150 / 205
北の氷焔山地編
性悪王子、戦場の天使だったんだよ?
しおりを挟むあの後、冒険者チームを撃破してからというもの、特に目立った強敵は現れなかった。俺たちの“鏡戦法”もすっかり知られるようになり、対策を講じるチームも現れた。例えば鏡の土台を溶かして足場ごと崩すやつ、雪を水に変えて反射を乱すやつ。けれど駄竜共の無駄に器用な機転と根性のおかげで、どうにか勝ち進んできた。
――そしてついに、決勝戦。
相手は去年の覇者、王国騎士団北方駐屯地の精鋭部隊。
戦場に立つ彼らの姿は、もう「雪遊び」なんて生易しいものではなかった。構え一つに隙がなく、視線は鋭く獲物を狙う獣のようだ。油断も慢心も一切ない。
やれやれ……舐めてかかってくれれば楽だったのに、こっちを冷静に観察してくるとは。
「セレヴィス、どうする? 勝てる?」
カリムが小声で尋ねてくる。人型の彼の瞳は期待と緊張で揺れていた。
「勝つさ。……ただし、“正面から”じゃ無理だ」
俺は静かに目を閉じ、戦場の全体像を思い描く。
――剣二、盾一、後衛二。騎士団らしい鉄板の布陣。雪合戦といえど、彼らは完全に軍事演習の延長で動いている。盾を軸に縦隊を組み、前衛が雪玉で圧をかけ、後衛が魔力を籠めた弾を正確に撃ち込む。隊列を組まれれば突破は難しい。だが、奴らの強みを封じ込める方法ならある。
「作戦名は……幻光迷宮だ」
かつて俺が戦場で好んで使った戦法。その応用だ。
「げんこう……?」
「見てろ」
――ドンドンドン!!
開戦を告げる太鼓が鳴り響いた瞬間、俺は地面に魔力を叩き込んだ。込める魔力は一か八か、多分上限スレスレだ。
轟、と大地が震え、白銀の雪原が形を変える。
雪が盛り上がり、左右に壁を築き、通路を切り分けていく。瞬きする間にフィールドは複雑な通路と小広場が入り乱れる “氷雪の迷宮” へと姿を変えた。観客席からは驚きのどよめきが広がる。
これで奴らは大好きな隊列を組めない。盾で守り合う優位性も、剣士の連携も意味を失う。
「カリム、矢を撃て!」
「はいっ!」
カリムが雪の弓を引き絞ると、俺は光を屈折させて氷壁に反射させた。矢は一本――けれど氷の壁と鏡面を通して散乱する光が、無数の幻影を伴わせる。
観客には矢が十にも百にも増えて飛んでいるように見えただろう。敵からすればどれが本物か判断できない。
「な……!? どれが本物だ!」
後衛の魔法使いが慌てて雪壁の陰に飛び込むが遅い。一本が直撃し、魔具が光って彼は退場となった。残る盾は辛うじて雪玉で迎撃したが、鏡の反射で視界が乱され、動きは鈍い。
だが、さすがは騎士団。ここから反撃に出た。
大盾の男が咆哮と共に突進し、剣士二人が迷宮の壁を次々と打ち壊して突破口を開こうとする。氷雪の壁は防御にはなるが、過剰に魔力を籠めればルール違反で溶けてしまう。俺も限界を見極めなければならない。
「セレヴィス、まずい!」
カリムの声。視界の奥で、大剣を持つ剣士が巨大な雪玉を振りかぶった。魔力を籠め、質量を高めたそれはほとんど氷塊のようだ。
――来るか。
俺は雪を掬い上げ、細い光糸を編むように魔力を流し込む。雪片が空中で束ねられ、細い糸となって敵の腕と足を絡め取る。ちょうど操り人形の糸のように。
大剣の剣士が一瞬、足を止めた。その隙に俺は雪玉を生成し、糸を伝って叩き込む。直撃――光が瞬き、彼はゲームオーバー。
観客から大歓声が上がる。雪煙と幻影が入り乱れる中、俺の刃と雪玉が舞い、次々と敵を倒していく。
彼らには、まるで無数のセレヴィスが雪壁から飛び出し、同時に攻撃を仕掛けているように見えただろう。
――“戦場の天使”。だがやっていることは悪魔そのものだ。
最後に残った盾の男が、氷雪の迷宮に翻弄されて孤立した。盾を高く掲げ必死に雪玉を弾くが、反射と幻影で方向感覚を狂わされ、死角からカリムの矢が突き抜ける。
魔具が光を放ち、彼も退場。
その瞬間、決勝戦を告げる太鼓が鳴り響いた。
氷雪の迷宮は静かに崩れ落ち、白銀のフィールドが姿を取り戻す。
――勝負あり。俺たちの勝利だ。
『これより入賞チームの紹介を行います! 一位――駄竜と愉快な俺! 二位――王国騎士団北方駐屯地! 以下三位……』
場内に響き渡るアナウンスと同時に、観客席から割れんばかりの歓声が巻き起こった。
俺たちはなんと一位。干し肉に加え、副賞として最高級ビーフジャーキーまで贈られるという大盤振る舞いだった。
グランデはあまりの喜びように、表彰台の端を叩き割りそうな勢いで跳ね回り、慌てて係員に止められていた。
そしてカリムも興奮しすぎて暴れ出す。
「やったな! ほらグランデ、肉だぞ肉!!」
ピルピル!ピルピル!ピルピル!
