性悪転生王子、全てはスローライフのために生きる

犬っころ

文字の大きさ
186 / 205
北の氷焔山地編

性悪王子、計画を立てる

しおりを挟む
結局、ジークは最後までまともに立っていられなかった。
 焔と穂希に挨拶をする場面ですら、顔は蒼白を通り越して真っ白。
 唇は震え、返事は喉で潰れ、まるで魂を半分置き忘れてきた亡者のようだった。

 さすがに可哀想になった俺は、肩を軽く叩いて言ってやった。

 「……そこで座ってろ。今日は置物でいい」

 ジークは安堵したように腰を下ろし、まるで糸の切れた人形のようにその場で固まった。
 まぁいい。金貨十五枚の価値を取り返すのは、もう少し先の話だ。

 一方の駄竜共はというと、元気そのものだった。
 炎華の姿を見つけるや否や、一目散に駆け出していった。
 今ごろは炎華の部屋で、枕を投げ、翼をばさばささせて大はしゃぎしていることだろう。

障子や襖を破かないといいけど……


 ――だが俺にとっての本番は、これからだ。

 ローワン。
 そして、腐りきった騎士団。
 俺はこれを、ぶち壊す。

 前提条件はすでに揃っている。
 供物の酒に毒が仕込まれていることは掴んでいる。
 そして「舞を踊る者」は、転移門を潜る前に必ずその酒を「お清め」として一杯飲む決まりだ。

 つまり――毒酒を阻止さえできればいい。
 舞が守られる。
 炎華が守られる。
 そうなれば、後はローワンを証拠ごと拘束し、終幕を迎えるだけ。

 計画は単純。
 だが、簡単に見えるほど奥は深い。
 裏切り者を炙り出す舞台は、すでに整っている。

重苦しい沈黙が広間を満たしていた。
 毒酒をどう阻止するか――その一点を巡り、俺たち三人は机を挟んで向かい合っていた。

 最初に口を開いたのは焔だった。
 「……祭りの供物は、王家が管理する。ならば、舞の直前に“形式を変える”と布告すればよい。お清めの酒ではなく、浄火をくぐらせた水を用いる、と」
 焔の声音は冷静で、あくまでも波風を立てない解決を目指していた。
 王としての立場を考えれば当然の提案だ。権威は揺るがず、誰も血を流さずに済む。

 だが――それを聞いた穂希は即座に机を叩いた。
 「甘ぇんだよ、それじゃ!!」
 彼の目には怒りと焦燥が宿り、声は震えるほど熱を帯びていた。
 「炎華の命を狙った奴が、のうのうと生きてりゃ、また必ず繰り返す。焔、お前は王だからそう言うのは分かる。でもな、俺は――炎華を愛してるんだ。たとえここら一体が血で染まろうが、狙った奴は皆まとめて地獄に叩き落としてやる」

言葉の一つ一つに剣の刃が込められていた。
 俺も焔も、一瞬返す言葉を失うほど苛烈だった。

 そこで、俺は椅子に深く座り直し、わざと軽い口調で切り込んだ。
 「……まぁ、二人とも言ってることは分かるよ。でもさ――毒を止めるだけじゃ意味ねぇんだよ」
 焔が眉をひそめ、穂希がこちらに視線を寄越す。
 俺はわざと笑みを浮かべた。

 「ローワンを捕らえる。それも裏でこっそり、なんて生ぬるいことじゃダメだ。民衆の前で、奴に全部自白させる。その場で“俺が毒を仕込んだ、炎華を殺そうとした”ってな。そんで処刑しちゃえばいい。見せしめに」

 焔の目がわずかに細くなる。
 穂希は一瞬の沈黙のあと――にやりと笑った。

 俺はさらに続ける。
 「でな。問題は“その後”だ。騎士団の腐敗は奴一人じゃねぇ。連中を一網打尽にするには、民衆に“恐怖”を刻む必要がある。だから……“ドラゴンは都市伝説”なんて甘い嘘は、今日で終わりにすりゃいい」
 「……!」焔が息を呑む。
 「“赤き御影”はガチで存在して、しかも人間ごときが逆らえば消し炭にされる――そう広めちまえばいいんだ。そうすりゃ、二度と軽んじる奴はいねぇよ」

 静寂。
 重苦しい空気が流れる中、焔と穂希は互いに目を合わせ、そして俺を見た。

 「……非情だな」焔が低く呟く。
 「でも、それが一番確実だ」穂希が頷く。
 そして二人は同時に、ゆっくりと口を開いた。

 「――賛成だ」

 その瞬間、焔の王としての冷静さも、穂希の激情も、俺の現実的なえぐさも、一つの方針へとまとまった。

 毒酒は阻止する。
 ローワンを晒し、処刑する。
 そして――ドラゴンの存在を世界に刻みつける。

 血と炎でしか覆せぬものを、俺たちは選んだのだ。

 「……ただな」
 俺は椅子の背に深く凭れ、天井を仰ぎながら言葉を吐いた。

 「この街の連中、庶民まで震え上がらせんのは、正直かわいそうだろ。祭りを楽しみにしてる奴らもいるし、子供だっている。ドラゴンが本物だって知った途端に“明日からどうやって生きりゃいいんだ”って絶望されても困る」

