性悪転生王子、全てはスローライフのために生きる

犬っころ

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西のアクアデル編

性悪王子、竜舎に行く

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これから王座に座る父上に文句を言いに行く――その前に、どうしても避けられない寄り道がある。
 竜舎だ。こいつ――グランデの生態について聞かねばならない。

 ……はぁ、気が重い。

 ただでさえ俺は、城内で「特大わがまま王子」として有名だ。そんな俺が、よりによって竜舎の責任者と顔を合わせるなんて、地獄以外の何物でもない。
 なぜなら――東のドラゴンの巣穴をちょっかい半分、実験半分でつついたあの日。
 その噂を聞きつけた竜舎の女責任者、ルーデルが、父上から朝一で謁見の許可を取り付け、怒涛の如く俺の元へ怒鳴り込んできたのだ。
 あの瞬間、俺は生まれて初めて「朝から顔を合わせたくない人間ランキング」というものを頭の中に作った。もちろん堂々の第一位だ。

 もともと竜舎には縁がなかった。行く必要もなかった。
 だがあれ以来、俺はますます竜舎から足が遠のいた。
 なのに今、その竜舎へ足を運ばねばならない。――これがどれほどの苦行か、誰が理解してくれるだろう。

 そんな俺の鬱々とした心境とは対照的に、グランデはラヴェリオンの腕の中で実にご機嫌だ。
 小さな翼をぱたつかせ、時折ふわりと飛んでくる蝶を捕まえようと、鼻先をひくひくさせている。

だが、俺たちが竜舎の敷地へ足を踏み入れた瞬間――それまでのんびり草を食んでいた竜たちの耳が、一斉にピクリと動いた。
 数秒後、まるで見えない合図でもあったかのように、バラバラと巨体が揺れ、尾がしなり、翼がばさりと空気を叩く音が響く。
 そして次の瞬間には、竜たちは広い草原のさらに奥、建物から最も遠い位置へと退避していた。

 俺は眉をひそめ、ラヴェリオンと腕の中のグランデへ視線を移す。
 ……ああ、そういうことか。

 あいつらは、グランデの存在にビビり散らかしたのだ。
 まだ翼も身体も小さいが、生まれつき纏う威圧感は隠せない。竜たちからすれば、たとえどこの群れにも属していなくても、グランデは確実に目上の存在――いや、もっと厄介な存在だ。

 言うなれば、竜界の社長の子供ポジ。
 直接の上司じゃなくても、下手な態度を取れば親の耳に入り、即クビ――そんな人間社会の理不尽な力関係を、そのまま巨大生物バージョンにしたようなものだ。
 草を食むのを中断し、遠くからこちらを窺う竜たちの目は、完全に「触らぬ神に祟りなし」のそれだった。


「お前も俺と同じで、友達には恵まれなさそうだな」


 軽く鼻で笑いながらそう告げると、グランデは大きな瞳を伏せ、喉の奥からまた情けないピルピル声を漏らした。
 ……まったく、この駄竜が胸を張って天を裂くような声を上げられるようになる日は来るのか。今の様子じゃ、威厳の欠片もない。

 俺がその鳴き声を聞き流していた、その時だった。
 空気が変わった。
 草原の奥で逃げ腰になっていた竜たちがざわりと首を上げ、鋭い視線を一点に向ける。
 俺たちの視界にも、その視線の先――泥だらけの制服をまとい、長靴にまで土と草がこびりついた女の姿が現れた。

 ルーデルだ。
 竜舎の責任者にして、竜以上に気性が荒い女。
 歩くたびに足元の泥が跳ね、怒りを隠す気配は欠片もない。
 目はまるで刃物のように細められ、その奥で煮え立つ憤りが赤く光っている。
 おそらく、ここに来る前に暴れる竜でも抑え込んでいたのだろう。
 だが今、その怒りの矛先は間違いなく俺に向かっていた。

泥の飛沫を散らしながら、ルーデルは真っ直ぐこちらに歩み寄ってきた。
 その足取りはまるで戦場の突撃兵。竜舎の制服は泥と草でまだらに汚れ、袖口には引っかき傷が走っている。
 目は鋭く、口元は怒りでわずかに引きつっていた。

 そして距離が詰まるやいなや、挨拶も何もなく、第一声から全力だった。


「ヴィス!! お前、また竜を泣かせたってどういうことだ!!」


その話はこないだ済んだだろう…

 怒鳴り声は竜たちの耳をも震わせ、遠くで草を噛んでいた個体すら一瞬顔を上げた。
 小さい頃から呼び慣れたその声は、俺の名前を正式に呼ぶ時よりずっと刺々しい。
 ルーデル――いや、デールは、昔からこうだ。言いたいことがあれば遠慮ゼロ、王太子の兄上だろうが竜舎の床に叩きつける勢いで噛みついてくる。


