悪役令嬢の金魚のフンが返り討ちにされ美味しく食べられた話

犬っころ

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第三章 アナスタシアの反撃

35 お出迎え

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 ――冷たい衝撃が、頭から全身を襲った。

 教室に足を踏み入れた瞬間、エマは冷水を浴びせられた。氷のように冷たい液体が頭から一気に流れ込み、髪を、制服を、靴の中にまで容赦なく染み込ませる。
 濡れた布地は肌にべたりと張り付き、裾は水を含んで重く垂れ下がった。呼吸すら詰まるほどの寒気が、背筋を這い上がっていく。

 ――ざわめき。

 だが、それは同情の声ではない。
 ひそひそとさざめく声、笑いを堪えきれず漏れる忍び笑い、机を小突いて小馬鹿にする乾いた音。

 「見て、犬みたい」
 「まあ、貴族の真似事もここまで来ると滑稽ね」
 「誰も助けないのが分かってて来るなんて、どれだけ鈍いのかしら」

 囁きは矢のように四方から降り注ぎ、教室全体が一斉に牙を剥いたようだった。
 エマは瞬時に理解した。――これは「偶然」ではない。クラス全員が仕組んだ罠だ。

 教室の中央、ひときわ高らかな笑い声が響く。
 アナスタシア・ルクレール公爵令嬢。

 腰まで届く白銀の巻き髪は朝日を浴びて煌めき、まるで聖女の後光のように美しい。だが、その瞳は宝石の紅を湛えながら、冷酷な氷よりも鋭く光っていた。

 昨日の屈辱――大勢の前で起きたSub Dropサブドロップ。護衛騎士テオバルトの前に跪かされた恥辱。
 ルクレール家の誇りに刻まれた汚点を、消すには犠牲が必要だった。
 そして、その生贄として選ばれたのが――エマ。

「まあ……お似合いだこと」

 アナスタシアの声音は甘美でありながら、刃を忍ばせていた。
 濡れ鼠のように立ち尽くすエマを見下ろし、唇に冷ややかな笑みを浮かべる。

「平民上がりの男爵令嬢には、そのびしょ濡れの惨めな姿が一番しっくりきますわ。まるで洗いざらしの犬じゃなくて?」

 ぱちん、と扇が打ち鳴らされる。
 それが合図のように、取り巻きの令嬢たちが甲高い笑い声を上げた。

「犬なら、吠えてみたら?」
「殿下に媚びるしか能のない雌犬よ」
「ご主人様のいない犬はただの野良、誰が守ってくれるのかしら」

 笑いは連鎖し、次々と飛び火していく。
 前列の生徒はわざと椅子を鳴らしてせせら笑い、後列の生徒は口を手で隠して目を細める。
 教室全体がひとつの舞台となり、エマひとりを吊し上げる残酷な劇場と化していた。

 エマの髪から滴る雫が頬を伝い、顎先から床にぽたりと落ちる。
 その音すら、彼女を笑うための小道具にされる。

 ――震える膝を必死に堪えて。
 ――喉に込み上げるものを無理やり押し殺して。

 エマは歩いた。
 水を吸って重くなったスカートの裾を引きずり、教室の中央――アナスタシアの前へ。

 歪んで見えるアナスタシアの姿が、ひときわ鮮烈に目に映る。
 白銀の髪、紅玉の瞳、無数の声を従える女王。

 ――全員が彼女に従っている。
 ――自分ひとりが、この教室の敵。

 胸の奥に、氷の塊が沈み込んでいくのをエマは感じた。

 お水でお出迎えとはやはり貴族は好きになれない。

 もう決めた、ヴォルフリートに全面協力して今日にでもレオナールを手に入れて貰おう
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