性悪転生王子、全てはスローライフのために生きる

犬っころ

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北の氷焔山地編

性悪王子、カリムがいじらしすぎて尊死する

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ていうか硬すぎて何言ってるかわかんねぇよ。

はいはい、要するにさ――
ドラゴン様のおかげで俺ら子孫残せましたありがとね、ってやつ。で、この酒?王国で一番いいやつっすわ。飲んでくださいな。

今日は百年ぶりの大事な日だから、夏ノ宮様の前で土下座できて光栄っす。

この一杯で舞ももっと尊く見えますように~って願っときますわ。どうぞどうぞ


ってことだ。

 愚直に杯へと酒が注がれていく――その一滴一滴が、血のように赤く、俺の耳にはやけに重い音を立てて落ちたように聞こえた。
 次の瞬間、俺は迷いもせずローワンの後頭部を鷲掴みにした。がっちりと捕らえ、畳へと叩き伏せる。鈍い音が響き、座敷の空気が一瞬で凍りつく。

 「――ドラゴン共!」

 声は自然と張り上げられていた。
 「その酒に手ぇ出すな。中身は“清め”なんかじゃねぇ。お前らをぶち殺すために特別に調合された毒だ!」

 杯を手にしたままの炎華が僅かに目を見開き、焔も隣で息を呑む。
 ローワンは必死に身をよじったが、俺はその頭を畳に押し付けたまま力を緩めない。

 「……っ、き、貴様っ!! なぜ――裏切る……っ!」

 ローワンの声は、怒号というよりも断末魔に近い。
 裏切った?笑わせるな。最初から俺はお前の味方じゃねぇ。

ジークも遅れて駆け寄り、剣を抜いた。ぎこちない動きながらも、ローワンの側近どもに切っ先を浴びせる。致命にはならぬよう、わざと筋肉や衣服の浅いところを刻んでいくのが見え見えで――だが逆に、それが一層彼らを絶望させた。逃げ場を削がれ、痛みだけを与える斬撃。ジークなりに考えたやり方なのだろう。

 「おい、そこのドラゴン。炎華が持ってる酒、寄越せ」

 ジークの声に、白紋付のドラゴンが一歩進み出る。無言で炎華から杯を受け取り、重々しくこちらへと持ってきた。

 次の瞬間――そのドラゴンはジークが放り出した側近の一人の足を鷲掴みにし、畳を擦らせながら中央へと引きずり出した。

 「ひ、ひぃ……っ!!」

 男の顔は恐怖で引き攣っている。だがドラゴンは容赦なく膝を踏み砕き、地にひざまずかせる。

 「人間……あまり我らを舐めるな。我らは北に連なる誇り高きドラゴン。いかに天より遣わされし“白”の御身内なれど――我らは己が眼で確かめたものしか信じぬ」

 その声音は冷え切った岩肌のようで、部屋全体が息を呑んだ。

 ……あ、これ、俺らよりヤバいことしようとしてね?え?ん?もしかしてお前ら穂希に英才教育されてた系?

 俺は心の中で顔を引き攣らせる。

 ドラゴンはためらいなく側近の顎を掴み、軋む音と共に口をこじ開けた。
 そして――杯の中身を一滴残らず、喉へと流し込む。


「あちゃぁ……」


 「ぐ、ぁ、げほっ、や、やめ――」

 悲鳴はすぐに濁った呻きへと変わる。
 顔がみるみる紫色に染まり、血管が黒い枝のように浮かび上がっていく。指が硬直し、眼球が裏返り、舌が喉からだらりと垂れ――その体は泡立つように痙攣を繰り返した。

 次の瞬間、皮膚が破れ、黒い膿のような液体が溢れ出す。
 有り得ないほどグロテスクな変容を経て、男は痙攣したまま硬直し、やがて崩れ落ちた。

 「……っ」
 俺は咄嗟に炎華を見た。
 あの子にこんな地獄絵図を見せてしまった――そう思った瞬間、後ろの踊り子たちが一斉に身を寄せ、炎華の目を抱きしめるように覆った。
 その仕草はあまりに自然で、まるで最初からその役目を担っていたかのようだった。

 ……北のドラゴンは気ままで自由奔放、と聞いていたが――どうやら違うらしい。
 確かに気ままだ。だがその実、徹底した上下がある。己らが信じる秩序を崩さないためなら、ためらいなく他者を踏み躙る。

 焼け付く匂いと死の気配が充満する中、沈黙を破ったのはドラゴンの低い声だった。

 「……毒、紛れもなく真実。疑った非礼を詫びる。申し訳なかった」

 白紋付のドラゴンは深く頭を垂れ、次の瞬間――掌をかざす。
 ぼふっ、と乾いた音が響いたかと思うと、紫黒に膨れ上がった死骸は瞬時に炎へと包まれ、あっという間に灰へと変わった。残ったのは焦げた鉄の匂いだけ。冷酷さと潔癖さを兼ね備えた所作に、場に居合わせた者全てが息を呑んだ。

 その張り詰めた沈黙を、ぱたぱたと小さな足音が破った。
 てこてこ……と、駄竜二匹が揃ってやって来る。

 グランデの口には、どこから拾ってきたのか酒瓶がぶら下がっている。
 カリムは両手でしっかりと盃を抱え込み、目をきらきらさせていた。


 「酒……。しろ?のドラゴンと、南のドラゴンの……我が、もってきた酒……なら……きお清めとしては……十分だろう」

 どこまで理解しているのか怪しいが、必死に伝えようとしている。
 カリムは盃を差し出しながら、首を傾げて炎華を見上げ――

 「ほら……えんか……その……がんばれ」

 ……あぁ。もう。
 いじらしい。可愛い。愛おしすぎて頭がおかしくなるってばよ。

 あの赤き御影だの、百年の契りだの、重苦しい空気を全部吹き飛ばしてしまう無垢な仕草。
 この子たちが居る限り、俺は絶対に負けられない。

 そして炎華は、その玉虫色の紅を引いた形の良い唇を、静かに開いた。
 「……ああ、最高の清めだ」

 その声は凛として澄み渡り、場にいた誰もが一瞬、張り詰めた空気のまま硬直した。
 神聖としか言いようのない響き。――だが同時に、その裏に潜む無垢な笑みは、なぜだか俺の胸をひどく締め付ける。

 ……さて。神聖だろうがなんだろうが、やることは一つだ。
 俺はジークや白紋付のドラゴンたちと手を組み、ローワンらを次々と縛り上げていった。抵抗しようにも、すでに戦意を削がれた彼らは情けない呻きを漏らすだけだ。

 ――だが。

 北のドラゴン共ときたら、容赦がないどころか、妙に気ままだった。
 一人を捕まえれば「おりゃっ」とばかりに蹴り飛ばし、もう一人を地面に転がせば「お、……気失っちゃった」と呟きながら退屈そうに伸びをする。
 極めつけは「……あきたー」と口々に言っては、好き勝手に転がった囚人を弄ぶ始末。

 おい北のドラゴン。お前ら、ほんとに格式高い存在だよな?
 ――いや、やっぱり気まま過ぎる。焔が言っていた通りだ。

 俺は思わず天を仰いだ。
 だが、この奔放さがあるからこそ、人間のくだらない欺瞞を一瞬で粉砕できるのだろう。
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