性悪転生王子、全てはスローライフのために生きる

犬っころ

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北の氷焔山地編

性悪王子、戦場の天使だったんだよ?

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あの後、冒険者チームを撃破してからというもの、特に目立った強敵は現れなかった。俺たちの“鏡戦法”もすっかり知られるようになり、対策を講じるチームも現れた。例えば鏡の土台を溶かして足場ごと崩すやつ、雪を水に変えて反射を乱すやつ。けれど駄竜共の無駄に器用な機転と根性のおかげで、どうにか勝ち進んできた。
 ――そしてついに、決勝戦。

 相手は去年の覇者、王国騎士団北方駐屯地の精鋭部隊。
 戦場に立つ彼らの姿は、もう「雪遊び」なんて生易しいものではなかった。構え一つに隙がなく、視線は鋭く獲物を狙う獣のようだ。油断も慢心も一切ない。
 やれやれ……舐めてかかってくれれば楽だったのに、こっちを冷静に観察してくるとは。


「セレヴィス、どうする? 勝てる?」


 カリムが小声で尋ねてくる。人型の彼の瞳は期待と緊張で揺れていた。


「勝つさ。……ただし、“正面から”じゃ無理だ」


 俺は静かに目を閉じ、戦場の全体像を思い描く。
 ――剣二、盾一、後衛二。騎士団らしい鉄板の布陣。雪合戦といえど、彼らは完全に軍事演習の延長で動いている。盾を軸に縦隊を組み、前衛が雪玉で圧をかけ、後衛が魔力を籠めた弾を正確に撃ち込む。隊列を組まれれば突破は難しい。だが、奴らの強みを封じ込める方法ならある。


「作戦名は……幻光迷宮だ」


 かつて俺が戦場で好んで使った戦法。その応用だ。


「げんこう……?」


「見てろ」


 ――ドンドンドン!!
 開戦を告げる太鼓が鳴り響いた瞬間、俺は地面に魔力を叩き込んだ。込める魔力は一か八か、多分上限スレスレだ。

轟、と大地が震え、白銀の雪原が形を変える。
 雪が盛り上がり、左右に壁を築き、通路を切り分けていく。瞬きする間にフィールドは複雑な通路と小広場が入り乱れる “氷雪の迷宮” へと姿を変えた。観客席からは驚きのどよめきが広がる。
 これで奴らは大好きな隊列を組めない。盾で守り合う優位性も、剣士の連携も意味を失う。


「カリム、矢を撃て!」


「はいっ!」


 カリムが雪の弓を引き絞ると、俺は光を屈折させて氷壁に反射させた。矢は一本――けれど氷の壁と鏡面を通して散乱する光が、無数の幻影を伴わせる。
 観客には矢が十にも百にも増えて飛んでいるように見えただろう。敵からすればどれが本物か判断できない。


「な……!? どれが本物だ!」


 後衛の魔法使いが慌てて雪壁の陰に飛び込むが遅い。一本が直撃し、魔具が光って彼は退場となった。残る盾は辛うじて雪玉で迎撃したが、鏡の反射で視界が乱され、動きは鈍い。

 だが、さすがは騎士団。ここから反撃に出た。
 大盾の男が咆哮と共に突進し、剣士二人が迷宮の壁を次々と打ち壊して突破口を開こうとする。氷雪の壁は防御にはなるが、過剰に魔力を籠めればルール違反で溶けてしまう。俺も限界を見極めなければならない。


「セレヴィス、まずい!」


 カリムの声。視界の奥で、大剣を持つ剣士が巨大な雪玉を振りかぶった。魔力を籠め、質量を高めたそれはほとんど氷塊のようだ。
 ――来るか。

 俺は雪を掬い上げ、細い光糸を編むように魔力を流し込む。雪片が空中で束ねられ、細い糸となって敵の腕と足を絡め取る。ちょうど操り人形の糸のように。
 大剣の剣士が一瞬、足を止めた。その隙に俺は雪玉を生成し、糸を伝って叩き込む。直撃――光が瞬き、彼はゲームオーバー。