「ちょっと巣をつついただけだ」


「“ちょっと”で済むかッ!! お前のせいでドラゴンは群れを離れ、主人たちが慌てるのに影響されて竜舎はずっと修羅場なんだぞ!!」


 眉間に皺を寄せ、指先で俺の胸をぐっと突く。
 その突きは幼なじみの軽口なんかじゃない、本気で胸骨に響く一撃だった。
 俺は思わず半歩後ろへ下がりながら、肩越しにラヴェリオンを見る。
 だがラヴェリオンは面白そうに口角を上げ、グランデを抱えたまま見物モードに徹している。


「おまけにだ!」


 デールは一気に距離を詰め、俺と鼻先が触れそうなほどに迫る。


「その子竜、あんたが責任持って育てるって騎士団が決めたんだろ? 覚悟はあんのか!」


 ……なるほど。
 やっぱり兄上と同じく、逃げ場を与える気は欠片もないらしい。


 「自分の巣から逃げるような親を持ったこいつが可哀想だ。――こいつは俺がせいぜい飼い殺しにしてやる」


 吐き捨てた瞬間だった。
 バシィッ――と鋭い衝撃が頬を打ち、顔がわずかにのけぞる。
 デールが、いつの間にか手にしていた分厚い麻袋を、ほとんど投げつけるように俺の顔面へ叩き込んできたのだ。
 頬に走る痛みと、皮膚の下でじんじんと広がる熱。まるで「その減らず口、黙らせてやる」と言わんばかりの一撃。


 「――出てけ。お前には、ここに来る資格なんかない」


 デールの声音は低く、だが怒気が隠し切れていない。


 「それに、その可愛い小竜がここに居ると、下位の竜どもがビビり散らして大変なんだよ。デールだけでもう十分迷惑なんだ」


 麻袋の重みが手の中に残る。
 俺は、頬のヒリつきを無視して、その中身を覗き込んだ。
 ざらりとした紙の感触――小竜に関する古い文献や生態記録が、丁寧にファイリングされて詰められている。
 その下からは、乳白色の哺乳瓶がひとつ、ひょっこりと顔を出していた。

だが、あの幼竜がここにいるにしても……今日の竜どもの怯え方は、どう考えても尋常じゃない。
グランデが生まれつき纏う威圧感は理解している。群れに属さぬ若い竜でも、血筋や格が違えば、本能で一目置くのは当たり前だ。
けれど――さっきからのあの退き方は何だ。
一頭残らず視線を逸らし、尾を下げ、翼を畳み、まるで竜舎全体が見えない柵の向こうに閉じ込められたみたいに動きを止めている。
耳は伏せ、鼻先は地面。わずかに息を殺す音すら聞こえるほどだ。

ルーデルは何年も竜舎で竜を見てきた。
こないだ王都上空をドラゴンが飛来した時ですら、ここまで揃って腰を抜かす個体はいなかった。
威嚇や警戒はあっても、目を逸らして固まり続けるなんて、あれは“服従”ではなく“拒絶”だ。
……おかしい。グランデだけのせいじゃない。何か、もっと別の理由がある。

草原の奥で首をもたげた成竜の瞳が、ちらりとこちらを掠める。
その瞬間、背中の筋肉が痙攣したみたいに硬直し、奴は音もなく後退した。
同時に、他の個体たちも同じようにじりじりと距離を広げる。
――まるで、こいつらはこの場に近づくこと自体が命取りだと悟っているかのようだ。

ルーデルは視線を幼竜へ、それからその抱き手――ラヴェリオンへ移す。
胸の奥に、薄い棘のような感覚が引っかかる。
……この異常な空気の正体を、こいつらは知っているんじゃないか?

舌打ちをひとつ飲み込み、ルーデルは吐き捨てるように言った。


「それにしても、不自然なくらいに竜がビビってる。……頼むから、とっとと出ていってくれ」


 「……ありがとう、デール」


 そう言うと、デールは鼻で笑った。


 「礼なんかいらない。――てめぇ、二度とここに来るな」


 その瞳は俺を射抜くように冷たい。
 だが次の瞬間、デールの指先がラヴェリオンをまっすぐに指す。


 「ただし、二週間に一回くらいは……その後ろの従者に小竜を連れてこさせろ。ちゃんと風呂に入れてやる」


 ラヴェリオンは無言で軽く頷いたが、その頷き方が、妙に「また面倒事が増えたな」という色を帯びていた。













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