「……静かにしろ、台が壊れる」
そんな騒ぎの最中、背後から低い声がかかった。振り返ると、そこには騎士団の隊長らしき男――先程まで盾を構えて立ちはだかっていた男がいた。
傷だらけの甲冑をまといながらも、その背筋は真っ直ぐ伸びている。
「お見事でした」
彼は真っ直ぐ俺を見据え、礼を取った。
「私は戦場で第二王子殿下の戦いを拝見したことがありますが……貴殿の戦いぶりは、殿下にとてもよく似ておられる。戦えたことを光栄に思います」
――あはん。
素直に言われれば悪い気はしない。褒められて嬉しい。だが同時に、胸の奥で妙な引っかかりを覚えた。
似ている? いや、似ているも何も、俺こそがその“第二王子”本人だ。
当たり前だろう、俺の剣筋なんだから。
けれどこの男は知らない。目の前で笑っている相手が、かつて彼らが遠目に見たあの“王子”そのものだということを。
皮肉なものだな、と唇の端が吊り上がる。
……だが北方にまで俺の悪行は広がっている。
戦場でやらかした数々の所業、容赦のない蹂躙、光と血で染めた悪魔の芸術。
剣筋が第二王子に似ているは褒め言葉として十分すぎるがもし本人だとバレたら俺はこの場で八つ裂きにされるやもしれん。
――光栄に思う、か。
駄竜に滅多に出来ない騎士団との戦闘を経験させてあげられた。勝っても負けてもそれだけで成長に繋がるだろう。
「いえいえ、こちらこそ……ありがとうございました」
その瞬間、脇の掲示板に映ったカウンターを見て、俺は思わず息を呑んだ。
――残り七。
あとたった七で、俺たちは魔力上限オーバーで失格になっていたのだ。
つまりあの戦いは、観客が熱狂した華麗な勝利の裏側で、実際には本当にギリギリの綱渡りだった。
もし最後の一撃が外れていたら、俺たちは敗者としてこの表彰台には立てなかっただろう。
手にしたビーフジャーキーの重みが、ただの肉以上にずしりと響いてくる。
――勝利の味ってやつは、想像以上にしょっぱい。
241
あなたにおすすめの小説
【土壌改良】スキルで追放された俺、辺境で奇跡の野菜を作ってたら、聖剣の呪いに苦しむ伝説の英雄がやってきて胃袋と心を掴んでしまった
水凪しおん
BL
戦闘にも魔法にも役立たない【土壌改良】スキルを授かった伯爵家三男のフィンは、実家から追放され、痩せ果てた辺境の地へと送られる。しかし、彼は全くめげていなかった。「美味しい野菜が育てばそれでいいや」と、のんびり畑を耕し始める。
そんな彼の作る野菜は、文献にしか存在しない幻の品種だったり、食べた者の体調を回復させたりと、とんでもない奇跡の作物だった。
ある嵐の夜、フィンは一人の男と出会う。彼の名はアッシュ。魔王を倒した伝説の英雄だが、聖剣の呪いに蝕まれ、死を待つ身だった。
フィンの作る野菜スープを口にし、初めて呪いの痛みから解放されたアッシュは、フィンに宣言する。「君の作る野菜が毎日食べたい。……夫もできる」と。
ハズレスキルだと思っていた力は、実は世界を浄化する『創生の力』だった!?
無自覚な追放貴族と、彼に胃袋と心を掴まれた最強の元英雄。二人の甘くて美味しい辺境開拓スローライフが、今、始まる。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
【第一部・完結】毒を飲んだマリス~冷徹なふりして溺愛したい皇帝陛下と毒親育ちの転生人質王子が恋をした~
蛮野晩
BL
マリスは前世で毒親育ちなうえに不遇の最期を迎えた。
転生したらヘデルマリア王国の第一王子だったが、祖国は帝国に侵略されてしまう。
戦火のなかで帝国の皇帝陛下ヴェルハルトに出会う。
マリスは人質として帝国に赴いたが、そこで皇帝の弟(エヴァン・八歳)の世話役をすることになった。
皇帝ヴェルハルトは噂どおりの冷徹な男でマリスは人質として不遇な扱いを受けたが、――――じつは皇帝ヴェルハルトは戦火で出会ったマリスにすでにひと目惚れしていた!
しかもマリスが帝国に来てくれて内心大喜びだった!
ほんとうは溺愛したいが、溺愛しすぎはかっこよくない……。苦悩する皇帝ヴェルハルト。
皇帝陛下のラブコメと人質王子のシリアスがぶつかりあう。ラブコメvsシリアスのハッピーエンドです。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!
ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。
ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。
これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。
ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!?
ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19)
公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる