6 / 205
西のアクアデル編
性悪王子、治癒魔法はポンコツ仕様
しおりを挟む「…治してやる」
低くそう告げ、俺はゆっくりと手をラヴェリオンの胸元へ翳した。
光魔法――その中でも治癒は、戦場の均衡をひっくり返す最上位の技術だ。
ひとたび放てば、傷を完全に塞ぎ、痛みさえ消す。戦場に一人いるだけで、兵士がゾンビのように蘇生し、地獄が何度でも繰り返される。
どの国も喉から手が出るほど欲しがる人材――なのに。
だからこそ、俺は不思議でならない。
ラヴェリオンの戦闘能力が面倒くさすぎてこちらは人質に指定した。なのに帝国は人質として妹のアリエッティを選んだ。
戦場経験もあり、この厄介な治癒魔法を使える相手を抱え込まれたら、敵としてはたまったものじゃない。
……なのになぜ、妹なのか。
考えを振り払うように、掌から淡い金色の光を溢れさせた。
部屋の空気がじわりと温かくなり、鎖がかすかにきしむ音さえ、遠く霞んでいく。
光はラヴェリオンの全身を包み込み、裂けた皮膚を縫い合わせ、血の滲みを消していく。
――その瞬間。
ズキッ……!
唐突に、右脇腹に焼き火箸を突き立てられたような痛みが走った。
肺の奥を氷の針で貫かれる感覚に息が詰まり、その直後、肩、太腿、背中へと怒涛の衝撃が押し寄せる。
それは熱と冷たさが交互に皮膚をえぐるようで、全身を鷲掴みにされ、容赦なく引き裂かれていく錯覚すらあった。
「っ……あ゛っ、がああああああああ!!!」
膝から崩れ落ち、床に手を突いた瞬間、視界がぐにゃりと歪む。
喉の奥から勝手に呻き声が漏れ、口の中に生暖かい鉄の味が広がった。
皮膚の下で、細い刃物がゆっくりと肉を剥ぎ取っていくような生々しさ。
呼吸のたびに肋骨が悲鳴を上げ、痛みは骨の髄までしみこんでくる。
「いっ……た、痛ぇ……死ぬぅ……っ」
俺がカーペットの上をのたうち回る中、すでに傷一つない体になった“ピルピル”が、苦虫を噛み潰したような顔で、口元だけで笑った。
「……お前、治癒魔法の法則も知らねぇのか」
低く落ちた声がやけに耳に残る。
奴の説明によれば、治癒魔法とは負傷を一度自分に移し、それを痛みと認識する前に完全に治しきる――脳筋仕様の魔法だという。
適性のない者が使えば治癒速度が追いつかず、負傷の一部が自分に残ってしまう。
……つまり、今の俺のように。
対象の傷を癒しながら、適正が無いとその三分の一近くを背負い込む――正真正銘の自爆技。
「なんちゅうクソ仕様……誰だ、こんなもん考えたのは……」
視界の端で、赤い瞳が細められる。
そこに驚きはなく、ただ静かな愉悦――「ざまぁみろ」と言わんばかりの色。
余計に腹が立つ。
「……っ、くそ……痛ぇ……なんで、こんな……仕様……」
呻き声を洩らしながら床に転がり続ける。
鎖の向こうの“ピルピル”は完全に回復し、つやつや。だが逆にこの俺が半殺し。
笑える話だ――いや、笑えない。
「二度と……治癒魔法なんか、使うか……」
そう呟いた俺の背筋を、別の冷たさがゆっくりと這い上がってきた。
それは痛みではなく、確実に死に近づいているという実感だった。
処刑を待たずとも今、ここで死ねるのではないかと思うほどの痛みだった。
肺が潰れ、骨が軋み、皮膚の下を熱と氷が交互に走る。
呼吸をするたびに胸が悲鳴を上げ、視界は白く瞬きながら縮んだり広がったりを繰り返す。
床に散った汗が、まるで冷たい海水のように肌を刺した。
何故だ、セレヴィスは治癒魔法の使い手だろ……そうか。
あらゆる可能性の中で一番有り得るのは俺がセレヴィスの中で目を覚ましたことで、この身体の適性が変わってしまったという話だ。
本来のセレヴィスなら、こんな魔法は痛みを残さず使いこなせたはずだ。
敵兵を何度でも焼き、何度でも蘇らせ、その過程すら愉しむような怪物だった。
だが今の俺は、その器だけを借りた、ただの人間だ。
高位の治癒魔法を支える魔力制御も、瞬間的な回復速度も、本来の精度には到底及ばない。
その差が――今、全身を切り裂くこの激痛だ。
光は確かにラヴェリオンを癒した。だが、その影で俺の体は、彼の負傷の三分の一をそっくり抱え込んでいる。
血の味が喉を満たし、意識の縁が暗く染まっていく。
こんなものを戦場で繰り返していたら、敵より先に自分が死ぬ。
……そして今、この状況で死ねば、処刑よりも早く物語から退場だ。