 観客から大歓声が上がる。雪煙と幻影が入り乱れる中、俺の刃と雪玉が舞い、次々と敵を倒していく。
 彼らには、まるで無数のセレヴィスが雪壁から飛び出し、同時に攻撃を仕掛けているように見えただろう。
 ――“戦場の天使”。だがやっていることは悪魔そのものだ。

 最後に残った盾の男が、氷雪の迷宮に翻弄されて孤立した。盾を高く掲げ必死に雪玉を弾くが、反射と幻影で方向感覚を狂わされ、死角からカリムの矢が突き抜ける。
 魔具が光を放ち、彼も退場。

 その瞬間、決勝戦を告げる太鼓が鳴り響いた。
 氷雪の迷宮は静かに崩れ落ち、白銀のフィールドが姿を取り戻す。
 ――勝負あり。俺たちの勝利だ。


『これより入賞チームの紹介を行います! 一位――駄竜と愉快な俺! 二位――王国騎士団北方駐屯地! 以下三位……』

 場内に響き渡るアナウンスと同時に、観客席から割れんばかりの歓声が巻き起こった。
 俺たちはなんと一位。干し肉に加え、副賞として最高級ビーフジャーキーまで贈られるという大盤振る舞いだった。
 グランデはあまりの喜びように、表彰台の端を叩き割りそうな勢いで跳ね回り、慌てて係員に止められていた。

そしてカリムも興奮しすぎて暴れ出す。


「やったな! ほらグランデ、肉だぞ肉!!」
ピルピル!ピルピル!ピルピル!


「……静かにしろ、台が壊れる」


 そんな騒ぎの最中、背後から低い声がかかった。振り返ると、そこには騎士団の隊長らしき男――先程まで盾を構えて立ちはだかっていた男がいた。

傷だらけの甲冑をまといながらも、その背筋は真っ直ぐ伸びている。


「お見事でした」


 彼は真っ直ぐ俺を見据え、礼を取った。


「私は戦場で第二王子殿下の戦いを拝見したことがありますが……貴殿の戦いぶりは、殿下にとてもよく似ておられる。戦えたことを光栄に思います」

 ――あはん。
 素直に言われれば悪い気はしない。褒められて嬉しい。だが同時に、胸の奥で妙な引っかかりを覚えた。
 似ている? いや、似ているも何も、俺こそがその“第二王子”本人だ。
 当たり前だろう、俺の剣筋なんだから。

 けれどこの男は知らない。目の前で笑っている相手が、かつて彼らが遠目に見たあの“王子”そのものだということを。
 皮肉なものだな、と唇の端が吊り上がる。

 ……だが北方にまで俺の悪行は広がっている。
 戦場でやらかした数々の所業、容赦のない蹂躙、光と血で染めた悪魔の芸術。
剣筋が第二王子に似ているは褒め言葉として十分すぎるがもし本人だとバレたら俺はこの場で八つ裂きにされるやもしれん。

 ――光栄に思う、か。
 駄竜に滅多に出来ない騎士団との戦闘を経験させてあげられた。勝っても負けてもそれだけで成長に繋がるだろう。


「いえいえ、こちらこそ……ありがとうございました」


 その瞬間、脇の掲示板に映ったカウンターを見て、俺は思わず息を呑んだ。
 ――残り七。
 あとたった七で、俺たちは魔力上限オーバーで失格になっていたのだ。

 つまりあの戦いは、観客が熱狂した華麗な勝利の裏側で、実際には本当にギリギリの綱渡りだった。
 もし最後の一撃が外れていたら、俺たちは敗者としてこの表彰台には立てなかっただろう。

 手にしたビーフジャーキーの重みが、ただの肉以上にずしりと響いてくる。
 ――勝利の味ってやつは、想像以上にしょっぱい。















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