性悪転生王子、全てはスローライフのために生きる

犬っころ

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北の氷焔山地編

性悪王子、ジークを一喝

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へたり込んだジークの身体を適当に拾い上げ、脱ぎ散らかされた上着を無理やり肩に掛ける。帯なんて結ぶ暇もない。はだけたままでも、もういい。

「ったく……こんなザマ見せやがって。護衛の看板が泣くぞ」

 俺は文句を言いながらも、その背中をぐっとおぶった。
 体温はまだ熱く、酒と汗と――口にした竜の血の匂いが鼻をつく。
 やかましい。こんなの嗅ぎたくもねぇ。

 そして廊下を抜け、儀式場の入口で待たせていた駄竜共を大声で呼ぶ。

「カリム! グランデ! 帰るぞ!!」

 ――ピルルルル!!

 元気いっぱいの鳴き声が響き、二匹は弾むように走り寄ってきた。
 その小さな姿を見て、俺は心底ほっとする。
 やっぱりお前らは、こんな地獄絵図知らなくていい。

「いい子だ。ほら、もう帰るぞ。転移門だ」

 俺はジークを背負ったまま、駄竜二匹を抱え、開かれた転移門へと足を踏み入れる。
 向こう側には、城――宴の喧騒と、まだ続く騒動が待っている。

 ……だが今は、とにかくここから離れることが最優先だ。

 門を抜ける刹那、背中のジークが小さく呻いた。
 それでも俺は足を止めない。
 光の向こうへ、駄竜共と共に消えていった。

転移門をくぐった先に広がったのは、見慣れた人間の街並みだった。
 祭りの熱気はまだ続いているのだろう、遠くから笑い声や笛の音が風に運ばれてくる。
 だが俺の背中にいるジークは、そんな喧噪とは別世界に沈んでいた。

 「……おい、起きろ。死んでねぇだろうな」

 ぐったりした身体を揺さぶると、かすかに呻き声が返ってきた。
 生きてる――だが、魂の半分ぐらい置いてきた顔だ。

 カリムとグランデが、門を抜けた途端に安堵したように鳴き、俺の足元にまとわりつく。
 ああ、お前らが無事で良かった。
 人間の街灯に照らされるその姿は、あの異様な儀式の残滓を忘れさせてくれる。

 「……よし。とりあえず寝床を確保しねぇとな」

 俺はジークを背負ったまま、夜の王都を歩き出した。
 明日には面倒ごとが山ほど押し寄せるのは目に見えている。
 だが今は――ただ、人間の世界に帰ってこられた安堵を噛みしめた。
あれから――龍饗は大成功に終わった。
不気味なほどに魔物はぴたりと姿を消し、村長たちも命からがらではなく、堂々と家路につけた。
ローワンたちは……まぁ「仕事を飛んだ人間」として、二度と日の目を見ることはないだろう。

そしてジーク。
五人のドラゴンと番になってしまったが――奇妙な縁というべきか、俺の護衛として兄上ラヴェリオンにも正式に認められた。
「街で意気投合したから護衛にする」なんてパチをこいたが、誰も気にしていない。

結果的には、みんな円満。
……うん、ハッピーエンドってやつだ。

そして俺たちは今、再び焔の城にいた。
 大広間の一角、湯気を立てるラーメンの丼を前に、俺と穂希は並んで座っている。
 味噌と醤油の香ばしい匂いが鼻をくすぐり、ずずっ、と啜る音が静かな城内に響くたび、どこか戦いの余韻が夢だったかのように錯覚してしまう。

 視線を向ければ、駄竜二匹――カリムとグランデがきゃっきゃと甲高い声を上げて、炎華の周りを楽しげに走り回っていた。金色の鱗が光を反射してきらめき、布を翻すたび、まだ幼い炎華の笑い声がその場を明るく照らす。あれほど緊張と恐怖に押し潰されていた少年が、今こうして心から笑えているのだと思うと、不思議な安堵が胸に広がった。

 「炎華、だいぶ笑顔になったな」
 俺がそう呟くと、隣で麺を啜っていた穂希が目を細めた。

 「……うん。最近は俺にも話しかけて来るようになったんだ。こないだ、距離感分からなくて避けてた、ごめん。って言われちゃった」

 穂希の声には、ほんのり誇らしさと温もりが滲んでいた。あの炎華が、自分の弱さを打ち明け、謝るなんて。人間らしい成長を見せ始めているのだ。

 一方で、その平和な光景から徹底的に距離を取っている男がひとり。
 壁際の隅に体育座りで縮こまり、ひたすら存在を消そうとしているジークである。

 抱き潰され、酒漬けにされ、あまつさえ五人の北のドラゴンに「番」にされてしまった。あの修羅場を経てなお、護衛として俺に付き従うことを選んだ男だが――その事実をどうしても認めきれないのだろう。肩を震わせ、頭を抱え込み、膝の上で拳を握り締める姿は、まるで荒波に飲まれて行き場を失った漂流者のようだった。

 彼の視線が時折こちらに向くが、すぐに逸らされる。その目の奥に宿るのは、敗北感か羞恥か、それとも絶望か。いや、全部だろう。
 俺は箸を止め、ほんの少しだけ憐憫めいたため息をついた。

 ――まぁ、知られて困る秘密ってのは誰にでもある。
 ただ、あんなドラゴン共の前で晒されて、しかも「番」になってしまったなんて……。
 ジーク、お前のそれは秘密ってレベルを超えてるぞ。

 ラーメンの湯気が立ち昇り、駄竜たちの笑い声と炎華の笑顔が響く一方で、隅っこに小さく丸まる男の姿がある。
 その対比が、滑稽で、愛おしくて、そしてどこか切ない。

俺はラーメンを啜り終えると、わざとらしくジークのほうへ顔を向けた。
 端っこで体育座りを決め込み、魂が抜けたみたいに膝を抱えている姿は……護衛というより、いじめられた子犬そのものだ。

 「なぁジーク。お前、まさか“ヤリ腰で護衛できません”とか抜かすんじゃねぇだろうな?」

 俺がにやりと笑いながらそう言うと、ジークはビクリと肩を跳ねさせた。
 「っ……!」と唇を噛みしめ、返す言葉を探しているが――出てこない。

 俺は追撃を畳みかける。
 「いいか? 護衛ってのは命張る仕事だ。腰が砕けたから無理です~なんて甘えは許さねぇぞ。もしそんなこと言いやがったら――お給金、一枚もやんねぇからな」

 ジークは耳まで真っ赤にして俺を睨みつけた。
 「おま……っ、王族が! 部下をそんな理由で脅すなぁ!」
 声が裏返っている。哀れだ。

 穂希が横で「ぷっ」と笑いを漏らし、駄竜どもは意味も分からず尻尾をバタバタさせて大喜びしている。
 炎華に至っては、きょとんとした顔で「護衛さん、腰痛いの?」と純粋に心配までしている始末だ。

 その無垢な質問にジークは耐え切れず、両手で顔を覆ってうずくまった。
 ――俺の護衛、大丈夫か? いや、ある意味で一番面白い護衛かもしれねぇな。
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