんな噂気にするな」 「晃ほど清純な男はいないというのに」 「お前に嫉妬してあんな下らない噂を流すなんてな」 噂じゃなくて事実ですけど!!!?? 俺がくそビッチという噂(真実)に怒るイケメン達、なぜか噂を流して俺を貶めてると勘違いされてる転校生…… 魔性の男で申し訳ない笑 めちゃくちゃスロー更新になりますが、完結させたいと思っているので、気長にお待ちいただけると嬉しいです!

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...