20 / 58
やってきた仕事
しおりを挟む「うう~。ちょっと温かくなったかと思ったけどまだ寒い~!」
突然吹いた風に、猫社の掃除をしていた紡生は首を縮こませた。
冬本番は脱したとはいえ、まだ三月上旬。
三寒四温はまだ終わらず、境内にある梅の木も咲くタイミングを見極めきれていないでいるみたいだ。
こんな日は早くあわせ屋に戻って温かいお茶でも飲みたい。
紡生はかじかむ手に息を吹きつけ、掃除道具を片付け始めた。
「さてと。後はお供えものをもって……ああそうだ、お賽銭の回収もしないと」
紡生が猫社に関わるようになって早二週間。
初めは神余についてまわっていたけれど、今は一通り一人でこなせるようになった。
少しずつではあるが慣れてきた証拠だ。
「とはいっても四月になれば大学が始まるから来られる日も少なくなるんだけど」
今は春休み真っ只中の紡生だが、本分は女子大生。
しかも一応獣医学部。
一年のときは座学が多かったが、進級すれば実習なども入ってくる予定だ。
今みたいに毎日猫社に来るわけにもいかなくなる。
「……まあでも、今のところ私がいなくても回ってるけどね」
紡生は思わずため息を吐いてしまった。
というのもこの二週間、紡生が任される仕事――つまり人間と深く関わる仕事はハチの一件だけだったのだ。
初めは飼い主のフォローなど自分にできるか不安だった。
でもアメはああ言いだしたら聞かないというのはもう分かっていたし、紡生としても猫と飼い主の想いが通じるところを見られるのは嬉しいと思っていた。
だからまあ、仕方がないからやるかあ……なんて覚悟を決めたのだけど。
「こうも活躍できることがないとなぁ……」
何というか、肩透かし感が否めない。
バチバチに決めてしまった覚悟、どうすればいいのよ。と思ってしまうのも仕方がないだろう。
「ケガした子がいないのはいいことなんだけどなあ」
最近の紡生の仕事は主に猫社の管理と、ミケのサポートばかりだ。
しかもミケのサポートと言っても猫探しで役に立てることなどなく、やっていることと言えばミケが誘導した家のチャイムを鳴らしてダッシュすることだけだ。
……弁明するけれど、別にピンポンダッシュをしたくてしているわけではない。
ミケが誘導しても家の人に気が付かれなかったら仕事が終わらないから、気が付いてもらえる(出てきてもらえる)ようにしているだけだ。
だから決してイタズラ目当てではない。勘違いはしないでいただきたい。
「はあ」
なんて自分に言い聞かせてみるけど、どうしてもため息が出てしまう。
こう自分への仕事がないと、果たして自分があわせ屋にいる意味とは、と考えてしまうのだ。
「まあ考えても仕方ないか」
仕事は適材適所。自分にやれることをやればいい。
それが例えピンポンダッシュだろうと、仕事なのだから仕方がない。
紡生は開き直ることにした。
――チリン
そのとき鈴の音が聞こえた。
「あれ? 誰もいない」
誰かがお参りに来たのかと思って表に回ってみるけれど、人の姿は見つけられなかった。
だとしたら風にあおられて鈴が鳴ってしまったかと思うけれど、そんなに強い風が吹いた感覚はなかったはずだ。
首をひねっていると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「紡生ちゃん」
「え?」
「下よ。下」
声がした方を見れば、何もなかったはずの場所にアメの姿があった。
「アメちゃん。どうしたの?」
慌てて駆けよりしゃがむと、アメは嬉しそうな顔ですり寄ってきた。
「仕事よ。仕事がきたの!」
「え? 仕事って」
「貴女に頼みたい仕事! 詳しく説明するからあわせ屋に来てちょうだい! じゃあ待ってるねん!」
「え、あっ、ちょっと!」
アメはそれだけ言い残してどろんと消えた。
言いたいことだけ言って消える。この自由な猫ルールも、もう何度目だろうか。
「仕方がないなぁ」
そう言いつつもまんざらではなかった。
やはり自分にできることがあるのは嬉しいのだ。
紡生は急ぎ足であわせ屋へと向かった。
0
あなたにおすすめの小説
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜
O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。
しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。
…無いんだったら私が作る!
そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。
異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!
めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈
社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。
もらった能力は“全言語理解”と“回復力”!
……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈
キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん!
出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。
最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈
攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉
--------------------
※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!
『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。
国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。
でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。
これってもしかして【動物スキル?】
笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる