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第一話 嵐の前夜
第一話 嵐の前夜④
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車から出てマンションに戻る。エレベーターの「上」のボタンを押すが、先程の業者だろう、最上階で止まった。しかし三分ほど停止したままになっている。まさかエレベーターを待たないで良いように開延長ボタンを押したのではないか。案の定、数分して下りてきたエレベーターに先程の男が乗ってきた。
思わず舌打ちをすると、男は俺の顔を見て顔を青くして「すみません」と恐らく理由もろくに分かっていないのに謝って、逃げるように立ち去った。
六階の廊下の突き当りにある部屋にロックを解除して入る。もうベッドに入って寝ているかもしれない。静かにドアを開け、様子を窺いながら廊下を進んだ。廊下と部屋を隔てるドアが薄く開いている。間接照明だろうか、仄かな明かりが漏れていた。
「っ……あ……」
苦しそうな流星の声に慌ててドアを開けようとして、レバーを握る手を止めた。隙間から白いコートの上に覆い被さる流星の姿が見えたからだ。
「あっ……あぁっ、兄ちゃん……」
流星は四つん這いになっていた。左手でコートの襟を掴んで匂いを嗅ぎながら、右手は臀部に宛がわれ、激しく動いている。
「あっ、んっ……兄ちゃっ……兄ちゃぁんっ」
孔に指が二本入っている。指を動かす度に流星の腰がびくびくと反応し、淫らな声を上げる。何度も――「兄」を呼びながら。
「んッ、あっあぁッ……!」
腰を激しく痙攣させた後、脱力するようにコートの上に倒れ伏した。絶頂に達したのだとわかる。
俺は頭が真っ白になったまま踵を返し、静かに部屋を出た。心臓が痛いほど高鳴り、呼吸が乱れ、頬を汗が伝い落ちる。
自慰行為など、流星の年齢ならしていて当然だ。弟の性癖もさしたる問題はない。だが――どうして流星は「兄」を、俺を呼んでいたのか。コートに顔を埋めて、今まで聴いたこともない甘い声だった。まるで恋い慕う相手に縋るような――。
エレベーターを降りたところで、携帯電話が振動しはっとする。液晶画面の「藤本仁吉」の表示に、嫌な予感がした。直接俺に電話をしてきたのは、今まで二度だけ。いずれも俺の人生を左右する重要な出来事の時だった。
「藤本さん、お久しぶりです」
「一海、清愛病院にすぐ来い」
マンションのエントランスを出たところで電話を取った。張り詰めた空気が、声から伝わってくる。
「兄貴が、組長が倒れた」
言葉も出なかった。ちょうど混乱している時に想像もしていなかったような言葉が飛び出して、思考が完全に停止する。
「俺も病院に向かってるところだ。着いたら連絡しろ」
電子音が鳴って、電話が切れたことに気付く。
「兄貴、どうしたんすか?」
マンションの玄関前で茫然自失の俺に、賢太が駆け寄ってきてようやく正気に戻った。
「清愛病院だ」
「え? 病院って……」
「親父が倒れた」
足早に車に乗り込むと、追い掛けて来た賢太がいつもより荒々しく車を発進させる。行きよりも車通りも明かりも減った夜の街は、まるで嵐の前のように恐ろしく、静かだった。
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