 焔と穂希が同時にこちらを見た。
 俺はゆっくりと視線を戻し、唇の端を吊り上げる。

 「だからさ――ドラゴンの宴に招かれる“村長”ども。あいつらが一堂に会した場で見せしめをやる。ローワンを捕らえて、その場で“俺がやりました”って言わせて、首を落とす。そうすりゃ上は震えあがるが、下の連中は祭りの余韻に酔って眠れるって寸法だ」

 焔はわずかに眉を寄せた。
 「……つまり、権力を持つ者だけに恐怖を刻む、というのか」

 俺はにやりと笑った。
 「そう。支配層にだけ“ドラゴンに逆らうとこうなる”って刷り込めば十分だろ。庶民は日常を守ってやればいい。だが村長や騎士団幹部は、跡形もなく潰す。表と裏で線を引くんだ」

 穂希が勢いよく頷いた。
 「いいな、それ。炎華に手を出したツケを払わせるには一番だ。村長連中は震えて眠れって話だ」

 焔はしばらく黙し、やがて重々しく頷いた。
 「……分かった。宴の場を処刑台に変える。それなら民も怯えずに済むし、権力者どもだけが恐怖に苛まれる」

 俺は椅子を揺らしながら、薄く笑った。
 「よし、決まりだ。――ローワン、最後の酒盛りは派手にしてやるよ」

 「そのためにも……」
 俺は低く呟いた。
 「今日の夜、ローワンに会いに行く。あの日“酒場で続きを話そう”って言われたろ。あいつの口から直接、犯行計画をもっと詳しく聞き出す。味方のフリをした敵がいちばん恐ろしい――その事実を、ローワン自身に証明させてやる」

 決意を込めてマントのフードを深く被る。隣で同じくフードを被った穂希も、血の匂いを孕んだ瞳を隠した。
 これから足を運ぶのは、騎士団や役人が絶対に知らぬふりを決め込む裏の酒場。
 ――“腐敗”の心臓部だ。

 だが、その前に。

 俺は視線を横へ滑らせ、椅子に腰かけたままガタガタと震えている置物――いや、ジークに声をかけた。
 「……おい、ジーク」

 ビクッと肩を震わせ、こっちを見た目はまるで捕まったウサギだ。

 「駄竜共を二十一時ぴったりに騎士団へ送れ。俺も二十一時ちょうどに戻る。それまでは……お前の役目だ」

 「……っ、は、はいぃぃぃ……!」

 目玉の裏まで真っ白にして必死に頷く姿は、哀れというより笑えて仕方がない。
 だが――この怯え方なら、裏切りの心配はねぇ。

 俺はマントの影で薄く笑い、穂希と共に夜の街へと足を踏み出した。
 これから始まるのは、罠を仕掛けられたフリをしながら、逆に罠を仕掛け返す――そんな薄氷の取引だ。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【土壌改良】スキルで追放された俺、辺境で奇跡の野菜を作ってたら、聖剣の呪いに苦しむ伝説の英雄がやってきて胃袋と心を掴んでしまった

水凪しおん
BL
戦闘にも魔法にも役立たない【土壌改良】スキルを授かった伯爵家三男のフィンは、実家から追放され、痩せ果てた辺境の地へと送られる。しかし、彼は全くめげていなかった。「美味しい野菜が育てばそれでいいや」と、のんびり畑を耕し始める。 そんな彼の作る野菜は、文献にしか存在しない幻の品種だったり、食べた者の体調を回復させたりと、とんでもない奇跡の作物だった。 ある嵐の夜、フィンは一人の男と出会う。彼の名はアッシュ。魔王を倒した伝説の英雄だが、聖剣の呪いに蝕まれ、死を待つ身だった。 フィンの作る野菜スープを口にし、初めて呪いの痛みから解放されたアッシュは、フィンに宣言する。「君の作る野菜が毎日食べたい。……夫もできる」と。 ハズレスキルだと思っていた力は、実は世界を浄化する『創生の力』だった!? 無自覚な追放貴族と、彼に胃袋と心を掴まれた最強の元英雄。二人の甘くて美味しい辺境開拓スローライフが、今、始まる。

【第一部・完結】毒を飲んだマリス~冷徹なふりして溺愛したい皇帝陛下と毒親育ちの転生人質王子が恋をした~

蛮野晩
BL
マリスは前世で毒親育ちなうえに不遇の最期を迎えた。 転生したらヘデルマリア王国の第一王子だったが、祖国は帝国に侵略されてしまう。 戦火のなかで帝国の皇帝陛下ヴェルハルトに出会う。 マリスは人質として帝国に赴いたが、そこで皇帝の弟(エヴァン・八歳)の世話役をすることになった。 皇帝ヴェルハルトは噂どおりの冷徹な男でマリスは人質として不遇な扱いを受けたが、――――じつは皇帝ヴェルハルトは戦火で出会ったマリスにすでにひと目惚れしていた! しかもマリスが帝国に来てくれて内心大喜びだった! ほんとうは溺愛したいが、溺愛しすぎはかっこよくない……。苦悩する皇帝ヴェルハルト。 皇帝陛下のラブコメと人質王子のシリアスがぶつかりあう。ラブコメvsシリアスのハッピーエンドです。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。 ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。 これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。 ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!? ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19) 公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。

処理中です...