悪役令嬢の金魚のフンが返り討ちにされ美味しく食べられた話

犬っころ

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第六章 ルクレールの爆裂お嬢様とタンク

84 アナスタシア

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 忙しなく書類を回す音に満ちていた生徒会室に、突然「コン、コン」とノックが響いた。
 次の瞬間――遠慮など一切ない乱暴な音と共に扉が開け放たれる。

「……っ!」

 風圧すら感じる勢いで飛び込んできたのは、アナスタシア・ルクレール。
 煌めく銀にもにた金髪を揺らし、紺色のスカートを翻しながら、彼女はまるで戦場に乗り込む兵士のような勢いで室内へと踏み込んだ。


 「ちょっと! レオナール!」

 その声は張り上げられ、緋色のカーテンを震わせるほどだった。
 次の瞬間、彼女は迷いなく駆け寄り、レオナールの背中にぴたりと身を隠す。

 「……おい、何やってんだよ」
 レオナールは慌てて振り返り、小声で窘めるが、アナスタシアは知らぬ顔だ。
 まるで「ここは私の避難所」と言わんばかりに彼の背に張りついている。

レオナールは背中にぴたりと張り付くアナスタシアを振り返り、言葉を探していた。
 ――彼女に聞きたいことは山ほどある。
 謝らなければならないことだって、幾つもある。

 「アナスタ――」

 声をかけようとした、その瞬間だった。

 「んだよ、ちょっと尻撫でただけじゃねぇかよ」

 間延びした声と共に、再び扉が乱暴に開かれる。
 のっそりと入ってきたのはテオバルトだった。

 彼の頬には、真新しい赤い手形。
 どう見ても平手打ちをくらった直後のそれだ。
 しかも悪びれもせず、むしろ不満げに眉をひそめている。

 「……おい、テオ」
 ヴォルフリートが低く名を呼ぶ。だがテオバルトは意に介さない。
 肩を竦めて椅子に腰を下ろすと、ぶつぶつ言いながら机の上に肘をついた。

 「ほんっと、気の強い女はめんどくせぇ」

 その言葉に、アナスタシアは背後で小さく息を呑む。
 レオナールは、彼女がなぜ自分に隠れたのかを悟った。

 「夜はあんなに可愛い声で鳴いてたのに、これは無いだろ」

 何気なく放たれたテオバルトの一言に、レオナールは思わず背後を振り返った。
 アナスタシア――その顔は、耳まで真っ赤に染まっている。

 昨夜、彼女は確かに言っていたはずだ。
 「ヴォルフリート殿下はもう飽きた、次はテオバルトを狙う」と。
 なのに――この怒りようと赤面はどういうことだ?

 レオナールの頭の中は疑問符で埋め尽くされる。だがヴォルフリートも、エマも、何かを知っているらしい。二人の視線は、からかうように、あるいは呆れたように、静かに交錯していた。

 「っ……!! このっ……!」
 アナスタシアは椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がり、声を張り上げる。
 「大体、鳴いてたじゃなくて――泣いてた、なのよっ!」

 必死の否定も、余計に真実味を帯びて響く。
 エマはわざとらしく咳払いをして、気まずい空気を和らげようとした。

 「……お茶にしましょうか」

 その声音は冷静でありながら、どこか含みを持っている。
 ヴォルフリートはくすりと笑みを浮かべ、軽く頷いた。

 「いいね。紅茶は、緊張を解くのに丁度いい」

 だがその瞳は、カップよりも、アナスタシアの真っ赤な瞳と、テオバルトの頬についた赤い手形を見逃さなかった。
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