性悪転生王子、全てはスローライフのために生きる

犬っころ

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南のザハラーン編

性悪王子、駄竜の戦闘スタイルはやはり駄竜で頭を抱える

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砂漠の中心に足を踏み入れるほどに、空気は熱の塊と化し、地平線は揺らめき、そして――盗賊の影が増えていった。
最初は一日に一、二度の遭遇だったものが、今や数刻も歩けば砂丘の向こうからぞろぞろと現れる始末だ。


「……面倒だな」


俺は額の汗をぬぐい、砂の感触に沈む足を無理やり前へ押し出す。
ただでさえ歩き慣れぬ砂漠で、体力は水のように流れ落ちていく。
熱と乾きで肺が焼けるようだというのに、盗賊どもはよくもまぁこんな場所で元気に走れるものだと感心すらしてしまう。いや、感心なんかしている場合じゃない。

俺とラヴェリオンは、交互に相手を始末することで合意した。
片方が戦い、片方は息を整えながら次に備える。
そして倒した連中は、容赦なく俺の《空間支配》へと放り込む。
砂に崩れた体を縛り上げ、不気味なほど白い渦にに押し込み、残るのは足跡と血の跡だけだ。


「次は俺だ」


「任せた」


そんなやりとりを繰り返すうち、疲労は確実に積み重なり、肩と脚が鉛のように重くなっていく。

――そんなある時だった。
戦いの最中、グランデがふらふらとこちらに近づいてきた。
最初は何事かと訝しんだが、どうやら暇を持て余していたらしい。
駄竜はおもむろに翼を広げると、砂を巻き上げて跳躍し――次の瞬間、何のためらいもなく盗賊の背にドスンと着地した。


「ぐぼっ!」


情けない悲鳴と同時に、盗賊は地面へ沈む。
それを見たグランデは、まるで気に入った遊びを見つけた子供のように、尻尾を左右に振り回し始めた。
その一撃は、ちょうど野球のフルスイングのような勢いで、盗賊たちを次々と砂上に転がしていく。


「おい……お前、それ遊んでるだろ」


俺が呆れて言うと、グランデは「ぴるる」と鼻を鳴らし、まるで褒められたとでも思ったのか、さらに尻尾のスイングを強化する。
砂煙の向こうで、盗賊が空を舞い、砂に突き刺さる様は、もはや戦闘というより大道芸だ。


「全く……戦い方まで駄竜だな」


俺はため息をつきつつも、口元が緩むのを止められなかった。
ラヴェリオンも同じく肩を揺らして笑い、剣を軽く振って砂を払う。

こうして、俺たちの砂漠行軍は、疲労と苛立ち、そして駄竜の珍妙な戦闘芸を抱えながら、じわじわと南の奥地へ進んでいった。

ああ――水が、いくらあっても足りない。
乾いた風は喉を切り裂くようで、一息吸い込むたび肺の奥まで砂が入り込む錯覚に陥る。舌は乾き、唇はひび割れ、汗は瞬く間に蒸発して肌に塩を残す。
普通なら、この状況は冗談抜きで命に関わる。

だが――今の俺たちに限っては、そうでもない。

理由は単純だ。
かつて、アクアデル川がクソ貴族の見事な無能采配によって氾濫しかけた時、俺は応急処置として《空間支配》の中に川の水を丸ごと移し込んだことがある。
本来ならば事態が収まった後に川へ戻すつもりだったのだが……まあ、正直に言えば「めんどくさかった」ので、そのまま放置した。

そして今、その「怠慢」のおかげで、俺たちは砂漠のど真ん中にいながら、涼しい顔で水を口にできるわけだ。
あの時の俺よ――よくやった、実に見事だ。今なら何杯でも酒を奢ってやりたい。

ラヴェリオンも「お前の悪い癖が、初めて役に立ったな」と皮肉を言いながら、冷えた水袋を受け取り喉を潤す。
駄竜グランデはといえば、俺の足元で水をじゃぶじゃぶ浴び、まるで水遊びでもしているかのようだ。
……水の消費ペースは、ほぼ確実にこいつのせいで倍になっている。

俺は深く息を吸い、両手をゆっくりと地面に向ける。
熱を帯びた砂が、掌の魔力に応じてざわりと蠢き、波のように盛り上がっていく。
《土魔法》で骨格を作り、《空間支配》に封じていた水を掌から零すように注ぐと、乾いた砂がじゅっ、と小さな音を立てて飲み込み、みるみるうちにしっとりとした質感へと変わっていく。
さらに魔力を流し込んで圧縮し、形を整える――壁、屋根、出入り口。
まるで砂丘の一部が変質して、小さな砦へと化していくようだった。

最後に《固定結界》を張り、砂粒のひとつすら外れぬよう補強する。
こうして出来上がったのは、砂漠の真ん中にぽつりと佇む、温もりを帯びた小さな小屋。


「……今日は、ここで眠ろう」


ラヴェリオンが頷き、グランデは待ってましたと言わんばかりに尻尾を振って中へと駆け込む。
一歩足を踏み入れれば、そこは外界とは別世界だった。

砂嵐の轟音は厚い壁に遮られ、耳に届くのはわずかな低い唸りだけ。
外気の熱は遮断され、室内には涼やかな空気が漂う。
乾燥でひび割れていた唇が、ほんのりと潤いを取り戻していくのがわかる。

俺は壁に背を預け、長く息を吐いた。
ここまで休まず歩き続け、盗賊を斬り捨て、砂に足を取られながら進んできた身には、この静けさは何よりの救いだ。
ラヴェリオンは剣を壁際に立てかけ、グランデは丸まってゴロゴロと喉を鳴らす。

外は相変わらず地獄のような砂漠だが、この小屋の中だけは確かに、俺たちの世界だった。

しばらくの間、俺たちは何もせず、ただ足を投げ出していた。
砂漠の過酷さから解放されたこの小屋の中は、まるで別世界のように穏やかだ。
外の轟音は遠く、耳に届くのはグランデの喉の奥から漏れるくぐもったゴロゴロという音だけ。
ラヴェリオンは壁に背を預け、半ば瞼を落とし、俺も同じように視界が緩やかに霞んでいく――。


「さて、寝るか」


俺がそう呟き、毛布を肩まで引き上げたその時だった。

突然、グランデが耳をぴんと立て、次の瞬間には甲高い鳴き声を上げた。
まるで警戒音のように鋭く、何かを訴えるように短く連続して鳴く。
そして、俺のマントの裾をガシリと噛み、力任せに引っ張り始めた。


「おい、どうした……」


その必死さは尋常じゃない。遊び半分ではないと一目でわかる。

俺が立ち上がると、グランデはすぐさま入口へ駆け、振り返りもせず外へ飛び出していく。
ラヴェリオンと顔を見合わせ、俺たちも後を追った。

小屋の外は、容赦ない砂嵐が吹き荒れていた。
月明かりも届かない灰色の闇の中、グランデは何かを見つけ、低く唸っている。
その視線の先――砂に半ば埋もれるように、巨大な影が横たわっていた。

近づくと、それが何であるかはすぐにわかった。
鱗は砂色にくすみ、ところどころ剥がれ落ちている。翼は裂け、血が乾いて黒く固まっていた。
――ドラゴンだ、それもまだ幼い

その呼吸は浅く、喉の奥でかすかな唸りが漏れている。
だが、その目はまだ死んではいなかった。
濁った瞳が、砂嵐の中で俺たちを捕らえ、かすかに光を宿す。


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