笑えない。
いや、笑えないどころか――このポンコツ仕様を抱えたまま、五年も生き延びられる気がしない。
391
あなたにおすすめの小説
【土壌改良】スキルで追放された俺、辺境で奇跡の野菜を作ってたら、聖剣の呪いに苦しむ伝説の英雄がやってきて胃袋と心を掴んでしまった
水凪しおん
BL
戦闘にも魔法にも役立たない【土壌改良】スキルを授かった伯爵家三男のフィンは、実家から追放され、痩せ果てた辺境の地へと送られる。しかし、彼は全くめげていなかった。「美味しい野菜が育てばそれでいいや」と、のんびり畑を耕し始める。
そんな彼の作る野菜は、文献にしか存在しない幻の品種だったり、食べた者の体調を回復させたりと、とんでもない奇跡の作物だった。
ある嵐の夜、フィンは一人の男と出会う。彼の名はアッシュ。魔王を倒した伝説の英雄だが、聖剣の呪いに蝕まれ、死を待つ身だった。
フィンの作る野菜スープを口にし、初めて呪いの痛みから解放されたアッシュは、フィンに宣言する。「君の作る野菜が毎日食べたい。……夫もできる」と。
ハズレスキルだと思っていた力は、実は世界を浄化する『創生の力』だった!?
無自覚な追放貴族と、彼に胃袋と心を掴まれた最強の元英雄。二人の甘くて美味しい辺境開拓スローライフが、今、始まる。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
【第一部・完結】毒を飲んだマリス~冷徹なふりして溺愛したい皇帝陛下と毒親育ちの転生人質王子が恋をした~
蛮野晩
BL
マリスは前世で毒親育ちなうえに不遇の最期を迎えた。
転生したらヘデルマリア王国の第一王子だったが、祖国は帝国に侵略されてしまう。
戦火のなかで帝国の皇帝陛下ヴェルハルトに出会う。
マリスは人質として帝国に赴いたが、そこで皇帝の弟(エヴァン・八歳)の世話役をすることになった。
皇帝ヴェルハルトは噂どおりの冷徹な男でマリスは人質として不遇な扱いを受けたが、――――じつは皇帝ヴェルハルトは戦火で出会ったマリスにすでにひと目惚れしていた!
しかもマリスが帝国に来てくれて内心大喜びだった!
ほんとうは溺愛したいが、溺愛しすぎはかっこよくない……。苦悩する皇帝ヴェルハルト。
皇帝陛下のラブコメと人質王子のシリアスがぶつかりあう。ラブコメvsシリアスのハッピーエンドです。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!
ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。
ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。
これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。
ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!?
ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19)
公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。
森で助けた記憶喪失の青年は、実は敵国の王子様だった!? 身分に引き裂かれた運命の番が、王宮の陰謀を乗り越え再会するまで
水凪しおん
BL
記憶を失った王子×森の奥で暮らす薬師。
身分違いの二人が織りなす、切なくも温かい再会と愛の物語。
人里離れた深い森の奥、ひっそりと暮らす薬師のフィンは、ある嵐の夜、傷つき倒れていた赤髪の青年を助ける。
記憶を失っていた彼に「アッシュ」と名付け、共に暮らすうちに、二人は互いになくてはならない存在となり、心を通わせていく。
しかし、幸せな日々は突如として終わりを告げた。
彼は隣国ヴァレンティスの第一王子、アシュレイだったのだ。
記憶を取り戻し、王宮へと連れ戻されるアッシュ。残されたフィン。
身分という巨大な壁と、王宮に渦巻く陰謀が二人を引き裂く。
それでも、運命の番(つがい)の魂は、呼び合うことをやめなかった――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる